838 センディアの状況
「ぐぁ!」
「お前は闇奴隷商人の仲間?」
「な、なんだこのガキ――ぐぁぁ!」
「聞いてるのは私。もう一度聞く。お前は闇奴隷商人の仲間?」
暗く狭い路地裏のさらに奥。
建物と建物の隙間のような場所で、フランは襲ってきたゴロツキを返り討ちにしていた。
襲ってきたというか、隙をあえてさらして襲わせたんだけどね。
裏路地を歩き回り、絡んできたやつから情報を聞き出そうという作戦だ。本調子ではないとはいえ、チンピラの下っ端程度ならば瞬殺である。
ただ、フランの望むような成果は中々上がらなかった。
闇奴隷商人たちは、この違法都市でも大っぴらには活動していないらしい。これまで叩きのめした10人ほどのチンピラからは、普通の奴隷商人の話しか聞くことはできなかった。
ただ、俺にとっては悪くない成果だ。この都市の情報が、色々と集まったのである。
まず、この都市では大きな3組織が抗争寸前の状態であるらしい。そして、そのせいで統治機構そのものが揺らいでいるという。
元々センディアの統治は、治療院と呼ばれるこの都市最古の組織の上層部に、他の有力者を加えた議会による合議制だったが、ここのところその関係が崩れつつあるそうだ。
その理由が、竜王会という武装組織の暴走だった。
チンピラたちは竜王会の敵対組織の構成員ばかりだったので、最悪のテロリスト集団のように語られていたが、さすがにそこまで酷いことはないだろう。
簡単に言えば、竜人の互助組織が力を増したことで調子に乗って、他の組織相手に暴力沙汰を繰り返しているということらしい。
そんな竜王会と正面からいがみ合っているのが、獣人会。その名の通り、獣人をメインに構成された、傭兵主体の組織である。
血の気が多い組織同士、出会えば血を見るような状態であるそうだ。互いに、舐められたら終わりだと考えているんだろう。
そこに割って入っているのが、冒険者ギルド。最初は治安維持が目的だったらしいが、そこは負けず劣らず血の気の多い冒険者たちである。
しかも、この都市にいるのだ。訳有りが多いこの大陸の冒険者の中でも、さらに訳有りばかりの違法都市。そこで冒険者なんてやっている奴らが、まともであるはずもない。
いつの間にか、止める側から抗争に参加する側になってしまっており、三つ巴のような状態になっているようだった。
ギルドマスターのプレアールが冒険者たちを止めないのかと思ったが、彼はそこらへんは放置気味だという。
統率できないわけではないはずだ。ギルドで出会った老人は、相当な曲者に見えた。冒険者たちを止めるつもりがないんだろう。
止めても無駄そうだしな。
そして、大きな組織が仲たがいをしている状態で、合議が上手く進むはずもない。何を決定するにも、上手くいかない状況になってしまっているようだった。
「あ、あんた……獣人会の人なのか……?」
「違う」
「な、なら――」
「うるさい。黙れ」
「ひぃ!」
「私のことは誰にも言うな。言ったらどうなるか分かる?」
フランが俺を抜いて、男の眼前に突きつける。それだけで怯えた表情を見せる男に、フランがさらに追い打ちをかけた。
「ウルシ」
「グルルル」
「ひぃぃぃ!」
男の背後に、通路ギリギリのサイズのウルシが出現した。突如現れた漆黒の巨狼に背後から鼻息をかけられ、完全にパニック状態だ。
闇に溶け込むようなその姿は、日の下で見るよりも迫力があるからな。お漏らししてしまうのも無理はないだろう。
「この魔獣は鼻が利く。お前のくさいオシッコの臭いをしっかりと覚えた」
「ガルッ!」
「もし、お前が私のことを他人に話せば、この魔獣が地の果てまでも追いかけて、お前を丸かじりにする」
「オフ!」
「わかったぁぁ! 言わない! 誰にも言いません! だから助けてっ!」
「……今日のところは見逃してやる」
「ああああ、ありがとうございまずぅぅ!」
他のチンピラたちにやったのと同じようにこいつも脅して、とりあえず見逃してやった。殺すほどの相手でもないしね。
ただ、闇奴隷商人を探す黒猫族の少女がいるなんていう噂が広まっては面倒なので、口止めだけはしておく。
この脅しが永遠に続くとは思っていない。フランがこの都市で活動する期間、怯えて震えていてくれればそれでいいのだ。
(また情報なかった)
『まだ探し始めて初日なんだ。仕方ないさ』
(ん……)
そうして歩いていると、前方から近づいてくる気配があった。今いるのは、真っ暗な裏路地だ。これは、また襲撃者が寄ってきたかな?
そう思って足を止めたんだが、相手はろくに気配を消そうともしていない。ただの通行人?
『いや、この気配と魔力は……』
(知ってる)
(オン!)
近づいてくるのは、明らかに知った相手であった。
フランはその場で待機する。
すると、闇の中から巨大な人影がヌッと姿を現した。
威圧感のある巨体に、額から伸びた長い角。そして、背中に背負った無骨な大剣。
「よう」
「アースラース!」
気軽な様子で片手を上げる大男は、ランクS冒険者のアースラースであった。
この大陸に来ていると聞いてはいたが、この都市に身を隠していたんだな。プレアールが言っていたもう1人の異名持ちとは、アースラースのことだったのだろう。
「久しぶりだな、フラン」




