854 ドルーレイ
舎弟である青猫族たちの助命を懇願するドルーレイ。フランはその言葉を聞き、不機嫌そうに聞き返した。
「……なんで、こんなクズどものためにそこまでする?」
「はははは、手厳しいなぁ。クズにはクズの使いようがあるのさ。それに、こんなどうしようもないやつらでも、舎弟だからな。見捨てる訳にはいくめぇ」
ドルーレイは本気でそう思っているようだった。弟分だから、守る。単純だが、中々ここまで徹底できる人間は少ないだろう。
「それに、恥ずかしい話、こいつらは昔の俺にそっくりでよ。人ごとに思えねぇんだ。ちゃんとこっちで躾し直すから、今回は見逃してはくれねぇか?」
「こいつらが、まともになるわけがない」
「かもな。だが、そこを何とか! 今回だけでいい。頼む。この通りだ」
「……その代わり、お前が私の言うこと何でも聞くってこと?」
「ああ」
ドルーレイが即座にうなずく。嘘はついていない。
フランは迷っていた。この青猫族たちが改心するとは思えないし、殺すつもり満々だったのだ。
しかし、血牙隊の幹部と縁を作れるなら、見逃すのも悪くはない。フランもそれは分かっているのだろう。
「……とりあえずそいつらの話を聞く。決めるのはそれから」
フランはドルーレイにそう告げると、青猫族たちに近づいていった。魔術で水を生み出し、全身にぶちまける。
男たちは冷たい水に驚き、悲鳴を上げながら跳び上がっていた。パニック状態のうちにその体を拘束し、再び地面に転がす。
「な、何が!」
「騒ぐな」
「お、お前は――ぐむ!」
話が進まないので、念動で口を塞ぐ。それでも男たちはムームーと唸り続けるが、フランは無視していくつか質問をぶつけた。
最初は黙っていた男たちも、ドルーレイに怒鳴られると渋々質問に答え始める。兄貴分の言うことは無視できないらしい。
すると、こいつらは闇奴隷商人ではないことが判明する。今現在、関係があるわけでもないようだ。
奴隷商人のことを知っているような口ぶりなのは、親が闇奴隷商人だったからであるらしい。
親は黒猫族の売買を禁止された後も裏で商売を続け、現在の獣王に粛清されたようだった。こいつらはその後、獣人国に居づらくなり、この大陸へと逃げてきたという。
悪人だが、今現在は闇奴隷商人との繋がりはない。そんな青猫族だった。
今まで、黒猫族に絡んで暴力を振るったことはあっても、酷い怪我をさせたこともなく、当然奴隷として捕まえたこともなかった。
そもそも、獣人会でも、同じ獣人である黒猫族を売り買いすることは軽蔑されている。そこに身を寄せる以上、闇奴隷商売に手を染めるのは難しかった。
「獣人会は闇奴隷と無関係?」
フランの呟きに、ドルーレイはどこか悲し気に首を振る。
「いや、そうとも言い切れん。青猫族が何人もいるが、そいつらの中には黒い噂があるやつもいる」
ドルーレイも、黒猫族を闇奴隷にすることは反対なのだろう。フランに向ける視線には、痛ましげな色がある。
「……お前らの命を、助けてやってもいい。その代わり、獣人会の中にいる闇奴隷商人と繋がるやつの情報を集めてこい」
「いいだろう。負けたうえに、命まで助けてもらった身だ。その程度はやるさ」
「情報は冒険者ギルドに持ってくればいい。私の名前を出せば通じる」
「おめぇさんの名前はなんていうんだ?」
「フラン」
「フラン……? お、お前! 黒雷姫か! かー! そりゃあ、勝てねぇよ!」
ドルーレイはそう言って天を仰いだ後、大笑いをした。
「ぶはははは! むしろ、お前さんの役に立てるなら光栄だ!」
本気で言っている。強者に憧れを抱き、強さだけで上下関係を考えるタイプであるらしい。これなら裏切ったりはしなさそうだった。
「黒雷姫は、黒い狼を連れているって話だったが……」
「ウルシ」
「オン」
フランの声に応えて、ウルシが影から出てくる。
ドルーレイが結界を破壊した直後、影の中に隠れていたのだ。無論、逃げたのではなく、いざという時に奇襲を仕掛けるためだ。
長い間一緒に戦ってきたことにより、俺たちが指示しなくても素早く的確な判断ができるようになっていた。
「で、でけー……」
「グル」
「ちょ、もう敵じゃねぇよ! まじで! 逆らわねぇから!」
ウルシが唸って顔を近づけると、ドルーレイは慌てた様子で叫ぶ。ウサギの獣人なだけあり、狼が苦手なのだろうか? いや、身動きできない状態でウルシに唸られたら、誰でも焦るか。
「じゃあ、私はいく」
「おう」
ドルーレイたちの拘束を解き、フランは背を向けた。フランも、ドルーレイが背後から襲ってくるような真似をするはずがないと理解しているのだろう。
だが、青猫族たちは別だ。信頼の正反対に居る奴らだからな。
「ああ、それと、そいつら。次に見かけた時に変わっていなかったら、その時は容赦しない」
「ひぃ!」
「ひっ!」
フランが殺気を叩き付けながら告げると、青猫族たちは再びへたり込んだ。反抗的だった男も、本気の殺気を前にして耐えきれなかったのだろう。顔が真っ青だ。
「その時は仕方がねぇ。フラン殿の好きにしてくんな」
「え? あ、兄貴ぃ!」
「もとはと言えば、てめぇらが下らねぇ真似したからだろうーが!」
縋りつく舎弟を怒鳴りつけているドルーレイの言葉を背に、今度こそフランが歩き出す。
『フラン。よく我慢したな』
(今は、闇奴隷商人の情報を手に入れるのがいちばん重要だから)
『それでも、青猫族相手に我慢したのは偉いぞ』
(ん)
仇敵である闇奴隷商人の情報を得るために、そうじゃない敵を見逃す。その判断ができるのは、フランが成長した証拠だろう。出会ったばかりの頃であれば、全員ぶった切って拷問していたはずだ。
『さて、あいつらはどんな情報を集めてくるかね?』
青猫族たちはともかく、ドルーレイはまじめに働くだろう。何かしらの情報を持ってくる確率は高いはずだった。




