844 勘違い竜人
「……くそ。獣人会の助っ人が、これほどの強者だったとは……」
辻斬り竜人ガズオルにフランが剣を突き付けると、無念そうに呻く。
獣人会って言ったか? そう勘違いして襲ってくるってことは……。
『こいつ、竜王会の構成員か?』
「お前は、竜王会?」
「……」
だんまりか。元々口数が多いタイプでもなさそうだし、仕方ないが……。少しは情報を貰わないとな。
「私を獣人会の助っ人だって勘違いした理由は?」
「……?」
「私は獣人会の人間じゃない」
「う、嘘を吐くな!」
「嘘じゃない。それで、お前は竜王会?」
「……」
うーむ、口を割らんな。こいつの場合、痛覚無効スキルがあるから、手荒い尋問もあまり効果を上げないだろう。
すでに出血は止まっており、多少の傷程度では脅しにもならないっぽい。
俺が口を割らせる方法を考えている間、フランがとりあえず脅しを続けてみる。
俺をガズオルの頭部に押し当て、殺気をぶつけるフラン。
「……素直に喋らないと、痛い目を見ることになる」
「ふん」
手加減抜きの殺気をぶつけられても、ガズオルは涼しい顔をしている。フランの放つ殺気にも、動揺した気配はない。さすがだな。
ただ、次にフランが口にした言葉を聞いた瞬間、その表情が変化する。
「まずは角。次に尻尾。再生しないように、念入りに潰す」
「っ!」
これは、獣人や竜人相手だから使える脅しだろう。彼らにとって、尻尾や角は種族を表す誇りなのだ。
手足の一本を失う覚悟はあっても、尻尾や角を失う屈辱は我慢ならないらしい。
以前出会った青猫族が、キアラに尻尾を奪われたことを何十年経っても根に持っていたはずだ。
ガズオルのような、種族の特徴をより顕著に発現している者にとっては、より一層効く脅しだろう。
「その後は爪を切り落として、最後は鱗を一枚一枚剥いでいく。全身ツルツルの禿げ竜人の出来上がり」
「……」
「喋らないの? だったら――」
「分かった! 喋るっ!」
角の付け根に押し当てられていた俺を握る手に、力がこもったその瞬間だった。ガズオルは顔色を変えて、叫んでいた。
フランの本気を感じ取ったのだろう。
「なんと恐ろしい娘だ……。同じ尻尾持ちであろうに……。血も涙もない」
「辻斬りクズ野郎に言われたくない」
「……ぐ。何も、言えん」
ガズオルが撃沈した。巨大な竜人ががっくりと肩を落とす様子は、どこかコミカルだ。
何となく憎めないんだよな。
それに、襲撃時にもフランに対する敵意はあっても、殺気はなかった。甚振ろうという下種な感情なども、一切感じなかったのだ。
それどころか、フランのような子供を襲うことに不満を持ってすらいたようだった。
「お前は、どこの誰?」
「……儂は、ガズオル。竜王会に所属する、戦士だ……」
「辻斬りじゃないの?」
「……それでも良い。こうなってしまっては、甘んじて受けよう」
悄然とした様子でありながら、フランの言葉に反論することはない。ある程度の潔さも持っているらしい。
「それで? どうして私を襲った?」
「儂の上役から、獣人会に助力している凄腕の戦士たちを叩きのめして、この町から追い出せと指示を受けたのだ」
「獣人会の凄腕?」
「うむ。すでに、竜王会の構成員が何人も倒され、捕まっている」
武闘派組織の竜人を何人も捕まえるとか、結構な実力者なんじゃないか?
フランも、獣人会の助っ人に興味を持ったらしい。
「それはどんな奴ら?」
「猫系獣人の戦士2人組だそうだ」
「猫獣人……」
「ああ。その片方が小柄な少女で、大きな剣を背負っているという情報があってな。その外見で、しかも強いとなると、候補は限られる」
それは、確かにフランと間違えるかもしれない。
猫系の獣人の小柄な少女。しかも剣を背負っており、明らかに強者。言われてみると、特徴にピッタリだ。
俺が思い出せる限り、その特徴に合っているのはフランのほかにはメアくらいだろう。まあ、メアがいるのは獣人国だから、ここにいるはずないけどな。
「この辺で探していたのだが、配下の報告で特徴に合致した者がいると聞いてな。やってきてみれば、お主だったという訳だ」
「その助っ人って、強いの?」
「うむ。不確定なものまで合わせると、ここ数日で10人以上が獣人会に捕らわれた。このままではまずいと考えた若頭が、儂に対処を命じたのだ」
「……殺すつもりがなかったのはなんで?」
「そいつらは正式に所属したわけではなく、一時的な助っ人だという話を聞いた。獣人会への忠義などもないであろうし、叩きのめせば逃げ出すと思ったのだ。子供と聞いて、殺すのは忍びなかったしなぁ」
「なるほど」
「その結果が、これだ……。少女を闇に乗じて襲うような卑怯な真似をした報いというわけだな。はぁぁぁ……」
ガズオルはそう言って嘆息した。上役の指示だから仕方なくフランを襲ったが、実際は闇討ちなどしたくなかったようだ。
本人は正々堂々と戦いたいが、上役からの命令であれば汚れ仕事も嫌々こなす。そんな感じなのだろう。
「次に闇討ちするときには、相手が合っているか確かめた方がいい」
「うむ。次があればそうするわい……」
レビューをいただきました。ありがとうございます。
そうなんです、師匠はずっと剣なんです。人の姿になるのはほんの少しだけなんです。
そこは結構こだわりなので、褒めていただけるとテンション上がりますよ!
あと、グレたフランのエピソードが意外に人気なんですよね。
作者も彼女はお気に入りなので、嬉しいです。




