864 楽士との再会
竜王会と獣人会の抗争を止めた後、俺たちは治療院のそばまでやってきていた。
治療院の本部は、この都市の建造物の中でもひと際高い白い塔だ。その周囲に、いくつかの施設が併設されている。
背の高い建造物が密集しているこの都市の中では珍しく、治療院の周辺は二階建て程度の建物が主流だった。しかも、公園のように道と緑が整備されている。
土地と金を贅沢に使うことで、治療院の力の強さを見せつけているのかもしれない。
塔は都市の中心にあるためずっと姿は見えていたんだが、これほど近くまで来るのは初めてであった。
(どうする?)
『とりあえず、感知系スキルを使いながら建物の周囲を歩いてみよう。ウルシは匂いに集中してくれ』
(オン!)
本当は中に入りたいところだが、黒幕がどう行動してくるか分からないからな……。
治療院の周囲には、人がかなり多い。一般人がほとんどだが、アウトローのものと思われる気配もある。
ただ、どいつも大人しくしていた。治療院の敷地内だからだろう。それだけでも、影響力の強さが分かる。
『人が偏っているような場所もあるが、重要施設ってだけかもしれないしな』
ポーション置き場や幹部の住居などであれば、普通に警備員は多いだろう。奴隷として捕らわれている人がいると考え、地下などから人の気配がしないかと思ったんだが、怪しい場所はなかった。
ただ、それでもしつこく歩き回っていると、あるところでフランが足を止める。
『どうした?』
(この下、変)
『変? もしかして、結界魔石か?』
(ん。この下に埋めてあるかも?)
どうやら、地面の下に結界魔石があるらしい。
『どれくらいの深さか分かるか?』
(私10人分くらい?)
『意外と深いな』
地上を監視するための監視結界を地面に埋め込んであるのかと思ったが、そうじゃないかもしれない。
もしかして、地下通路か何かがあって、そこを監視するための物ではなかろうか?
『フラン、地下通路があるかもしれん。分かるか?』
(ん……?)
何度か足踏みして反響を確かめたりしているようだが、さすがに深すぎて空洞があるかどうかも分からないらしい。
「わかんない」
『じゃあ、次は俺がやってみよう』
使うのは土魔術だ。敵の侵入などを感知する結界を張ることが可能な、アース・ゾーンという術である。
ただ、敵方に感知されるのはできるだけ控えたいので、範囲を絞って使用した。それこそ、フランの足元のみ。しかし、深くまで探知先を伸ばすのだ。
魔力の流れを隠蔽するため、俺は意識を研ぎ澄ませた。初級の魔術にここまで集中するのは、初めてかもしれない。
狭く深く静かに、土魔術を発動する。近くに魔術師がいても、気づかれない自信があった。相手がランクA冒険者級の実力者でなければ、違和感を覚えることすらないだろう。
『……うーむ』
(どう?)
『ちょっと待てよ……。うん? これか! 分かるぞ!』
(おー。さすが師匠)
フランがいる場所の下に、人が通れる程度には広い地下空間が確かに存在していた。さらに調べると、治療院のある方角から、真っすぐ住宅街方面へと延びているのが分かる。
下水道の可能性もあるが、水が流れている様子はなかった。多分、地下道だろう。
『ウルシ、この下の地下道に影転移できるか?』
(オン!)
影から影に転移可能なウルシの能力であれば、地下通路へも跳べるようだ。
『どこからどこに通じているのか、調べてきてくれ。見つかりそうになったら、探索を断念してもいい。できるか?』
(オンオン!)
『よし、頼りにしてるぞ』
(ウルシ、がんばって)
(オーン!)
これで、地下道の探索はウルシに任せればいいだろう。
ただ、少しの進展と引き換えに、俺たちは厄介ごとに巻き込まれていた。
「そこの娘! 動くな!」
「何をしている!」
「休憩中」
巡回の警備兵に囲まれていたのだ。フランは敵意がないことをアピールしようとしたのだが、警備兵たちは聞く耳を持たなかった。
「嘘を吐け! 盗人が! 我ら警備班の情報網を舐めるなよ」
「信用のおける筋から情報提供があった。ネタはあがっているんだぞ!」
「ネタ?」
「お前に教える必要はない」
「ともかく、一緒にきてもらおう」
単なる職務質問かと思ったら、どうも様子が違っている。警備兵たちは、最初からフランを連行するつもりであったらしい。
何者かに嘘の情報を吹き込まれ、フランを盗賊か何かだと勘違いしているようだ。黒幕の仕業だろう。
少なくとも、警備兵を簡単に動かせる程度には偉いようだった。
(逃げる?)
『逃げたら、完全にお尋ね者だ。もう、この都市には入れないぞ?』
俺としては、それでもいい。だが、フランの目的である闇奴隷商人の殲滅を諦めないのであれば、この都市への出入り禁止は避けるべきだった。
しかし、ここで付いていっても、冤罪で捕らえられる可能性が高いしな……。まだ逃げた方がましかな?
だが、俺たちが行動に移る前に、こちらに駆け寄ってくる存在があった。
「待って! はぁ……はぁ……」
大急ぎで駆けつけてくれたのだろう。一人の少女が、荒い息を吐いている。
「やめ、なさい。その槍を、下ろして」
「いや、しかし……」
「私の命令が聞けないの? やめろと言っているの」
「は! 申し訳ありません!」
兵士たちが槍を下ろし、背筋を伸ばして直立した。
「ソフィ?」
「ええ。久しぶりね」
それは、カステルで共に戦った楽士にして元食い逃げ少女、ソフィーリアであった。
 




