859 射手発見
『ミランレリュの矢だな。まあ、撃った奴は偽物だろうが』
「ん。音しなかった」
明らかに、前回の犯人と同じだった。どうあっても、抗争を激化させたいらしい。
突然フランの目の前に引き寄せられた矢を見て、ワンゴンとゲフが動きを止めた。何が起きたのか分からず、戸惑っているようだ。
フランが手に取った矢を、ジッと見つめている。
そして、ほぼ同時に気づいたらしい。
「その矢は……テメェらんとこの弓使いの矢じゃねーか!」
「た、確かに似てるが! あいつはここには来ていない! そっちこそ! やっぱりその子供はお前たちの仕込みなんだろ! 手の込んだ真似しやがって! 卑怯者が!」
「んだとぉ!」
「ああぁ?」
また両陣営が殺気立ち始めてしまった。しかし、フランは全く気にしていない。
両者を無視して、矢が飛んできた方向を見つめている。
射手の気配を探っているのだ。
(……むぅ)
『ダメか?』
(……ん)
フランは微妙な表情である。もう少しで気配を捉えられそうなのに、どうしても掴めない。そんな感じであるようだ。
俺も全スキルを起動して射手を探したが、全く察知できなかった。咄嗟の直観力ではフランに軍配が上がるとしても、時間を掛ければ俺も負けないと思っていたんだがな……。
俺には僅かな違和感も覚えられなかった。矢が飛んできた方向に、誰かいるか?
いや、人はたくさんいる。ここは高い建物が延々と密集した違法都市だ。その中には大勢の人間がいて、息を潜めている。だが、殺気や悪意を放つ気配や、強者の気配はなかった。
弱っちく見せかけて、一般人の振りをしているのか?
煽っている者の存在を証明できれば、獣人会と竜王会の争いも止めることができるかもしれない。できれば、犯人を捕まえたいのだ。
すると、フランが動いた。なんと、敵になるかもしれない竜人、獣人たちの間で、目を閉じてしまったのだ。
俺を握ってはいるものの、かなり無防備である。
その姿に、ワンゴンとゲフは苛立った様子だ。舐められていると感じたのだろう。
ほぼ同時に口を開き、フランの肩に手を伸ばす。
「おい! 何のつもりだ!」
「小娘! その矢はどこから出した!」
しかし、どちらもフランに触ることはできなかった。
「覚醒。閃華迅雷」
「わぎゃぁぁ?」
「いってぇぇぇ!」
フランが覚醒し、しかも閃華迅雷まで使用した。黒雷がバチッと弾け、男たちは悲鳴を上げながら慌てて手を引っ込めた。
フランが本気を出していないといっても、相当な痛みがあるはずだ。黒雷に焼かれた手をさすりながら、フーフーと吹いている。
強面の男のそんな仕草は非常にユーモラスで、思わず笑いそうになってしまった。
それで黙ればいいのに、部下の手前情けない姿を見せたままではいられないのだろう。再度怒鳴り声を上げようとした。
「ふざけた真似――」
「何しやが――」
「うるさい! 黙る!」
自分が抗争を止めようとしているのを邪魔する射手や、集中を乱すワンゴンたちへの苛立ちからだろう。
フランが静かに、それでいて威圧感たっぷりに怒鳴り返した。声量がさほどないフランの怒鳴り声だ。この広場の端にギリギリ聞こえる程度の大きさでしかない。
それだけでは、子供がちょっと怒っているようにしか聞こえないだろう。
だが、その効果は絶大であった。
周囲のアウトローたちが、一斉に顔色を変えて黙ったのだ。
獣人たちは耳を折ったり、尻尾を股に挟んだりして、完全に怯えた獣状態である。
竜人たちも腰が引けて、どう見てもフランの迫力にビビッていた。
王威スキルの効果であろう。無意識に漏れ出したのではなく、相手を黙らせるためにかなり強めに発動したのだ。
スキルの効果と、閃華迅雷を発動したフランの迫力。それらが合わさり、ワンゴンやゲフといった強者でさえ圧するほどの威風を纏っていた。
何人か、妙に熱い視線を向けてくる奴もいるが、黙っているならそれでいい。
広場が静寂に包まれたのを確認すると、フランは満足げに頷き、再び目を瞑った。俺は周囲を警戒するが、襲ってくる奴はいないだろう。
むしろ、フランの邪魔をして再び怒りを向けられては敵わないと、誰もが身じろぎ一つせずに固まっていた。
そんな奇妙な状態のまま、5秒、10秒と時が流れ――突如フランがその目を見開いた。
(見つけた!)
『おお、マジか!』
(なんかわかった。ビリビリが、居場所を教えてくれた)
ビリビリっていうのは、電気のことだろう。閃華迅雷状態になると、電気や電磁波を感じ取る力も強くなる。
それによって、隠れている相手の居場所を暴き出したらしい。
フランは空中へ一気に駆け上がると、少し先を睨みつけて叫んだ。
「――黒雷転動!」
フランの体が黒雷と化し、一瞬で数十メートルを移動する。
「見つけた」
「え?」
フランと一緒に移動した俺の視界も一瞬で切り替わり、目の前には男の背中があった。フランの声に驚いて慌てて振り向くが、もう遅い。
背中を蹴り飛ばされ、そのまま眼前に俺を突き付けられていた。




