837 センディアの闇
違法都市センディアへは、すんなりと入ることができた。やはりこの大陸は、都市への入場が簡単で楽だな。
この都市はさらに楽で、身分証の提示すらないのだ。
『にしても、中に入ってみるとより一層ヤバさが分かるな』
「暗い」
『日の光が遮られちまってるんだ』
5、6階建て以上の高層建築が密集しているせいで太陽光が遮られてしまい、地面まで届いていなかった。しかも、上層階同士を無数の空中回廊で繋いでいるため、より光が遮断されてしまっている。
大通りはそれなりに道幅があり、薄暗い程度で済んでいる。だが、もっと狭い裏通りの方を見てみると、昼なのに夜かと思うほどに暗かった。
元々違法都市なんて言われるような場所なのだ。あの暗がりで、どのような違法行為が行われているのだろうか。
ただ、大通りにはそれなりに人出があり、その中には戦闘力がない女性や子供の姿もあった。
笑顔で大はしゃぎという感じではないが、周りを必要以上に警戒している様子もない。最初の想像ほど、治安が悪くない?
実際、フランに絡んでくるような奴も現れないのだ。今は進化隠蔽を使い、ウルシも影に隠れているため、強そうには見えない。
この大陸の町じゃなかったとしても、絡まれる可能性が高かった。
しかし、この町だと観察されるだけである。まじで治安がいいのか?
そう思ったら、どうも違うようだ。
暗い裏路地からこちらに向けられる視線には、明らかな悪意や侮りの感情が乗っていた。これで襲ってこないのが不思議なほどである。
「……ん」
『あ、フラン! どこいくんだ! まずはギルドに向かわないと!』
(だいじょぶ)
フランは大通りと路地のスレスレに移動した。悪意の主を釣ろうというのだ。
通路から手を伸ばせば、フランに触ることが可能な距離である。だが、不思議なことにそいつらが手出しをしてくることはなかった。
フランが無防備なふりをして、大通りから路地裏をのぞき込んだり、そこにいる男たちに視線を向けたりしても、決してこちらに向かってくるようなことはない。
一瞬気配が揺らいだのは分かる。だが、それだけだった。
フランの実力を見抜けているとも思えない。
もしかして、大通りにいる人間に手出しできない理由がある? 縄張り的な問題かね? ともかく、面倒を避けたいなら大通りを使うのが吉ってことだろう。
フランは普通に大通りを抜けて、冒険者ギルドを目指す。普通の町だと入り口付近にギルドがあることが多い。
アイテム袋などがない冒険者が、獲物をすぐに納品できるようにである。
血まみれの魔獣を担いで街中を歩かれては、ギルドへの印象が悪くなるし、場合によっては毒などの被害が出る場合もあるのだ。
もしくは、獲物を受け取るための支部が入り口付近にある場合もある。俺たちは次元収納があるから、気にしたことはないけどね。
ただ、この大陸の町では、ギルドが町の奥にある場合も多い。獲物が抗魔しかおらず、納品などを気にする必要がないからだろう。
15分ほど歩くと、冒険者ギルドの看板が見えてきた。
6階建ての建物が丸々ギルドになっているようだ。それなりの大きさなんだが、妙に荒んだ雰囲気がある。建物の汚さと、内部から聞こえてくる野太い笑い声のせいだろう。
スイングドアを押し開けて中に入るとやはり暗い。昼なのにランタンが灯され、まるで夜のバーのような雰囲気があった。
「たのもう」
酒を飲んで馬鹿笑いをしていた冒険者たちが、一斉に胡乱気な視線を向けてくる。中には下卑た表情で立ち上がった冒険者もいたのだが――。
「さすが抗魔の季節ってことか? こんな場所に異名持ちが立て続けに来るとはな」
カウンターにいたバーテン風の老人がしゃがれ声でそう告げると、全員が大人しく座りなおしたのであった。
老人も、騒ぎを起こさせないためにあえて聞こえる声で言ったのだろう。
「ようこそ黒雷姫。違法都市センディアのギルドへ」
それにしても、名乗る前に正体を言い当てられたのは久しぶりじゃないか?
「しばらくこの都市にいるから挨拶に来た」
「そうかい……。俺はここのギルドマスターのプレアールってもんだ。よろしくよ」
酒場のマスターかと思ったら、こいつがギルドマスターか!
プレアールは羊の獣人であるようだ。元々なのか、加齢によるものなのか分からない長い白髪の間から、丸く捻じれた角が見えている。
枯れ枝のような細い肉体と、小柄な体からは戦闘力があるとは思えない。
実際、さほど強そうではない。
しかしそれは擬態だ。内から発散される凄みと、フランのことを見抜く眼力。
危険察知能力がこの老人を敵に回すなと訴えかけていた。
「進化を隠すスキルを持ってるっつーのは、本当みたいだな」
「……どうして、私だってわかった?」
「気配、歩き方、魔剣、外見的特徴、しゃべり方。ヒントはいくらでもある」
『す、すげーなこの爺さん』
「抗魔の季節に腕利きは歓迎するぜ? その目的が何であれな」
おいおい、もしかしてフランの目的まで理解しているっていうのか? いや、フランが元奴隷であることは隠してはいないし、この爺さんなら知っていてもおかしくはない。
そして、この都市に闇奴隷商人がいるってことを知っていれば、フランの目的も想像できるのかもしれなかった。
「……青猫族の闇奴隷商人はどこにいけば会える?」
「やっぱそこかよ……。悪いが、詳しくは知らん。この都市の闇は濃く深い。軽く覗き込んだだけじゃ、どんなモノが蠢いているのか理解できんほどにな……」
「何か情報があれば買うから教えて」
「どちらにせよ、今は無理だ。抗魔の季節に人手を取られてるからな。ああ、一人で情報収集しても無駄だぜ? 余所者に軽々しく情報を売るような奴はいねぇからな」
「そう」
「だからよ、ここで少し腰を据えて――おい! どこいく!」
「情報がないのなら、もう用はない」
「待て! おい! 無茶すんじゃねぇぞ! 組織間のバランスってもんがあるんだからよ!」
プレアールの掛け声を無視して、フランは冒険者ギルドをさっさと出てしまった。
プレアールの言うようにじっくりとこの町に馴染むような悠長な真似、とてもではないがしていられないのだろう。
『俺としては、プレアールの言葉に賛成なんだがな』
(抗魔の季節が終わって、捕まった人が売られちゃう前に助けないと)
『ああ、そういうことか……』
(ん)
今も捕まっているはずの、奴隷たち。彼らのことを考えると、居ても立ってもいられないらしい。
(絶対に、助ける)
きっと、自分と重ね合わせているのだろう。その焦れたような表情を見てしまうと、強く止めることはできなかった。
『仕方ない……。ただ、危険だと思えば俺は止めるからな』
(ん)




