861 口封じ
「久しぶり、メア」
「ふはははは! 気づかれたか! 久しぶりだな、フラン!」
屋上に降り立った人影に、フランが声をかける。ただ、相手は頭からスッポリと被った外套を脱がず、手で顔の前を少し開くだけだ。
周囲に自分の姿を見られたくないのだろう。だが、隙間から覗く顔は、紛れもなく知り合いのものであった。
外套の隙間からでも分かる白い肌に、白い髪。そんな中にあって、強烈な印象を与える深紅の瞳。
こんな特徴の知り合い、俺たちには1人しかいない。
獣人国の王女であり、神剣所持者のネメア・ナラシンハ――メアである。正体を隠して活動しているのは、有名人であるからだろう。
しかし、メアと一緒にいた男は普通に外套を脱ぎ、その姿を晒した。その下から現れたのは、これまた見覚えのある獣人の青年である。
「久しぶりだな。俺のことは覚えているか?」
「ん。勿論。ひさしぶり、ゼフメート」
「ああ、そうだな」
嬉し気に笑う青年は、青猫族のゼフメートであった。
武闘大会で戦った、獣人国外では数少ないまともな青猫族の1人である。フランも、ゼフメートに対しては悪感情を抱いていない。
以前は『青の誇り』という傭兵団を率いていたが、既に獣王によって滅ぼされている。彼は知らなかったのだが、その配下たちが闇奴隷商人として活動していたのだ。
獣王の制裁を受けた後は、獣王の配下として鍛え直されているはずだった。
フランはゼフメートを見ながら、不審そうに首を傾げている。メアたちがここにいる理由が分からなかったのだ。
「クイナはどこにいる? どうして2人が一緒にいる?」
「まあ、話せば長くなるのだが……。今は獣人会の用心棒のようなことをしているな」
獣人会の助っ人というのは、メアたちのことだったらしい。
「ただ、まずはそちらの用事を済ませてしまった方がいいのではないか?」
「俺もそう思う」
「ん。そういえばそうだった」
「うぉ?」
3人分の視線を一斉に向けられ、ヌメラエエが気圧されたように呻いた。
フランたちに睨まれ、ヌメラエエは心底竦み上ったらしい。明らかな強者が3人だ。
ゼフメートも相当鍛え上げたらしく、以前よりもかなり強くなっている。そして、鋭い威圧感を放つ、メアとフランのコンビ。
この3人に拷問されるなど、悪夢でしかないだろう。これで、今まで以上に素直になってくれそうだ。
「お前は、なんでこんなことをしている?」
「お、俺は治療院の――」
諦めた表情のヌメラエエが口を開いた、その時だった。
『なんだこれは!』
「光ってる?」
「な、なんだよこれぇ!」
ヌメラエエの鎧の隙間から、強烈な光が漏れ出していた。特に光が濃いのは胸元だ。どうやら、首からかけているペンダントか何かが光っているようだった。
鑑定では異常がなかったはずだ! 偽装されていた?
転移か何かの道具なのかと思ったが、ヌメラエエも悲鳴を上げている。この現象は、彼の与り知らぬところであるらしい。
ヌメラエエは首に突きつけられた剣も忘れ、必死に胸元からペンダントを取り出そうとしているが、鎧の下に入れてあるせいで上手く取り出せない。
発光とともに、魔力が一気に高まりを見せる。どう考えても、穏便な効果ではないだろう。
俺だって何もしなかったわけではない。最初は収納して無効化できないかと思ったんだが、ヌメラエエの装備品扱いで無理だった。
魔力吸収も意味をなさず、攻撃するのは危険に思える。結局は巻き込まれないように距離を取ることしかできなかった。
フランたちが一斉に後ろへ跳んだ、その直後。
ドゴオォン!
ヌメラエエのいた場所から、耳朶を打つ轟音とともに深紅の閃光が放たれていた。
焦熱と爆風がフランの頬を撫でる。障壁を張っていなければ、俺たちも被害を受けていただろう。ただ、爆発の威力の割に、被害が少ないように思える。屋上には目立った被害がないのだ。
対象にダメージが集中するように、爆熱が上部へと収束するように調整されていたのだろう。
爆風が収まった時、その場には上半身が消え去ったヌメラエエの下半身だけが倒れていた。
「自爆?」
『いや、ヌメラエエの怯えは本当だった。明らかに知らされていなかったはずだ。口封じされたんだろう』
時限式にしては、タイミングが良すぎる。遠隔操作で始末されたのだと思われた。となると、ここでのやり取りが何者かに聞かれていたことになる。
結界魔石に、その手の効果を持つものがあるのか? それとも、ヌメラエエが黒幕の情報を漏らそうとしたら発動するように、あらかじめ設定してあった?
どちらにせよ、相手は遠隔で大爆発を起こすことが可能だってことだ。しかも、直前までは魔道具であると悟らせずに。
『折角の情報源が!』
「ん……」
ヌメラエエは死の直前、治療院と口にしていた。治療院が黒幕? いや、治療院と他の組織を潰し合わせる的な説明をしようとしていた可能性もある。
ともかく、治療院を探るしかないかね? フランはヌメラエエの死体を収納すると、メアたちに向き合った。
「メアたちは、この後どうする?」
「治療院を探ることとなろう」
彼女も、ヌメラエエの言葉を聞いていたらしい。
「我らの目的に関わっているかどうかはわからんが、抗争を煽る存在は見過ごせん」
「メアたちは、何のためにこの大陸にきた?」
修行なのかと思ったが、それでは正体を隠して獣人会に潜り込んでいる理由が分からない。しかも、お供が宮廷女中のクイナではなく、青猫族のゼフメートというのも疑問だった。
「修行兼王族の仕事だ。この大陸に巣くう闇奴隷商人どもを探し出し、成敗するのだ!」
「俺は、そのお手伝いだ。青猫族であれば、闇奴隷商人に接触することも可能かもしれないからな」
「クイナは裏から調査するため、別行動だ。まあ、奴ならうまくやっているだろう」
なんと、メアたちの目的も、闇奴隷商人であった。獣人会の助っ人をしているのは、組織を通じて情報を得るためであったらしい。
ただ、下っ端構成員と思われる者の目星はついたが、その背後の組織に関しては全く情報がないという。
「情報交換といきたいところだが……。とりあえず、広場の騒ぎを収めなければな」
「ん」
今月末、お休みをいただくかもしれません。ご了承ください。
 




