85 ダーズ
「じゃあ、いく」
「うむ、気を付けていくがよい」
『でも、色々任せちまっていいのか?』
「構わん。これは我の仕事であろうよ」
ジャンはこの数日で大分回復したな。ベルナルドに肩を貸してもらっているけど、歩けるようになったし。
事後処理は全てジャンが引き受けてくれた。ギルドや国への報告、日記をしかるべき場所に持ち込む、落下した浮遊島の浄化、等々。旅をしている俺達と違って、自分には時間があるからと。
まあ、有り難いから、ぜひお願いしてしまったが。せめて、俺が収納した岩塊はこっちで処理することにした。ジャン曰く、火山などの他の属性値が強い場所に捨てれば、死霊属性が打ち消されるから問題ないそうだ。あとは海の底とか、大峡谷とかな。
「ではさらばだ」
「ん。またね」
「オン!」
『元気でな!』
フランが背に乗ると、ウルシが駆け出す。
「また、こい! 歓迎するぞ!」
あっと言う間に研究所が遠ざかる。
『良い奴だったな』
「ん」
『そのうち、会いに来ようぜ』
「オオン!」
そこからの旅程は順調だった。本来だったらもうダーズに到着して、南下するための船に乗っているはずだったんだけどね。
俺はフランの背中で考える。
あのリッチは、本当にリッチだったのだろうか? いや、リッチはリッチなんだけどさ。俺達と最後に戦った時、日記を書いていた人格は眠ったままだったのかな?
怨念炉っていう施設が原因で、リッチは残忍な人格に心を蝕まれていった。じゃあ、怨念炉を破壊したら? 怨念炉を破壊されてブチギレた時は、邪悪リッチだっただろう。その後はどうだろうか。
リッチが本当に本気だったら、俺達は無事で済まなかったんじゃないか? 手加減されてはいなかったか?
まあ、考えたって、今更答えが出る事でもないんだが。
「師匠?」
『あのリッチ、最後はどっちだったのかな……』
「?」
『いや、あのリッチもステファンも、ちゃんと成仏して良かったな』
「ん」
2日後。
俺たちは港町ダーズを視界にとらえていた。
『見えた!』
「おおー」
丘の上から、ダーズの町が見下ろせる。青く輝く海と、風情のある港町。いやー、まるで絵画みたいな風景だね。さすがに港町なだけあって、船が何隻も停泊している。町の規模は、アレッサよりも少し小さいくらいかな?
「オンオンオン!」
『どうしたウルシ?』
「海見て喜んでる」
『そういえば、ウルシは海見るのが初めてか』
「オウン!」
『じゃあ、あとで砂浜に行ってみるか?』
「オン!」
俺の言葉に、ウルシが千切れんばかりに尻尾を振る。よほど興奮しているらしい。
「楽しみ」
『フランもか?』
「だって、砂浜いった事ない」
そうか。フランも奴隷として船に乗ったことは有っても、海で遊んだ経験はないんだろうな。よし、急ぐ旅じゃないんだし、バルボラに出発する前に砂浜を堪能するとしよう。
『じゃあ、ピクニックでもするか? 弁当持ってさ』
「カレー?」
『カレーはさすがにないだろ? こういう時は、サンドイッチとかさ』
「カレーサンド?」
『……まあ、カレー味も用意するよ』
「ん!」
「オオン?」
『分かってるって。ウルシにも何か作ってやるから。骨付き肉とかでいいか?』
「オオオン!」
ピクニックに喜んでいるのか、食い物に喜んでいるのか……。
まあ、まずは宿探しだな。1泊はすることになるだろうし。船を探す手間も考えたら、数日はかかるかもしれない。
『じゃあ、ウルシは小さくなっとけ。ここからは普通に歩いていくぞ』
「オン」
犬モードになったウルシを従えてフランが駆ける。すぐに町へと続く道を発見した。
この辺に来ると旅人の姿もあるが、皆が俺たちを見ると慌てて道を空ける。
ちょっと感覚がマヒしてたけど、ウルシって狼だったね。本性を知ってる俺達からしたら犬みたいなものだけど、普通の人から見たら黒くてまあまあの大きさの狼だ。そりゃ、避けるよな。従魔証とフランのお陰で、背を向けて逃げる様な人はいないが、ウルシだけだったら冒険者の出動もあり得るかもな。
周辺の旅人を威圧しつつ、俺達はあっと言う間に町の入り口に着いた。
町の入り口でもっと色々聞かれるかと思ったけど、結構すんなり通れたな。300ゴルド払って、ギルド証を見せて、従魔証を提示したら、それで通してくれた。
『さてと、まずは宿を探すか』
「海は?」
『宿を取ってからな。しかし、活気がある街だな』
町の大きさはアレッサより小さいが、人通りは倍くらいありそうだ。港町だからか?
『宿があると良いんだけどな。町までたどり着いて野宿とか嫌だろ?』
「もちのろん」
『どこで覚えた……。はあ、ギルドにも行きたいし、とっとと宿を探そう』
アレッサでもそうだったが、大通り沿いを歩いていれば、宿はいくつも発見できた。あまり安すぎても安心できないので、少し高めの宿を探したのだが……。
「またダメだった」
『なぜだ?』
5つの宿を巡り、1部屋も空いていなかったのだ。最初はフランが幼すぎるせいか、もしくはウルシを連れているせいかとも思ったのだが。宿の人は嘘をついていない。本当に部屋が空いていないらしい。
『先にギルド行っとくか? そこで空いてそうな宿を探した方が早そうだ』
「ん」
ギルドは人に道を聞いたらすぐに辿りつけた。アレッサよりは大分小さいな。
「こんちわ」
「らっしゃい!」
冒険者ギルドの扉を開けると、聞こえてきたのは威勢のいい男の声だった。受付には、ガタイの良いマッチョマンがドンと待ち構えている。アレッサは美人受付嬢なのに……落差がひどいな。哀れダーズ冒険者ギルド。
「嬢ちゃん、冒険者ギルドに何か用か?」
「素材を売りたい」
「悪いな。ここじゃあ、冒険者からしか素材を買い取れないんだ」
「問題ない。冒険者」
「な、何ぃ? ランクDだと? 作り物? いや、どう見ても本物だ……。ちょっと待ってくれ」
男はフランのギルド証を水晶にかざした。水晶は問題なく情報を拾っている。ということは、本物ってことだ。
「ほ、本物だ! 本当にお嬢ちゃんがランクD冒険者だっていうのか!」
マッチョが立ち上がって驚いている。その叫び声が聞こえたのだろう、ギルド内にいた冒険者が集まってきた。
ここのギルド、中に酒場が併設されているのな。あっと言う間に20人ほどの冒険者に囲まれたぞ。
「おいおい、モッジ。何の冗談だ?」
「どうせ作り物だろ?」
そんな反応だ。だが、モッジと呼ばれた受付が本当だと反論している。まあ、その眼で確かめたんだしな。
しかし冒険者たちの騒ぎのせいで話が全然進まんな。
「買い取りは?」
「お、おお、済まなかった。問題なく買い取れる」
「ん、じゃあ、あっちに出していい?」
「お、おう」
フランは冒険者たちの騒ぎを完全スルーで、買取カウンターに向かった。買い取りスペースに敷いてある革のシートに素材をどんどん積み上げていく。
移動中に手に入れた10匹ほどの下位魔獣の素材と、ダンジョンでアンデッドからはぎ取った素材が少しだ。
中には調合に使える素材もあるそうなので、全部は売らない。武具にしか使えない素材は全部売っちゃうけどな。
素材が積み上げられる度に、ギルドの中のざわめきが大きくなっていく。だが、ある一定のラインに達すると、今度は段々と静かになっていった。
最後に、ランクD魔獣の素材を取り出すと、もう誰も一言も話さない。
「これで全部」
「……」
「?」
「……」
「ねえ」
「……はっ! すまねえ! ちょっと驚いちまってな!」
「じゃあ、お願い」
「ああ、数が多いんで、1時間くらいはかかるが……、待ってるか?」
(どうする?)
『今のうちに宿のことを聞いて、部屋を確保しちゃおうぜ』
(わかった)
という事で、俺達はモッジに空いてそうな宿の情報を尋ねたんだが……。返事は芳しくなかった。
「この時期は難しいぜ?」
「なんで?」
「もう少しで月宴祭だろ?」
「ん」
「この町では普通に祝うだけだが、バルボラだと3月の月宴祭には毎年デカイ祭りが開催されるんだ。その祭りに船で向かう奴らがこの町に集まるんで、毎年この時期は宿が満員なのさ」
「なるほど」
うーん、ヤバいかもな。本気で野宿を考えなきゃならんかも? あと、月宴祭ってなんだ? フランは分かってるみたいだから、こっちの世界じゃ当たり前の行事みたいだけど。
『なあ、月宴祭ってなんだ?』
(お祭り)
『そりゃあ分かる』
(月が全部見える日)
『いや、月が全部見える日なんて、結構あるだろ?』
(違う、全部満月になるのはその日だけ)
何とかフランの言葉を整理してみた。
月宴祭とは、3ヶ月に1度行われる祭りである。
この世界には巨大な銀の月と、その周辺を回る6つの小月があるが、満月となった銀の月と、6つの小月が同時に見れるのは、この月宴祭の日だけらしい。
月宴祭は3ヶ月に1度、年に4日間だけある。
どうやら、アレッサの宿のカレンダーに書いてあった宴の日っていうのが、月宴祭の日のことらしい。
今日は3月26日。つまり、5日後には月宴祭ってことか。
実際、待ち時間の間にギルドを出て10軒ほどの宿を回ったのだが、部屋を確保することは出来なかった。中には、貴族が貸し切りにしているとか言う宿もあって、迷惑極まりないな。
『仕方ない。一度ギルドに戻って金を受け取ろう』
「ん」
最悪、ギルドの酒場の片隅でも借りなきゃいけないかもな。




