848 抗争寸前
離れた場所から、不穏な気配を発する竜人、獣人たちの様子を観察する。
『組織同士の抗争だろうな』
(ガズオルはいない?)
『まあ、竜王会の構成員はかなり多いみたいだし、どこにでもいる訳じゃないだろ』
しかし、これはまずいんじゃないか? ここで両者が殺し合えば、竜王会と獣人会の抗争は確実に激化する。最大の組織同士が諍いを起こしている状態で、抗魔の季節を乗り越えられるとは思えなかった。
大通りほどではないが、それなりに広い十字路で向かい合う両者。
止めるか、見逃すか。悩んでいたら、事態が先に動いてしまった。
獣人の一人が、急に呻いて片膝を突いたのだ。どこからともなく飛来した矢が、その肩に刺さっていた。
「やりやがったな!」
「ぶっ殺せ!」
獣人たちがそう言って前に出れば、竜人も負けじと武器を構える。
「我らの恐ろしさを教え込んでやれ!」
「殺せ!」
そうして、あっさりと戦いが始まってしまった。
あの矢は何だったんだ? 竜人の伏兵? それにしては、竜人たちも驚いていたように見えたんだが……。
しかし、きっかけはどうであろうとも、一度始まってしまえばその戦いは激しかった。剣で切り付けられた獣人が倒れ、槍で突かれた竜人が腹を押さえてしゃがみ込む。
放っておけば、人死にが出るのは時間の問題だろう。
『もう少し近づいて、こっそりヒールをかけよう』
(わかった)
ここで間に割って入っては、確実に目を付けられるだろう。両方から感謝されて、めでたしめでたしとは絶対にならないはずだ。
だとしたら、せめて人死にが出ないようにこっそりと立ち回ろう。
フランと俺で、ヒールを飛ばして重傷者を癒していく。意識は失ったままなので、十分もすると数が減ってきた。
残りは獣人3人、竜人が5人である。
その時点で、ようやくおかしいと気づいたらしい。何せ、これだけの激戦なのに、仲間に死者がいないのだ。
「……?」
「……?」
両陣営ともに、相手が何かやっていると思ったのだろう。探るような眼で見合っている。
当初の興奮は収まったようだが、戦意は未だに消えていない。黙って見ていれば、すぐに戦いが再開するだろう。
さて、どうするかね? もう俺がこっそりと全員眠らせちまうか?
そう思っていたら、再び矢が飛来するのが見えた。今度も獣人を狙っている。だが、そう何度もやらせるかよ!
俺は念動を使い、矢を叩き潰した。すると、それを見た獣人たちが再び険悪な雰囲気を纏う。
「こそこそと矢で射るとは、卑怯な奴らめ!」
「し、知らん! 我らを侮辱するのか!」
「侮辱も何も! 本当のことだろうが! 最初の矢も今の矢も、俺たちを狙っていた!」
「どうせ! 我らに罪を擦り付けるための自作自演だろう! 今もおかしな落ち方をした!」
「そんな卑怯な真似するか! 貴様らとは違うんだよ!」
「嘘を吐くな! そもそも、こんな真似でもせねば、脆弱な獣人が我に勝つことなどできんだろうが!」
「なんだとぉ! トカゲモドキが!」
「ケダモノがぁ!」
やべー、矢を防いだことが裏目に出たか? でも、俺が止めなきゃ獣人の頭に刺さる軌道だったんだよなぁ……。
まずは残りの8人の意識を奪って、その後に射手をどうにかするしかないか?
だが、またもや俺たちが動く前に、変化が起きていた。
睨み合う両者の間に、何かが転がってくるのが見えたのだ。
『なんだ? 黒い玉?』
(誰かが投げた?)
俺たちだけではなく、竜人たちや獣人たちも、突如現れたその玉に注目している。そのままコロコロと転がる玉が、両者の丁度中間となる絶妙な位置で動きを止め――爆発した。
ボン! という音とともに、大量の煙を周囲にまき散らしたのだ。凄まじい量の煙が、辺りを完全に覆い尽くす。
そこに、突如何者かの気配が湧き出るのが分かった。
「な、なんだこれは――ぐえ!」
「何も見え――ぐは!」
「ど、どうし――ぎょふ!」
煙の中から、男たちの悲鳴が響き続けている。謎の気配が動く度に、アウトローたちのくぐもった悲鳴が上がった。
止めるかどうか迷ったのだが、影からは殺気が感じられない。それに、どさっと倒れた獣人や竜人も、意識を奪われただけだと分かる。
とりあえず様子を見ることにした。
乱入者以外、立っている者の気配がなくなった直後、煙が薄まり始める。
(全員倒れてる?)
『あの黒尽くめがやったみたいだ』
竜人たちと獣人たちの間に、全身を黒い装備で覆った1人の男が立っていた。そいつが、両陣営の男たちを全員昏倒させたのだろう。
短時間で、しかも視界が遮られた煙の中であれだけの数の意識を奪うとは……。相当な手練れであった。
『まあ、あいつならそれくらいやるだろ』
(ん)
(オン)
『フランたちも覚えているか』
フランは強い相手を忘れないし、ウルシは同じ隠密系としてあいつを妙にライバル視してたしな。
『この町にいるのはアースラースに聞いていたが、ここで出てくるとは……。何が目的なんだ? 竜人たちまでぶちのめしちまったけど』
そこにいたのは、王都で共闘した隠密系竜人のフレデリックであった。




