827 魔王
フランを気に入ったと言って笑っているジェインを余所に、フランが髑髏のトートに疑問をぶつけた。
「気配を感じられないのは、ジャンと同じスキル?」
「そうであり、そうではないのう。まあ、ジェインのスキルによってジャンの力を一部分模倣し、それを特殊な方法を用いて軍全体に拡大した。そんなところじゃ?」
「?」
「あー、ジェインがジャンのスキルを借りて、部隊の全員にかけた。そう思ってくれればいい」
「なるほど」
フランは疑問が解けてスッキリしたらしいが、結構重要なことだぞ? ジェインには他人のスキルを一時的に模倣する能力があり、効果範囲を広げることもできるようだ。
それって、模倣の範囲を超えてないか? オリジナルを超えてしまってない? ただ、フランは違うことが気になったようだ。
「ジャンは王子様なの?」
「そうよ! ワタクシがお腹を痛めて生んだんだから! いえ、痛覚遮断があるから、痛めてはいないけど! ポーンと生み落としてやったんだから!」
「ああ、言っておくが、魔族が全員こやつらのようだとは思わんでくれ? ジェインとジャンが特殊なのじゃ」
「なんだ」
フラン! なんで残念そうなの? 俺はむしろホッとしたから!
「ジェインは王としてはまだ若い故に、ジャンが王となるにしても100年は先のことじゃろうて」
「ジェイン、何歳?」
「乙女のヒミツよ!」
「205歳じゃ」
「こら! トート!」
「国元におる者たちは全員知っておろうが。200歳記念の祭りを盛大にしたんじゃからな」
「そうだけどー」
この外見でまさかの200歳超えかよ。それで若いって、さすが長命種だ。
「ジャン、8男なのに、王様になるかもしれないの?」
「魔王となるのに、生まれの順番など関係ないのう」
「相応しきものが王となる! それだけのことよ! ワタクシだって前王の6女ですもの!」
ジャンに王が務まるのかと思ったが、ジェインがやってるくらいだから、ジャンでもやれるのだろう。うーむ、魔王の選出基準が分からんな。
「魔王となるために最も重要なことが、この魔剣との相性なの!」
ジェインが首から掛けていた、短剣を手に取った。抜き放つと、かなり強力な魔剣であると分かる。
蛇の牙のような形の片刃短剣だ。峰側は赤紫色で鍔は黒。柄頭に鎖が付いており、ジェインのように首から下げることも可能だろう。
素材不明の金属鞘には、自然物の精緻な彫り物が所せましと施されている。
「この剣は、魔王の証のひとつなの。これに認められなければ、王にはなれないのよ?」
この短剣には、使い手を選別するような能力が備わっているらしかった。いや、それだけではなさそうだ。
ジェインが魔剣を眼前にかざし、呪文を唱える。杖などのような、魔術を補助する役割もあるのだろう。
「我が意を汲んで暴れ狂え! 賢き死者たちよ! ヘル・ブースト!」
「「「ウオオオォォォォォォ!」」」
ジェインが使用したのは、自らの配下アンデッドを一定時間強化する冥府魔術だ。魔族を守護しているアンデッドたちはジェインが使役しているらしい。
一気にその存在感を増したアンデッドたちが、ドワーフに負けず劣らず暴れ始めた。こちらもメチャクチャ強い。
いや、強すぎないか? 弱い奴でも脅威度Dくらいは有りそうに思える。200体を超えるアンデッドがこのレベルだとすると、凄まじい戦力だ。
「これこのように。この短剣には冥府魔術を強化する効果があってのう。魔王はこの剣を使い、一騎当千の力を発揮するのだ」
「魔王となるために必要な資格はいくつかあるけど、冥府魔術の腕前に、初代魔王に連なる血脈。そして魔剣の承認が最も大事であるとされているわ」
強化のされ具合が異常だと思ったら、魔剣の効果だったのか。効果を見れば、王に代々受け継がれるのも納得だ。
「あなたは黒雷姫のフランかしら?」
「ん」
「愚息から話は聞いているわ! 将来有望な冒険者だって!」
随分とフレンドリーだとは思っていたが、ジャンからフランのことを教えられていたのか。だとしたら、好意的なのも分かる。
しかし、将来有望ね。ジャンの奴も分かっているじゃないか!
「死んだ後に、素晴らしいアンデッドになれる逸材だと言っていたわよ! ワタクシも同意するわ!」
将来有望って、そういうことかい!
色々ツッコミたいところだが、ジェインとの会話でフランの気分が多少紛れたのも確かだ。僅かに笑顔も戻ってきた。助けられもしたし、ここは感謝しておこう。
それに、無駄話をしているようでいて、ジェインもフランもきっちり足を動かしていた。
ドワーフと魔族の連合軍が、抗魔を葬りながら進み続けているのだ。
陣形的には、前衛がドワーフ。その後ろにフランたちがおり、魔族が周囲を守ってくれている。
その戦力は十分すぎるほどで、フランたち百人隊は回復に専念することができていた。
「お話し中に申し訳ありません。少々宜しいでしょうか?」
「構わないわよ。ほほう。あなたも強そうだね! よいアンデッドになりそうだわ!」
「あ、ありがとうございます? わ、私は冒険者のヒルトーリアと申します」
あのヒルトが困惑しているぞ。さすがジェイン様!
「オーファルヴ殿に誘われただけのことだから。それに、黒雷姫には一度会っておきたかったしね!」
「それでも、救われたことに変わりはありません」
「律儀ね! 気に入ったわ!」
ただ、すぐに意気投合したらしい。ジェインはヒルトを気に入ったようだし、ヒルトも細かい事を気にしないタイプのジェインは話しやすい相手であるらしい。
話が弾んでいる。
「へえ? あのデミトリス翁の後継者なんだ! あのお爺ちゃんの関係者だって思えないくらい、素直ないい子だね! それにすっごく強そう!」
「まだまだ若輩者です」
「その若さでそれだけ強いんだから! 将来有望よ!」
アンデッドの素体としてね! ただ、無駄話は早々に終わり、2人は真面目な話をし始める。この後の動きについてだ。
戦いを見ているだけでは居心地が悪いので、何か仕事はないかと聞いている。ヒルトだけではなく、他の者たちの意見でもあるのだろう。
ただ、ドワーフと魔族の連合軍の強さはすさまじい。戦闘への助勢は必要ない。むしろ、邪魔になりかねなかった。
「今は体を休めなさい。この先、抗魔の圧力が増した際に力を借りるから」
「……わかりました」




