853 アウトローラビット
俺たちの張っていた結界を破壊して現れたのは、1人の獣人であった。
身長はさほど高くはない。むしろ小柄だ。160センチないだろう。しかも、顔が意外と整っている。
可愛い系の顔立ちは、とてもアウトローとは思えない。ただ、顔や腕には多くの傷が刻まれており、可愛いながらも凄みを感じさせることは間違いなかった。
そんな可愛くも威圧感のある男を見て、フランが首を傾げていた。
「血牙隊?」
「おう。惚けんじゃねぇよ! 血牙隊第三席、ドルーレイ様を知らねぇっていうのか?」
間違いなく血牙隊のメンバー、それも幹部であるようだ。顔に似合った甲高いソプラノボイスで、ガラの悪いことを言っている。
だが、フランは別のことが気になったらしい。
「牙ないのに、血牙隊なの?」
「う、うるせぇ! いいだろうが別に!」
男は、草食獣の獣人であった。耳を見れば誰でも一発で分かる。ウサギの獣人で間違いないだろう。
獣王の側近である、灰兎族のロイスと同じ種族だと思われた。これで、急に現れた理由も分かった。
小型草食獣の獣人はただでさえ隠密行動が得意なのに、灰兎族は時空魔術に適性があるはずだ。こいつも、転移を使ってここまで跳んできたのだろう。
フランとしては、血の牙なんて名前を付けている部隊の幹部に牙がないのが不思議だったらしい。
「?」
「く、くそ……」
ドルーレイも、内心では気にしていたらしい。驚くほど狼狽している。
それと、フランの純真無垢な目を前にして、どうしていいか分からないようだ。
多分、普段ならこのことを揶揄われれば、拳で黙らせるのだろう。だが、フランは本気で聞いている。
ただただ純粋に、疑問に思ったことを口にしただけなのだ。
「別に昔からこの名前ってだけで、牙がなくたって構いやしねぇんだよ!」
「ふーん」
「自分で聞いておいて、興味なさげだなぁ! おい!」
妙にノリがいいな。ただ、その目に部下の姿が入ったのだろう。すぐに表情を引き締め、フランを睨みつけた。
「うちの舎弟を可愛がってくれたみたいだなぁ!」
「……そいつらから襲ってきた」
「知るか! まずはぶっ飛ばす!」
「む」
血の気が多いな! 問答無用で殴りかかってきやがった!
素手だからと言って、手加減しているわけではない。明らかに殺気交じりの一撃なのだ。まずはボコってから考えるという、血の気が多すぎなタイプなんだろう。
フランはバックステップで躱すが、ドルーレイはさらに加速して突っ込んできた。さすが兎の獣人だな!
「最近は黒猫族もやるって話だが、いい動きだぁ!」
「ふ!」
「見え見えなんだよ!」
フランが牽制で繰り出した横薙ぎを素早いダッキングで躱すと、ジャブを放ってくる。明らかに、専門家の動きだ。
ガズオルが外での大規模戦闘の専門家なのだとすれば、この男は狭い路地での戦闘を想定して鍛えているようだった。
「はぁっ!」
剣の下を搔い潜るドルーレイに対して、フランが前蹴りを繰り出す。だが、ドルーレイはそれをさらに身を捻って躱していた。
ガズオル戦でのフランを彷彿とさせる動きだ。だが、これもフランの狙い通りだった。
「甘ぇ!」
「そっちが」
「ぬなっ?」
ドルーレイの動きに合わせて大地魔術を使用し、地面を掘り下げたのである。この男は確かに速くて強いが、コルベルトやヒルトに比べれば一段落ちる。
その動きに合わせて魔術を使うくらい、今のフランでも難しくはないのだ。
覚醒すればもっといい戦いになっただろうが、フランを舐めていたからな。
あるべき地面がなかったことで、バランスを崩すドルーレイ。そこにフランの拳が直撃した。
リバーブローから顎へのアッパー、そしてテンプルへのフックという三連打をくらい、ドルーレイが崩れ落ちる。意識はあるが、脳震盪と腹の痙攣で全く動けない。
「あ……?」
俺たちなら魔術だけでも大人しくさせることもできたが、フランはあえて同じ土俵で戦った。魔術は使ったけど、決着は拳だ。
そうすることで自分が上だと分からせ、尋問しやすくしようとしたのだろう。
とりあえず大地魔術でその体を覆って体を拘束し、闇と風の結界を張り直す。
「ヒール。お前に聞きたいことがいっぱいある」
「……ちっ。メスガキに負けたとあっちゃ、これ以上の恥は晒さねぇよ。何でも聞け」
転移で逃げ出すかと思ったが、意外に素直だ。
「お前は獣人会?」
「一応な。向こうは俺たちを仲間とは思ってねえよ。カチコミの時に使える特攻要員を確保してるだけだ」
血牙隊が獣人会でも嫌われているというのは本当であるらしい。
「そこの青猫族も?」
「うちの下っ端だ」
「お前らは闇奴隷商人と繋がっている?」
「はぁ? ああ、そういうことかよ。黒猫族と青猫族か」
ドルーレイが納得したようにうなずく。やはり、獣人にとってこの2種族の対立は当たり前のことなんだろう。
「そんな噂もあるらしいが、血牙隊は繋がっちゃいねぇ。そいつらもな」
「嘘。黒猫族っていうだけで、いきなり襲ってきた。そっちの住宅街で」
フランがそう告げると、ドルーレイは目を見開き、そして項垂れた。
「そいつはすまねぇ……。こいつらは、黒猫族を恨んでるらしいんだよなぁ。だが、お前さんら黒猫族にとっちゃ、完全な逆恨みよ。お前さんが怒るのも当然だ」
こいつ、血の気の多い嫌われ者かと思ったら、意外とまともか? いや、いきなり殴りかかってきたし、まともではないか。
ただ、自分なりのルールを持ち、それを守っているようだった。一般人にははた迷惑なだけだが、フランにとってはそこまで嫌いになれない手合いだ。
案の定、ちょっと困った顔をしている。ガズオルの時と同じで、憎み切れないからだろう。
「なあ、こんなこと言えた義理じゃねえのは分かってる。その上で、お願いだ。その馬鹿ども、命だけは勘弁してやっちゃくれないか? その代わり、俺があんたの言うことを何でも聞く。ダメか?」
ドルーレイは顔を上げると、真剣な顔でそう懇願してきたのであった。




