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866 ソフィの過去


 ソフィが、自身の過去を語り出す。


「私がこの塔に来たのは、8年前」

「ここで生まれたんじゃないの?」

「生まれは、違う大陸になるわ」


 ソフィは辺境の開拓村の出身だが、生まれながらにユニークスキルである楽神の祝福を持っていたらしい。


 実の両親はそのことに喜んだ。ユニークスキルがあれば、開拓村の辛い生活から抜け出すことができるからだ。そして、その恩恵に自分たちも与れるかもしれない。


 両親のその想いは、直ぐに叶えられることとなる。ソフィの噂を聞き付けた高名な音楽家が、彼女を引き取りたいと言ってきたのだ。


 迷うことなく、両親はソフィを譲り渡す。無論、高い報酬を提示されたことも理由だが、相手は貴族で音楽家。ソフィを大事にしてくれると考えたのだ。


「でも、それは半分正解で、半分不正解だった」

「どういうこと?」


 確かに、音楽家はソフィに愛情を注いでくれた。しかし、その愛情は誰もが分かるほどに歪んでいたのだ。


 まず、音楽家がソフィを求めた理由だが、それは自分が到達できなかった音楽の極みに、ソフィであればたどり着けると考えたからであった。生まれながらに楽神の祝福を持っているのだから、そう思うのは当然だろう。


 彼はソフィに英才教育を施した。はたから見れば虐待と思えるレベルの教育だったが、ソフィはその試練を乗り越えてみせる。


 新たな親に見捨てられたくないという想いに加え、養父の行う虐待紛いの教育の中に、僅かに愛情を感じてしまっていたからだ。


「やっていることはメチャクチャだったけど、私を叱る声には愛情がこもっていた……」


 そう呟くソフィ。そこには、そうであってほしいという願望が籠っているようであった。


「結果として私は、幼いながらに色々な楽器を弾きこなすようになれた」


 5歳までに10種の楽器を弾きこなし、まさに神童と呼ぶに相応しい成長を見せたのだ。


「でも、養父の教育は、そこからが本番だったわ」

「? 楽器の練習だけじゃない?」

「養父の求める領域は、ただの演奏家ではなかった。全ての楽曲を極め、その力で魔獣や精霊すら感動させる存在。つまり、魔曲の演奏家だった」


 ソフィは魔曲の練習を行うとともに、ダンジョンへと連れていかれた。レベリングをするとともに、凶悪な魔獣の前で演奏をするためだ。


 魔楽士としてのレベルを上げるとともに、どんな場所でも心を落ち着けて演奏できるような精神を鍛えることが目的である。


 幼い少女は常に死の危険を感じながらも、養父の出す課題をこなし続けていった。そうして、8歳の頃には一流と言える領域に達する。


 このまま成長していけば、いずれは養父を超えるだろう。周囲からはそう評価されていたが、肝心の養父はそれに満足しない。


 彼はより一層、ソフィに苛烈な試練を課していった。


 養父は、自身の命が長くないことを悟り、焦っていたらしい。自分が生きている間に、完成したソフィの奏でる完璧な演奏を聴きたいと願っていたのだ。


 愛情もあっただろうが、それ以上に音楽への狂気的な欲望が強かった。死期が近づくにつれ、その狂おしいほどの音楽への想いが、本当に彼を狂わせていく。


 ソフィの演奏が完成しない理由は何か? 演奏技術? 楽器のレベル? いや、それだけではない。それは心。


 まだ人としての経験が足りないソフィの演奏には、深みが足らない。愛を尊ぶ歌も、絶望を嘆く歌も、平和を求める歌も、今のソフィでは歌いこなせないと考えた。


 そこで、養父はソフィに様々な経験を積ませることに全精力を傾け始める。友愛を教え込むためにソフィを学校に通わせ、愛情を注ぎ、別れの悲しみを教えるために、あえて友人と引き離す。


 平和の尊さを教えるために戦地を訪れ、野戦病院を慰問し、処刑の様子をつぶさに観察させる。


 その行き過ぎた教育が行き着いた先は、超凶悪な魔獣との戦闘であった。今までのようなレベリング目的ではない。


 死というものをソフィに教え込むのが目的であるため、相手は脅威度Cのオーガの群れであった。


 ソフィは魔道具の結界に入れられ、周囲には奴隷の戦士たち。しかも、あらかじめソフィと接触させられ、仲を深めていた。


 そんな奴隷たちが目の前で倒れていく中、ソフィは彼らを助けるため必死に演奏を続けたらしい。結局、奴隷たちは全滅し、ソフィは心に傷を負った。


「でも、養父は喜んでいたわ。これで、私の演奏に深みが出たって……」

『狂ってやがるな』

(ん)

「しかも、養父の狂気はそれで終わらなかった」


 ソフィにはまだまだ絶望が足りない。そう言い続ける養父に連れられて向かったのは、とある村であった。養父の引き連れた傭兵によって、蹂躙される開拓村。


 やめるように頼んでも、養父は哄笑を上げながらその光景を目に焼き付けるようにと言うだけであった。


 子供や女性の泣き叫ぶ声は、耳を塞いでも遮断できない。ソフィの聴覚が異常に優れているせいだ。


 引きずってこられた血まみれの夫婦が、首をはねられ、赤ん坊が槍で突き殺される。まさに地獄であった。


 そして、恐ろしい事実が告げられる。この村こそ、ソフィの生まれ育った村であった。しかも、目の前で殺された夫婦こそがソフィの生みの親であり、死んだ赤ん坊はあったこともない妹であったのだ。


 信じられないと泣き叫ぶソフィを見て、嗤う養父。それを見て、ソフィは生まれて初めての憎悪と殺意を覚えていた。


 無我夢中で、呪いと絶望の曲を演奏するソフィ。養父がどこからか手に入れてきた楽器が彼女の想いに呼応し、その力を覚醒させる。


 結果、養父と傭兵団の精神は崩壊し、永遠に続く悪夢を見ながら衰弱死していった。


「それで、全てが嫌になった私は世界を放浪して、最後はこの都市にやってきたわ。ここは、過去なんか聞かれないし、何をしてきたかも問題にしない。それに、私の力を必要としてくれた」


 広範囲を癒すことが可能なソフィの能力は、さぞ歓迎されたことだろう。


「でも……私はここに来ない方がよかったのかもしれない」

「何をおっしゃるのです! 聖女様! あなたのお陰で、多くの者が救われました!」

「そうかしら? そうは思えない。結局、私は人を不幸にするだけの存在だから……」


 ソフィは自嘲するようにそう呟き、顔をうつむかせるのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 初登場時との落差よ……それだけの経験を経てもご飯を美味しく食べられるまでに元気になれるならこの娘の芯は筋金入りの強さがあるな
[良い点] 読み出してから止まらなくて、1日に二、三百話見ることもありました! 本当に面白いです!!応援してます。 [一言] 自分だけ満たされて逝ってソフィには絶望などを残して、不公平過ぎて胸糞悪くな…
[良い点] 見たことのない設定だ、、、、 この聖女の過去編すごいいいと思います テンプレの中を外れてないのにしっかりオリジナリティ出てる [一言] 更新頑張ってください!!!
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