860 ヌメラエエ
「動くな」
「くっ……」
首に剣を突き付けられ、動くことができない男。黒い肌の、アフリカ系の外見をしているイケメンだ。
「な、なんで……。み、見つかるはずがないのに……」
余程隠密に自信があるのか? 確かに、鑑定してみると相当な実力者だった。隠密や気配遮断が高レベルだ。
名前はヌメラエエ。種族は人間である。しかも、弓の腕前もかなり高かった。狩人タイプなんだろう。
弓聖術を持っている人間は、久しぶりに見たのである。これならば、あの狙撃精度も頷けた。こいつが射手で間違いないだろう。
ただ、隠密が得意とはいえ、いくら何でも隠れるのが上手過ぎないか? 俺が発見できないほどではないはずだ。
それに加え「見つかるはずがない」という言葉。何か、スキル以外に自信の元となる魔道具でもあるのか?
そう思って観察を続けると、男の周囲に違和感があった。スキルを阻害――というか、すり抜けている? そこにものがあるのに看破できず、その背後に突き抜けてしまうような感じだった。
よく見ると、男の四方を囲む正方形を作るように、小さい何かが置かれていた。鑑定してみると、結界魔石というアイテムである。
不思議な感じだ。鑑定はできるし、目には見える。なのに、感知や察知スキルは反応せず、そこに何かがあるとは思えないのだ。
だが、幻影であるかのように、目には見えている。
『フラン、そこに石が置いてある。見えるか?』
(ん?)
フランも、目には見えるようだった。しかし、俺と同じで感知できないんだろう。首を傾げながら、ヌメラエエに問いただした。
「これは、なに?」
「け、結界魔石だ」
素直に喋り出すヌメラエエ。接近戦では勝ち目がないということも、こちらが情報を得るまでは諦めないということも分かっているからだろう。
引き延ばして痛い目を見るよりは、従った方がマシであると知っているのだ。そこらへんは、プロって感じだな。
石があると思われる周囲を無差別に収納すると、確かに結界魔石が仕舞えたのが分かった。そして、一気に感覚がクリアになる。残った3つを、スキルで感じ取ることができた。
4つ1セットで何らかの効果を発揮しており、1つ消えれば力を失うようだ。
見えるようになった残りの結界魔石をもう一度しっかり観察する。確かに、魔石だった。魔法陣を刻んで、特殊な加工がしてあるらしい。
「これ、どうやって使う?」
「結界術を、封じ込めることができるらしい」
結界術を封じ込め、術者以外でもその結界を発動可能にする道具であるようだ。
これに込められている結界は、認識を騙すような能力があるという。特に、スキルや魔術による察知や看破をすり抜けるらしい。
それ故、直観力や身体能力ではなく、スキルや魔術頼りの俺は遠くからでは全く気づけなかったのだ。
そもそも、俺ってば肉眼がないからね。ほとんどの知覚を魔術とスキルに頼る俺にとっては、凄まじく相性の悪い結界だった。
ただ、スキルを誤魔化すことはできても、本人が発する気配などは遮断できない。それ故、素の感覚が鋭いフランは、違和感に気づくことができたのだろう。
あと、生体電気みたいなものが結界の外まで漏れ出ており、閃華迅雷状態のフランはそれをキャッチしたのだと思われた。肉体の能力としてサーモセンサーみたいなのを備えている種族がいたら、簡単に看破するかもしれない。蛇の獣人とかね。
「これは、お前が撃った?」
「さあ? 見覚えはないが? これは特殊な矢だろ? あれだ、竜人の女傭兵が似た矢を使ってたはずだぜ?」
フランが特殊矢を眼前に突きつけると、ヘラリと笑って嘯く。演技スキルを持っているだけあって、何も知らなければ信じるかもしれない。
『嘘ついているな』
「嘘つくな。この辺で、お前以外に怪しい奴はいない。それに、矢を飛ばすときに音がしなかった」
「いやいや、嘘じゃ――」
「嘘つくな」
「いでぇ! な、なんで……」
「お前が嘘ついたから」
フランに頭を殴られ、ヌメラエエが涙目で情けない声を上げる。これもまた、演技スキルを使っているのだろう。情けないその姿は憐れみを誘うようだった。
だが、フランには通用しない。憐れだろうが何だろうが、敵が嘘を吐いているという点しか重要ではないのだ。
「ほんとのことを話す」
「……嘘看破? だが、そんなスキルは……」
ヌメラエエは鑑定を持っている。それでフランを鑑定した結果、鑑定偽装で表示される情報を信じ込んだのだろう。
剣士としてはそれなりでも、それ以外は普通だと思っているはずだ。
「これは、お前が撃った?」
「……そうだ」
「ん。何のために?」
「あー、その、あいつらに恨みがあって――」
『嘘だ』
「嘘」
「っ!」
これで、こちらが嘘を完全に見抜けるということが理解できたのだろう。絶望的な表情をしている。
まあ、ここからは素直に話してくれそうだ。向こうがまたいがみ合いを始める前に、情報を聞き出してしまいたい。
だが、俺たちはここへと近づいてくる新たな2つの気配を感じ取っていた。最初はヌメラエエの仲間なのかと思ったが、違う。
どちらも覚えのある気配だったのだ。
凄まじい速度でこちらへと向かってくるが、目指しているのは俺たちじゃない。多分、広場が目的地だろう。
しかし、途中でその足が止まっていた。多分、フランの気配を捉えたのだ。今は、気配を完全に消しているわけじゃないからな。
彼女であれば、察知できるはずだった。
少し待っていると、進路を変えてこちらへと向かってくるのが分かった。
高層建築の屋上を足場に、飛び跳ねながら近づいてくる相手の姿が見えてくる。頭からスッポリと外套を纏っているせいでその顔は見えないが、フランにはその正体が分かっていた。
ヌメラエエへの警戒は解かずに、2人を静かに迎える。
「久しぶり、メア」
「ふはははは! 気づかれたか! 久しぶりだな、フラン!」
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