850 竜人
犬鳴きのミランレリュという、竜人の女性が使っているという矢を入手した。だが、それは何者かの陰謀である可能性が高いらしい。
『犬が吠えるみたいな音か……』
(聞こえた?)
『俺は聞こえてない。フランはどうだ?』
(聞こえなかった)
距離があれば、聞こえないということもあり得るが……。
「その犬鳴きがいたのは、どの辺?」
「抗争があった十字路から、100メートルほど離れた場所です」
意外に近いな。だとすると、音が聞こえていないのはおかしい気がする。風魔術などで音を消している可能性はあるが、どうなんだろう。
そのことを伝えると、フレデリックが首を振った。
「犬鳴きは派手好きで、隠密には向かない。自分の矢の音を隠すような真似はしないだろう」
だとしたら、確実に別人だろう。100メートルの距離で俺やフランに気配を察知させないとなると、隠密特化型でなくては無理である。
「音も気配もしなかった」
「黒雷姫に気配を感じさせないレベルか……。ミランレリュは隠密タイプではないし、火竜人だ。火系統の魔術しか使えん。音を消すような魔術も使えないだろう」
「火竜人だと、火魔術しか使えないの?」
「フランは詳しく知らないのですね。竜人には属性持ちがいることは分かりますか?」
「ん」
ベルメリアたちが、竜人について色々と説明してくれた。
竜人は、子供の頃は属性の偏りがなく、全属性の魔術を使えるらしい。だが、成長して水竜人や風竜人に進化することで、得意属性に特化する。そうなると、他属性が使えなくなるそうだ。
半竜人であれば、属性の縛りはそこまで強くはないが、逆に特化型竜人ほど強力な属性魔術は使えないらしい。
「進化先は、多く使用した属性に加え、生活圏の属性や、倒した敵の魔力を吸収することで変化します」
簡単に言えば、水魔術を使いまくり、水辺に住み、水属性の敵を倒し続けていれば水竜人となるわけだ。
「一番多いのは、何竜人?」
「個人の好みはあっても、どの属性が突出しているということはありません」
殲滅力の高い火属性。防御と陣地構築に秀でた土属性。探知能力や移動補助が可能な風属性。貴重な水を生み出し補助に優れる水属性。
どれが一番という訳ではなく、どの属性も必要だろう。
竜人たちもそう思っているらしく、できるだけ属性が偏らないようにしているらしい。そうして進化した属性竜人たちの中で、さらに修行を重ねたものが竜化スキルを習得し、他の竜人を率いるようになっていくのだ。
チェルシーが率いていた竜人の戦士たちは、全員が竜化スキルを使えていたが、あれは最精鋭部隊だからこそだろう。
風竜人であったとしても、絶対に風竜化スキルが使えるわけではないそうだ。
「他の属性は? フレデリックは、邪竜人」
「邪竜人以外の属性の竜人に関しては、確実には分かっていない。以前は雷竜人や氷竜人なども居たらしいが、進化したのは偶然だったそうだ」
魔術と同じような習得条件だと考えると、風属性と火属性が高く、しかもほぼ同じレベルであることが重要なんだろうな。
「邪竜人だけは分かってる?」
「さほど難しいことではないからな」
竜人が進化するには、属性を吸収する必要がある。火竜人になるには火属性。ならば、邪竜人になるのであれば邪気を多く吸収すればいい。
この大陸には邪気を抱えた抗魔が大量にいるため、邪竜人になろうと思えば簡単なのだ。
狙ってなる者はいないそうだが。
邪竜人になると非常に粗暴な性格になり、中には理性を失って暴れる者もいる。そのため、竜人たちも邪気が蓄積し過ぎないように、気を付けているそうだ。進化前の若い個体には、結界内で戦う時間などを制限し、連続で戦闘しないように指導している。
それでも邪竜人になってしまうことはあった。その理由は大きく分けて二つある。
一つが、長老会の言うことを聞かない跳ねっかえりが、レベルアップやポイントの獲得を狙って結界内に侵入し続けた場合。
もう一つが、抗魔の季節などで抗魔が大量に湧き出し、若者も戦い続けなくてはならなくなってしまった場合。
そして、どちらにせよ、邪竜人になってしまった者は多くの場合は同族に殺される。暴れ出して被害が出る前に、自分たちの手で狩ろうと考えるからだ。
ただ、フレデリックは半竜人であるため、命を奪われるまではいかなかった。半邪竜人は能力が下がってしまう程度で、暴れるほどまで精神が汚染されることがないからだ。
「ただ、ゴルディシア大陸にいることは許されず、お嬢様の守役として大陸を追放されたがな」
「……今はいいの?」
「見つからなければいい」
つまり、まだ許されているわけじゃないってことね。そりゃあ、コソコソと動くしかないわけだ。
「神竜人は?」
神竜化は、ベルメリアが、ファナティクスによって与えられていたスキルである。神剣を開放したアースラースと互角に戦ってみせるほどの超強力なスキルだった。
確かに、神竜化を得る方法は気になる。
「あれは、少々特殊です。少なくとも、自力で到達した者はいないでしょう」
「? じゃあ、どうやって覚える?」
「竜人の始祖と言われる六柱の神竜。その末裔たる竜の巫女たちに、代々伝えられているのです。長い歳月で2家が断絶し、現在は4人しかおりませんが」
竜の巫女が役目を継ぐ儀式を行うと、彼女たちに神竜化のスキルが与えられるそうだ。だが、巫女たちがそのスキルを使うことはないという。
「正確には、使えません。神の名を冠するスキルや職業の力は、使いこなすために長い修行を要します」
身に付けることはできても、使いこなすことは全くできないのだろう。俺たちにも覚えがある。
剣神化はまさにそのタイプのスキルだし、他にも心当たりがあった。例えば、ガルスの神眼スキル。
俺のことを見破ったスキルだが、考えてみるとそこまでなんでも見えている感じではなかった。多分、まだ使いこなせているわけじゃないんだろう。
アマンダの神鞭士なども、そうなのかもしれない。転職したばかりで、その力を使いこなせていなかった可能性が高いのだ。もし力を使いこなせている状態であれば、俺たちはもっとあっさり負けていたかもしれなかった。
「でも、使えないのに、なんで受け継いでる?」
「言い伝えでは、その力を使いこなせる者が現れれば、巫女からその者へとスキルが与えられるそうです」
神竜の血を受け継ぎし王が生まれる時、その力もまた受け継がれる。そんな伝承が残っているそうだ。




