831 オーバーグロウス破壊
『潜在能力解放ぉぉぉ!』
叫んだ瞬間。
俺の中の何かが弾け飛んだ。それはフタだ。封印の蓋。それが、開いたのである。
潜在能力解放によって湧き上がる力とは別に、自分の奥底からどす黒い力が這い上がってくるのが分かった。
時間が引き延ばされ、俺とヤツだけの世界がやってくる。
この感じ、覚えがあった。王都で、ファナティクスを吸収した時だ。邪神の欠片の封印が緩んで出てきかけた、あの時にそっくりだった。
『喰らえ!』
うわ、邪神の欠片の声が聞こえてくるのも一緒だよ。この声の主が邪神の欠片だと分かっていれば、納得もできた。
俺の一番深い、邪神の欠片が封印されていると思われる場所。声がそこから発せられているのが感じられるのだ。
『喰らえ!』
女性のものなのか、男性のものなのかもわからない。
まるで、耳元で愛を囁きかけているかのような、粘着質で情熱的な、それでいて全てを否定しているかのようにも聞こえる、深く重い声だ。
きっと、俺以外の人がこの声を聞いてしまえば、精神を支配されて操られてしまうのだろう。しかし、地球生まれの俺に、その力は通用しない。
そして、俺の中に封印されている限り、邪神の欠片の声は俺以外には聞こえない。
『喰ら――』
『はいはい、うるさいうるさい』
『喰ら――』
『いいから黙ってろって』
『喰ら――』
『黙れって言ってんだろうが!』
『――……』
『それでいいんだよ。全く』
時間が限られているんだから、手間かけさせんなっつーの。前に封印が緩んだ時に、俺を操れなかったことは覚えてるだろうに。
イメージでしかないが、邪神の欠片がふてくされた雰囲気で俺の奥に帰っていく姿が見えた気がした。
ただ、邪神の欠片が引っ込んだせいだろうか? 邪気が大分弱まった。
普段なら、身を蝕む邪気が弱まるのはいいことなんだが……。邪気でさえ必要な今は、困ってしまうのだ。
『まあ、待てよ。力は置いてけ』
『?』
『お?』
『!』
やれるもんだな。邪気支配を使ってみたら、邪神の欠片から邪気だけを引き出すことができてしまった。
意外と抵抗が少なかったのだ。邪気支配は、俺の想像以上に強力なスキルだった? それとも、封印されている邪神の欠片は、最初から俺の支配下にある扱い?
いや、今は、どんなモノだったとしても、力さえ引き出せればなんだっていい。
『いっけぇぇ!』
「たぁぁぁ!」
フランは剣神化を発動していない。もう、使うことができないのだ。
しかし、だからと言って俺たちが弱くなったわけじゃない。
《神気の制御を行います。個体名・師匠は邪気の制御を》
『ああ、頼む!』
《解析の結果、金喰剣・オーバーグロウスの弱所を発見。個体名・フランはその場所に攻撃を当ててください》
(ん!)
期待してたけど、潜在能力解放状態ならアナウンスさんもやっぱり強化されるよな! いつも以上に滑らかな口調で、アナウンスさんが指示を出してくれる。
早速大活躍だ。神気の制御に気を配らなくてよくなった俺は、邪気を完全に扱えている。潜在能力解放のおかげで、制御力が格段に上昇しているからだろう。
剣神の力はないが、ただの一撃だけなら剣神だって上回ってみせよう。俺たちなら、できるはずだ。
『アナウンスさん、無理してないか? 前みたいに、潜在能力解放が終了したら、壊れちまうとかないよな?』
《問題ありません。現在使用中のリソースはおよそ76%》
『だったら、形態変形の補助を頼めるか? 無理のない範囲でいい』
《是、可能です》
アナウンスさんとも、繋がっている状態だ。俺の思考を読んで全てを理解した彼女が、即座に対応してくれた。
俺の飾り紐が滑らかに変形し、ひと振りの短剣へと姿を変える。剣神が使っていた双剣モードだ。
ただ、こっちは半端な感じだけどね。生み出した短剣はさほど攻撃力も高くはないし、耐久性もない。
それでも、オーバーグロウスを破壊するには必要な一手であった。
「らあぁぁぁっ!」
オーファルヴとトート、そしてナディアの3者が激しい斬り合いを演じる戦場に、フランが一瞬で割り込んだ。
そして、俺が操る短剣が、オーバーグロウスを一瞬だけ受け止める。即座に破壊されてしまったが――。
その一瞬で、フランとウルシには十分だった。
「ガルアァァァ!」
「ガ?」
ナディアの動きが止まった瞬間を逃さず、ウルシが影からその足へと嚙みついたのだ。アマンダ命名の必殺技『断界ノ牙』が、抗魔化したナディアの足を嚙み千切る。
完全に動きが止まったナディア――の持つオーバーグロウスめがけて、フランの全身全霊を込めた一刀が叩き込まれた。
『やれ! フラン!』
「らあぁぁぁぁぁぁ! 天断っ!」
上段から下段へと、一筋の閃光が走る。いや、俺たちだからこそ、認識できたのだろう。オーファルヴたちでさえ、見えているかどうか怪しい。
それ程の太刀筋であった。剣神化によって、高みへと導かれる感触はまだ残っていたのだろう。
俺とフランの全てを懸けたその一撃は、オーバーグロウスの刃を断ち、半ばから綺麗に斬り落としている。
アナウンスさんの助言通り、オーファルヴのハルバードと打ち合い続けることで僅かに脆くなった部分目がけて、正確に打ち込むことに成功したのだ。
勇往邁進状態のオーファルヴは神気を僅かに纏っており、オーバーグロウスも耐久値を削られてしまっていたのである。
『がああああああああああああああああ!』
(師匠!)
『だい、じょぶだ!』
《力の流れを制御、改変します。個体名・師匠は意識を強く保ってください》
『ああっ……!』
神剣級を共食いするのも2度目だからな! 前は意識を失ったが、今回は大丈夫だ!
それよりも、潜在能力解放を止めないと! アナウンスさんに負担がかかっちまう!
『ぐぅ……今回も、助かったよ……アナウンスさん』
(ありがと)
《力になれたのであれば、幸いです。知恵の神の加護があらんことを》




