849 ベルメリアとの再会
突如現れ、場を力ずくで収めたフレデリック。
その視線が、隠密を続けるフランへと向いた。ただ、こっちを完全に看破しているわけではなく、路地に何かがいると察知しただけであるらしい。
思案する顔で、身構えている。
『これは、出ていく方が良さそうだ』
(わかった)
フランが隠密を維持したまま、路地から進み出た。さすがに目の前に姿を現せば、こちらの正体は分かるだろう。
隠密を維持したままなのは、謎の射手のことがあるからだ。俺たちでも、相手の気配を察知できないのである。
そんな相手に、無防備に気配を晒す真似はしたくなかった。
「久しぶり」
「なんと、ここで出会うとは……」
向こうも驚いているな。ただ、お互いの目的も分からず、戸惑う両者。
抗争を止めようとしていたのは分かるが、その目的は何なのだろうか? 向こうも、フランがここにいる理由が分からないのだろう。
どちらも完全な味方とも言い切れず、無言の時間だけが流れる。
そこへ、近づいてくる気配があった。ただ、こちらも知った相手である。
一分ほど待っていると、青いポニーテールの少女が現れた。ベイルリーズ伯爵の一人娘、半水竜人の少女ベルメリアだ。
以前と同じような黒尽くめで、路地から姿を現す。
「フレデリック、申し訳ありません。射手を逃しま――フラン?」
「ん。ベルメリア。久しぶり」
「ひ、久しぶりですね。それにしても、気配が全く察知できませんでした……。また腕を上げましたか?」
「修行してるから。でも、ベルメリアも強くなった」
「ふふ。私も日々修行していますからね。それに――」
「まて。積もる話もあるだろうが、ここではまずい。移動するぞ」
「そうですね」
2人に敵意は感じないし、移動するのは構わない。だが、ここの後始末はどうするんだ?
アウトローたちをここで寝かせておいて、どちらかの援軍がきたら片方が皆殺しにされたりしないか?
そうなってしまっては、止めた意味がないのである。
「こいつらどうする?」
「治療院の治安維持部隊に通報してある。放っておけば、連れていくだろう。応急手当をすれば治療費を取れるし、喜んで連行していくはずだ」
強制的に看病して、それでお金を取るわけね。まあ、冒険者ギルドの治療師も同じようなことやっているし、任せちゃえばいいか。
「では、一度隠れ家に戻る」
「フラン、案内します」
「ん……?」
「どうしました?」
「なんか、変」
フランが足を止め、周囲を見回す。
『もしかして、こないだと同じか?』
「ん……」
フランが先日と同じ、違和感を覚えたらしい。これは、徹底的に周囲を調べるしかないな!
そう思ったんだが、無理だった。フレデリックが呼んだ治療院の治安維持部隊がすぐそこまでやってきていたのだ。
何がフランの感覚に引っかかっていたのかは気になるが、ここは退散するのが賢い選択だろう。
俺たちはフレデリックの後に付いて、その場から離れるのであった。
彼らと共に向かったのは、住宅街にある宿の一室だ。アウトローが大きな騒ぎを起こせないため、潜伏するにはちょうどいいらしい。
勿論、途中で魔術とスキルを使って、姿と気配を隠して部屋に戻っている。相手がよほどの上位者でもない限り、追跡されてはいないと思う。
「さて、色々と聞きたいこともあるが、その前にベルメリア。どうだった?」
「すみません。射手には逃げられました。しかし、狙撃地点と思われる場所に、これが」
ベルメリアが手に持っていた矢を、テーブルの上に置いた。それを、フレデリックが手に取って観察する。
「特徴的な作りだな」
「はい。中が空洞になっています」
言われてみると、確かに中が筒状になっている。
俺も、念動で叩き落とした矢を取り出した。フランが収納から出したように見せかけて、手渡す。
「こっちも中が穴」
フランがそう言いながら、矢の中を覗き込む。ただ、何が入っているという訳でもない。毒を入れるのかと思ったが、どちらの矢からも毒物の反応はなかった。
なんのためにこうなっているのか分からなかったが、フレデリックはこの矢を知っていたらしい。
「この矢、犬鳴きの矢にそっくりだが……」
「なるほど。そう言えば、普通とは違う矢を使うという話でしたね」
「犬鳴き?」
誰かの異名だろうか?
「竜王会の幹部の一人だ」
「竜王会には、三爪と呼ばれる戦闘特化の幹部がいます。犬鳴きのミランレリュ、邪道のゲフ、風鱗のガズオル。それぞれが、自身の得意分野であればランクA冒険者に引けを取らないと言われる強者たちです。もし敵対した場合は気を付けてください」
「ガズオル? 風竜人の?」
「知っているのですか?」
「ん。襲われたから倒した」
こともなげに頷くフランに、ベルメリアが絶句している。気を付けろと一言忠告した直後、もう倒したと言われたのだから仕方ないが。
「犬鳴きっていうのは、どんなやつなの?」
「ちょ、その前に、ガズオルを倒したって! こ、殺したのですか?」
「ん? 殺してない。向こうも手加減してたから、叩きのめしただけ」
「さ、さすがですね……。少しは差を縮めたつもりだったのに、開いてしまったかもしれません……」
まあ、ガズオルは広い場所で暴れ回るタイプだろう。町中での暗闘じゃ、半分も力を出せていなかったのだ。本気で戦っていれば、もっとギリギリの戦いだっただろうな。
「風鱗は竜王会でもましな方だ。殺していないのであればいい。それよりも犬鳴きだ」
「そいつは、弓使い?」
「ああ。この、中空の矢を放つ際、まるで大きな犬が吠えているかのような独特の風切り音が鳴るため、犬鳴きと呼ばれている」
「なるほど」
つまり、この矢が犬鳴きが関わっているという証拠になるわけか。でも、これ見よがし過ぎないか?
フレデリックも俺と同じことを考えたらしい。
「犬鳴きは確かに性格に難がある女だが、馬鹿ではない。これほど明確な証拠を残しはしないだろう」
「では、何者かが犬鳴きに罪を擦り付けようとしていると?」
「その可能性は高いだろうな」
やはり、何者かが暗躍しているらしかった。




