869 治療院の地下
フィルリアに関しての情報を聞き終えたフランに対し、今度はソフィが質問をしてくる。
「あなたは何か目的があってこの町へ? カステルで救出したあの女性のそばに付いていなくていいの?」
フランが死ぬ思いをして、ナディアを救出したのを見ていたソフィだ。フランがナディアの下を離れ、1人で違法都市にいることが不思議なのだろう。
「私は、闇奴隷商人を探してる」
フランが、自分の身の上を軽く話した。さらに、この都市で闇奴隷が売買されているかもしれないということも。
ソフィは驚いているが、すぐに納得したようにうなずいた。
そんな彼女の口から出た発言に、今度はこちらが驚く番だ。
「……治療院には、闇奴隷商人と繋がりがある人間がいるかもしれない」
「何か知ってるの?」
「確かな証拠があるわけじゃないわ。でも、この塔の地下深くから、人の声が聞こえることがあるの。ずっと、私の気のせいかと思っていたのだけど……」
本当に微かで、ソフィも確証はなかったらしい。だが、本当に人の声がするのだとすれば、ソフィが知らない地下室があるということだった。
カステル防衛戦でレベルが上がり、耳の性能が上昇した今のソフィであれば、前よりもしっかりと声を拾うことができる。
そして、先日から男性の声が聞こえているのだという。
何といっているのかは詳しくは聞き取れないが、時折呻き声をあげているのは間違いなかった。
「前は、秘密の脱出路でもあるのかと思ってたんだけど、フランの話を聞いてもしかしてって思った。さっき、竜人の幹部が姿を消したっていう話をしたわよね?」
「ん。ガズオルが行方不明」
「地下から聞こえてくる声。たぶん、音の質からいって、竜人の声だと思うわ」
「ほんと? じゃあ、ここの地下に捕まってるかもしれない?」
「ええ」
抗争を煽っているフィルリアと、違法都市で暗躍する闇奴隷商人。そこに明確な繋がりは確認できないが、フランもソフィも怪しいと感じているらしい。勿論、俺もだ。
一番怪しいのは青猫族が所属する獣人会だが、今は治療院の方が怪しく思える。
「ソフィは、地下への行き方知らない?」
「以前探したことがあるのだけれど、発見できなかったわ。多分、私が入れない場所が怪しいとは思うのだけど」
「入れない場所ってどこ?」
「フィルリアや、他の幹部の私室よ」
「なるほど」
それは確かに、簡単には調べられないだろう。怪しいのは、やはりフィルリアの部屋かな?
地下室や地下通路なんて、秘密裏に作るのは難しい。だとすると、昔からあるものを使っているのだろう。
代々この塔の要職にあるというフィルリアの部屋なら、脱出路への入り口が隠されていてもおかしくはなかった。
ここまで黙り込んでいたネルシュに、ソフィの視線が向く。
「ネルシュ。あなたは何か知らないかしら?」
「分かりません。そもそも、俺もここでは新参者ですから」
ネルシュはそう言って首を振る。聖女であるソフィが、塔の最高権力者であるフィルリアを疑うような発言をしているのに、それに関しては特に文句などもないようだ。
ただ、ソフィに対する心配は感じることができる。フィルリアが犯罪を起こしているかもしれないということよりも、そんな相手と敵対するかもしれないソフィの身を案じているようだった。
この部屋に同席させているということは、ソフィもなんだかんだ言ってネルシュを信頼しているんだろう。
「しかし、フィルリア様が……」
それでも、驚きはあるようだが。ネルシュは難しい顔で呟き、何やら考え込んでいた。数秒後、顔を上げたネルシュが、ソフィに質問をする。
「聖女様、これからどうなされるおつもりですか?」
「当然、フィルリアのやっていることを調べて、止めるわ。目的は分からないけど、裏の人間たちが抗争なんて始めたら、抗魔の季節を乗り切ることなんてできないもの」
「……私は反対です」
「フィルリアを見逃せというの?」
「はい。医長が本当に裏の顔を持っているのであれば、貴方の身が危険です。下手な真似をなさらずに、この塔を出るのではいけないのですか?」
ネルシュは、ソフィに危ない橋を渡ってほしくないのだろう。なんと、この都市を見捨てて脱出するべきだと言い始めた。
ソフィとフランは厳しい表情をしているが、俺は正直共感できる。
ネルシュは、死にかけていたところをソフィに救われ、それ以来護衛を務めているらしい。そのため、治療院やフィルリアではなく、ソフィへと忠誠を誓っているのだろう。
彼にとっては、ソフィの安全こそが第一なのだ。俺が、フランを一番大事に考えているのと同じように。
しかし、フランたちがその言葉を聞くはずもなかった。
「ダメよ。見過ごせない」
「ん」
「……では、せめて慎重に行動してください。いきなり敵対行動をとらないように」
「分かっているわ」
ネルシュは軽くため息を吐いて、ソフィに注意を促した。彼も、自分の進言が聞き入れられるとは思っていなかったのだろう。
「まずは下に戻りましょう。そこで、フランを案内する振りをして、地下に探りを入れるわ。あなたは、地下を探査するような方法を持っている?」
「持ってる」
「なら、何か分かるかもしれないわね」
「くれぐれも、派手な行動は控えてくださいよ?」
「分かっているわ」
「ん」
ネルシュすまん。俺も気を付けるから、勘弁してくれ。
そうしてエレベーターで1階へと戻ると、妙にフロアがざわついているのが分かった。
聖女であるソフィが姿を見せたせいではない。その視線は他の場所を向いていた。
『なんか、強い奴がいるな』
(騒いでる)
入り口の近くで、何者かと警備兵が睨み合い、その緊張感がフロア全体に伝わっているらしい。まるで、騎士のような身なりの集団だ。先頭に立っている男は、かなりの実力者であった。
「我らは、神聖騎士団の者である! 聖女様に目通り願いたい!」




