830 トート
「ソフィ、もう一回弾ける?」
「まだ、何かやるつもり?」
フランに声を掛けられたソフィが、億劫そうに口を開いた。あの曲は、彼女自身には効果がないらしい。
その顔に、疲労感を滲ませている。だが、ナディアを救うためには、ソフィの力が必要不可欠であった。
「ん。ナディアが抗魔になっちゃうのは、あの剣のせい。だから、剣を破壊する」
「私から見ても、あの剣はまともじゃない。できるの?」
「やる!」
「……分かった。でも、もう力が残ってない。あと1回しか演奏できないと思って」
「じゅうぶん」
フランはオーファルヴにも声をかける。
「もう1度協力してほしい」
「話は聞いていたが……。あの魔剣を破壊などできるのか?」
「ん! やってみせる。だから――」
「皆まで言わんでもいい。なに、まだまだ動き足りんかったところだ。なあ、皆の者!」
「「「おおお!」」」
ドワーフたちの咆哮が上がり、再び抗魔と化したナディアの視線がこちらを向いた。
つい数十秒前には理性を取り戻したように見えたその瞳からは、魔獣のような暴力性しか感じられない。
「ガアアアアア!」
「ゆくぞ! 戦士たちよ!」
「ワタクシたちは周りの抗魔を排除するわ!」
再び激戦が開始される。
新しいハルバードを取り出し、ナディアと斬り合うオーファルヴと、それを援護するドワーフたち。その周囲には、ポッカリと空白地帯ができていた。
魔族の援護によるものだ。アンデッドたちが壁となり、さらに魔術が行使されることで抗魔を押し留めている。
「あはははは! さらに椀飯振る舞いだぁ! トート、封印解除よ!」
「やれやれ、仕方あるまい」
テンション高めのジェインが、首から掛けていた銀色の髑髏ペンダントを外し、前方へとヒョイと放り投げた。
直後、ペンダントが輝きを放つ。青黒く、寒々しい光だ。
その冷たい光が収まった時、そこにペンダントはなかった。どこから現れたのか、漆黒の槍を携え、銀色の鎧に身を包んだ魔族の青年が立っている。
ただの人ではない。というか、アンデッドだ。強力な死霊属性の魔力を放っている。
「久しぶりの肉体じゃな」
自分の指をニギニギと動かしながら発せられたその声に、俺たちは聞き覚えがあった。
「トート?」
「その通りじゃ。冥府魔術で作り出された仮初の肉体に宿っておる。若い頃の儂の肉体を基に造形されておるぞ。なかなかイケメンじゃろう?」
確かにイケメンだ。ジャンに非常に似た顔立ちで、血の繋がりを感じさせる。
「トート、あまり長時間は維持してられないから、短期決戦よ。他の抗魔たちはワタクシに任せておいて」
「うむ。儂はドワーフの女王の援護というわけじゃな。切り札の切り時としては悪くあるまい」
「英霊の再召喚は準備が面倒だから、できればやられないでほしいんだけど? 送還されるだけなら、数日で再召喚できるし」
「善処しよう。くくくくく、久々の血湧き肉躍る殺し合いじゃぁ! 精々暴れるとしようかのう! トート・ドゥービー、推して参る」
そう叫んだトートは、加速してナディアに迫っていった。超速からの、一突き。その槍はナディアの防御をすり抜け、胸を穿っていた。
衝撃でナディアの巨体が後退している。凄まじい膂力だった。
俺たち並の速度に、圧倒的な腕力。槍の腕前は低く見積もっても槍聖術の後半である。そこに、アンデッドの不死性が加わるとしたら……。
どう考えても脅威度B以下ってことはないだろう。ただのお助けペンダントではなく、魔王の切り札であったらしい。
「ふははは! ジェイン殿の英霊召喚であるか?」
「トートじゃ! 援護するぞい!」
「うむ!」
オーファルヴとトートのコンビは、即席ながらナディアと互角に渡り合っていた。オーファルヴ単体でも、互角だったのだ。
そこに、的確な援護を挟み込めるトートが加われば、先程よりも有利になることは当然だった。
オーファルヴのハルバードの性能が下がってしまったことが不安ではあるが、今のところ問題はなさそうだ。
踊るように殺し合う3人を前に、俺とフランも何もしていない訳ではない。
『フラン、どうだ?』
(ん……。だいじょぶ。いける。師匠は?)
『俺もやるさ』
ソフィの曲で回復したとはいえ、完全回復には程遠い。俺たちに、無駄な行動をする余裕はなかった。
動かず、力を溜め、研ぎ澄まされた一撃に全てを懸ける。
そうでもしなくては、廃棄神剣に打ち勝つことはできないだろう。
「ふぅぅ……」
フランが居合の構えのように俺を腰だめに構えながら、静かに呼吸を続ける。やや前傾姿勢で、いつでも飛び出せる体勢だ。
表面上は、凪いだ海のように静かであるが、その内では徐々に力が高まっている。
俺も同様だ。一言も発することなく、ありとあらゆるスキルを使い、力を練り上げる。
神気操作で神属性を纏い、先程の一撃を再現するため、邪気支配で俺の中から邪気を絞り出す。
意識すると分かった。あの邪気はやはり、俺の中に封印されている邪神の欠片から漏れ出た物だろう。
神気と邪気が混ざり合い、凄まじい力を感じる。
だが、足りない。
オーバーグロウスを倒すには、これでも確実とは言えなかった。さらに力が必要だ。
(師匠?)
『……大丈夫だ。いこう』
(ん!)
全霊を懸けて足りないなら、それ以上を懸ければいい。
オーファルヴが作り出したナディアの隙を、フランは見逃さなかった。脚力を爆発させ、破壊の渦に飛び込む。
「はぁぁぁぁ! 閃華迅雷!」
フランが叫んだ。同時に、俺も叫ぶ。
『潜在能力解放ぉぉぉ!』
レビューありがとうございます!
今後も、休む時はできるだけ報告させていただきますwww
神剣は、全部出せるといいんですけどね……。どうなるでしょうか。
ただ、ゴルディシア大陸で数本登場予定ですので、お楽しみに!




