839 違法都市と治療院
「気配を感じたからまさかと思ったが、やっぱりフランだったか。師匠も元気――って言っていいかわからんが、久しぶりだな」
『ああ。そっちも元気そうで何よりだよ。まあ、アースラースが怪我をするような事態、想像できんが』
「俺はまあ、嫌になるくらい頑丈だからな」
アースラースが自嘲気味に笑い、肩をすくめる。
この男は、自殺すら不可能なくらい頑丈なのだ。正確には、ある程度のダメージを負うと暴走して、超再生力で傷も癒えてしまう。
過去に嫌な想いもしているようだし、その辺は非常にデリケートな話題なんだろう。豪快そうに見えて、繊細な部分もあるらしい。
『あー、アースラースはいつからここにいるんだ?』
「クランゼルの王都でお前さんらと分かれてから、すぐにこっちに渡ってきたのさ」
「ベルメリアは?」
「この町にいるぜ? フレデリックのやつもな」
『フレデリックはやっぱりこの大陸に来てたか』
ファナティクスによって操られ、王都でアースラースと激闘を演じた半竜人のベルメリア。彼女は、クランゼル国内にいては処罰される可能性が高いということで、その身元をアースラースが引き受けてくれていた。
そして、その従者にして守役であった、半竜人のフレデリック。彼は、事件のすぐ後に姿を消していたのだ。
ベルメリアを追っていったのだろうと思っていたが、その推測は間違っていなかったらしい。
「どっちも元気でやってるぜ? まあ、今はちょいと取り込み中で、身を隠しているがな」
「隠れてるの? なんで?」
「竜王会って名前、聞いたことは?」
「知ってる」
「なら話が早い」
なんと、ベルメリアとフレデリックは竜王会に潜入しているそうだ。一部の竜人が不審な行動をしており、その背後を探っているという。
アースラースも一応協力はしているが、基本は別行動ということらしい。こっちの大陸に連れてきた責任もあるのである程度の世話はしているが、部下や配下として扱っているわけではないのだろう。
「お前さんはどうしてこの都市に?」
「闇奴隷商人どもを潰しにきた」
「ああ、奴らか」
アースラースがそう呟いた瞬間、フランの目がギラリと輝く。
「知ってるの? どこにいる?」
「居場所はさすがに知らんな。以前、出くわしたことがあるだけだよ」
こことは違う都市で、誘拐の場面を目撃したことがあるそうだ。ただ、叩きのめした誘拐犯たちは警邏の人間に引き渡したので、背後関係などは全く知らないらしい。
「この都市にもいるって話は聞いているが、情報はないな」
「そう……」
「何か分かれば教えるからよ」
「お願い」
アースラースも、フランの落胆ぶりが分かったのだろう。真剣な顔で約束してくれた。
「その代わり、そっちも、何か情報を仕入れたら頼む」
「どんな情報が欲しいの? 竜王会の情報?」
「それでもいいが、本当に欲しいのは竜人王についての情報だな。俺というか、ベルメリア嬢ちゃんたちがその情報を集めている」
「竜人王? トリスメギストスじゃない?」
「ああ。最近、竜人王って名乗るやつが現れて、竜人の一部を扇動して何かさせようとしてるって話でな」
竜人王の話は、少しだけ聞いたことがある。ノクタでフランに絡んできた竜人のチンピラが、その名前を口にしていた。
ただ、そういうやつがいるってだけで、どこにいるかは分からないな。
『そもそも、ベルメリアたちはどうして竜人王について探ってるんだ?』
元々この大陸の生まれだって話だが、関係があるのだろうか?
「ベルメリアの母親について聞いたことはあるか?」
「この大陸の偉い人だって聞いたことある」
「まあ、偉いっつーか、何か役目があるらしいな。そのせいで、竜人王に狙われているって噂がある」
関係者どころか、母親が渦中にいた!
「ベルメリアの母親――ティラナリアだったかな? それを守るために、2人は竜人王とその配下の情報を集めてんだよ」
「なるほど」
「互いに何かいい情報があれば、融通し合うってことでどうだい?」
「ん。それでいい」
『むしろこっちからお願いしたいくらいだよ』
「じゃあ、早速一つ情報をやろう。情報というか、アドバイスだ。この都市で活動するなら、治療院には必要以上に逆らうな」
『さっきのチンピラも、治療院がどうとか言ってたな。名前からすると、回復魔術師の組合みたいなものか?』
「昔はな」
大昔、この都市ができたころは、善良な医療関係者の集まりであったらしい。ポーションを手軽に入手できないこの大陸において、治療ができる者というのは非常に重要だ。
徒党を組むことで自分たちの身を守りつつ、安く平等に多くの者に治療を施す。そんな組織であった。
また、その影響力を使って血の気の多いアウトローたちの間を取り持ち、この違法都市の平穏を守るようなこともしていたそうだ。
だが、いつの頃からか、それだけではなくなっていった。
組織の間を取り持つだけではなく、彼ら自身が裏組織との繋がりを強め、自前の戦闘力を持つに至る。
ただの善良な組合から、表でも裏でも最大の影響力を持つ組織へと。長い時間をかけて、変貌を遂げていった。
竜王会や獣人会が台頭してきているとはいえ、治療院がまだまだこの都市の最大勢力であることに変わりはない。
アースラースが言う通り、逆らうメリットはなかった。
「特に、気をつけなきゃならねぇのは、聖女っていう女だ。何年か前に治療院の代表みたいな座に収まったんだが、こいつが危ない」
「……どんな奴?」
「俺も会ったことはないが、若い女らしい。まあ、この聖女自身というよりは、その警備の連中が過激なんだ。余程の重要人物らしくてな。聖女に不用意に近づいただけで、ぶった切られた奴がいるって話だ」
『そりゃあ、過激だな』
「ああ。もし聖女に危害を加えたなんてことになれば、都市をあげて殺しにくるだろうよ。まあ、最近はパッタリと聖女の話を聞かなくなったから、まだこの町にいるかは分からんがな」
『注意するよ。聖女には逆らわない』
「ん。敵じゃなければ攻撃しない」
「そこで、絶対って言わないところがフラン嬢ちゃんらしいが……」
アースラースが苦笑しているが、俺としては笑えないんだよな。闇奴隷商人の仲間だったりしたら、フランは誰であっても絶対許さないだろう。
聖女ってやつが、内面もその異名通りでありますように!




