855 竜王会の暴走
ドルーレイに懇願されたフランが、断腸の思いで青猫族を見逃した翌日。
フランがいつもより遅く、起き出していた。
昨晩は、非常に寝つきが悪かったのである。暴言を吐いた青猫族を見逃したことが、自分でも予測できないほどのストレスになっていたのだろう。
普段なら布団に入って秒で寝付くフランが、珍しく1時間ほどは起きていた。
いつもはマイペースなフランだが、青猫族に関しては平常心とはいかないようだ。
『顔ふくぞー』
「ぬぁ~」
『ほら、靴はいて』
「ぬぅ~」
寝ぼけているフランを念動で動かしながら、身支度を整えていく。
最初は首がガクンガクンの操り人形状態だったが、次元収納から朝食を取り出した途端シャキッとしていた。
さすが食いしん坊。美味しそうな匂いが、最高の目覚ましであるらしい。
「もぐもぐ」
「ガフガフ」
『美味しいか?』
「ん。カレーまん最高」
「オン!」
カレーは1日1杯というお仕置きの最中だが、これはカレーじゃない。カレー風味の肉まんだ。だからいいのである。
……うん。詭弁だというのは分かっているよ?
だが、フランを元気づけるためにも、好物を食べさせてやりたかったのだ。
食事を終えた俺たちは、とりあえずギルマスに話を聞いてみることにした。
『で、その後は治療院だ』
昨日は結局フランの機嫌が悪いままで、治療院を見に行くどころじゃなかったからな。
今日はたどり着いて、偵察をしたいところである。
『今日こそ、あの塔に行ってみよう』
「ん」
この後の行動を相談しながら、昼前の閑散とした冒険者ギルドへと降りていく。ギルドの上に併設された宿は、こういう時に便利でいいのだ。
「お、ちょうどいいところに来たな」
「ん?」
プレアールに挨拶をしにいくと、何やら手紙のようなものを読んでいるところであった。
「今、情報が手に入ったところだ」
そして、こちらを見つけるとニヤリと笑い、そう言ったのだ。フランは真剣な顔でプレアールの前に座り、静かにその目を見つめる。
「……聞かせて」
「ここは酒場だぜ? 何か注文しろよ」
「……ジュース」
「はいよ」
フランの醸し出す早く言えオーラをものともせず、プレアールはいつも通りの調子でジュースを用意し始めた。
さすが、アウトローの町のギルマス。フランの圧もどこ吹く風だ。
「ほらよ」
「ん」
プレアールが出してくれた不味いジュースを、ごくごくと飲み干すフラン。すると、そのキツイ酸味のお陰なのか、昂っていた気持ちが少し落ち着いたらしい。
顔は顰めているが、漏れ出ていた威圧は和らぎ、プレアールの言葉をじっと待つ余裕ができていた。
それを確認し、老人が口を開く。
「デカい情報が2つある。お前さんに頼まれてた情報と、頼まれてない情報。どっちから聞きたい?」
「……頼んでない方の情報」
頼んでいないのに教えてくるってことは、それだけ重要だってことだろうからな。
「昨日から、竜王会の動きが激しい。構成員が、住宅街や大通りで騒ぎを起こしている。気を付けな。最悪、抗争に巻き込まれかねんぞ?」
「昨日、もう見た」
「おいおい、敵対してねーだろうな?」
「へいき。私は戦ってない」
「ならいいがよ。その動きの原因だが、幹部が姿を消したらしい」
「裏切り者を探してるの?」
足抜けをした幹部を追っているのかと思ったら、その可能性は低いらしい。
「そいつは、俺から見ても義理堅い奴だ。仲間を見捨てて一人逃げるような奴じゃない。竜王会はそいつを探すために、少々暴走しているようだ」
プレアールからの評価が随分と高いな。
『うーん。竜王会の幹部で、義理堅い?』
(1人知ってる)
『ああ』
俺とフランの脳裏には、ある竜人の名前が浮かんでいた。
「それって、ガズオル?」
「知ってんのか?」
「一昨日、会った」
「も、もしかして、お前――」
「私は戦っただけ。その後、怪我を治して見逃してやった」
「本当だな? 殺ってないんだな?」
「ん」
「……ならいいんだがよ。信じるぜ?」
そう言いつつ、フランを見る目にはまだ疑いが残っている。フランなら、ガズオルにも勝てるだろうし、次元収納を持っていることも知っているのだろう。
(何があった?)
『うーん。消えたっていう情報だけじゃな』
フランと敵対しないように竜王会の内部に伝えるって言ってたが、そのせいで上層部と衝突して、消されたとか?
ただ、竜王会がガズオルを探しているってことは、内部の争いじゃないっぽいんだよな。いや、そう思わせるためにあえて構成員を動かして――?
『うむ。分からん』
(そう)
行方不明の理由は気にはなるが、仲良しという訳でもない。探しに行こうと思うほどではなかった。それは、フランも同じなのだろう。
情報源になりそうな相手がいなくなり、残念そうなだけだ。一応、気には留めておくけどね。
「さて、次は、お前さんに頼まれていた情報。つまり、獣人会の助っ人に関してだ」




