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823 捻じれ角の最後


 神気と邪気を纏った俺を見て、フランが目を見開く。


 さすがのフランも、この状態をスルーすることはできなかったのだろう。


 だが、フランの体はその驚きに反し、即座に動き出している。


 駆け出しながら、俺の飾り紐を握るフラン。


 フランの体を動かす剣神の意思によって、俺の形態変化が自然と発動していた。


 飾り紐が伸びて膨らみ、捻じれて形を変え、驚きの変化を遂げる。


 飾り紐の先に生み出されたのは、1振りの剣だ。狼のエンブレムに、金色の鍔。刀身には青い装飾が施された長剣。


 そう、そこにあったのは、もう1本の俺であった。今の俺は、柄頭の紐で結ばれた双剣である。


 腕を眼前で交差させ、肩に担ぐように双剣を構えたフランが、跳んだ。


 フランが踏みしめた地面が爆ぜたと思った瞬間、その姿はナディアと捻じれ角の間である。俺ですら、転移したのかと思ったほどの速さだ。


 当然のことながら、この戦場に突入した時点で各種魔術やスキルでの強化は限界まで施してある。今以上の速度を得ようと思えば、風魔術や火炎魔術での急加速をするしかない。


 そのはずだったのだが――。


 俺から引き出した魔力を、身体強化に使っているようだった。剣身一体となっているからこそ、無理なく魔力の転用ができるのだろう。


 しかも、そこには邪気が混じっているのが分かる。剣神は邪気も使いこなすようだ。


 知覚できない速度で急に現れたフランに対し、捻じれ角が即座に反応を見せた。


 振り下ろす大剣の狙いを、ナディアからフランに変えたのである。その切り替えの早さは、敵ながら感心してしまうな。


 だが、フランは左の剣を振り下ろすことで、その上段をあっさりと受け止め、流していた。


 剣神の操る技と、神気と邪気を濃密に纏った俺の強度があってこその結果だろう。左の剣は衝撃で手放してしまったが、まだ右が残っている。


 しかし、フランが右の攻撃を繰り出すよりも早く、捻じれ角の体にノイズのような物が走って輪郭がぶれた。


 転移の前兆だ。転移で距離を取るつもりらしい。


 俺の限界が近づいている今、それはマズい! 焦りが湧き出すが、どうすれば……!


 すると、突如フランが咆えた。


「がぁっ!」


 邪気を声に乗せて叩きつけることで、転移の術式を阻害したらしかった。以前、シエラが魔剣ゼロスリードの邪気を使って行った、スキル阻害と同じ原理だろう。


 捻じれ角の輪郭が元に戻り――その首が斬り落とされる。いつの間にか、右の剣が振り切られていた。


 しかし、これで終わりではない。


 フランが、自らの眼前に飛んできた剣の柄を左手で握った。それは、受け流しの直後に、投げ捨てるように手放した左の剣である。


 右の剣を振り抜いたことにより、引かれて戻ってきていたのだ。あれは、あえて投げ捨てたらしい。そうすることで、剣を引き戻して構える手間を短縮したのだ。


 左の剣を掴んだフランが、目の前の首なし抗魔に向かって素早く振り下ろす。


 手振りの、威力があまりなさそうな一撃だ。だが、神気操作で強化された今の俺なら、それでも十分だった。


 捻じれ角の右腕が断ち切られ、大剣ごと飛んでいく。だが、その行方を確かめることなどせず、フランが後ろへと下がった。


 そこに、フランを掠める勢いで、ナディアが飛び込む。


 すれ違う瞬間、2人の視線が交差し、互いの口に笑みが浮かんだ。抗魔となってしまった顔でも、笑っていることは分かるもんだな。


 通じ合うその姿を見ると、羨ましくもあり、微笑ましくもあった。


 確かなのは、この絆がなければもっと手古摺っていただろうということだ。


「だらあぁぁぁぁ!」


 首と腕を失いながらも、未だに再生を続けようとしていた抗魔に、ナディアの放つ金色の剣閃が叩き込まれた。


 凄まじい強度を誇るはずの捻じれ角の体が、左肩から右脇腹まで容易く切り裂かれる。首を斬り落とした方がダメージが大きいように思えるが、捻じれ角にとってはそうではなかったのだろう。


 その体から力が失われるのが分かった。深淵殺しの効果で、止めを刺されたのだ。


 爆発も断末魔の悲鳴もなく、静かに捻じれ角の体が崩れ始めるのが見えた。


 これが、脅威度Aに匹敵する大抗魔の最期である。


 対するナディアも満身創痍だった。


 今の一撃に全力を懸けたせいで、凄まじく消耗したようだ。これほどの抗魔の力を吸収したはずなのに、回復する様子が一切なかった。


 余力を残さなかったのか? オーバーキルにも思えたし、もう少し消耗を抑えても良かったんじゃ……。


 いや、人のことは言えんが。


「くぅ……」

『ぐ……』


 剣神化と神気操作を解いた途端、俺たちは凄まじい反動に襲われていた。


 フランは生命力、魔力ともに2ケタだ。そのうえ、再生が鈍い。剣神化を長く使い過ぎた代償だろう。


 俺も、魔力と耐久値が残りわずかなうえに、ボロボロの刀身が再生する様子がない。再生にはかなり時間がかかりそうだった。


 ただ、それもここを生き延びることができたらだろう。俺はありったけのポーションをフランに振りかけながら、叫んだ。


『周囲の抗魔どもが、くるぞ!』

「おばちゃん……! 逃げよう?」


 蹲ったままのナディアに、フランが這いずるようにして近づいていく。ナディアもゆっくりと立ち上がると、伸ばされたフランの手を取った。


 それはもう、人の手ではない。黒くて硬くて冷たい、抗魔の手だ。その手が、フランの温かい手を握り返す。


『急げ!』


 俺は、最後の魔力を振り絞り、ディメンジョンゲートを開いた。繋いだ先は、仲間たちの下だ。


 迫ってくる黒い壁が見える。まずい! 早く逃げないと!


 焦る俺を余所に、最後に残った右目もすでに失ったナディアが、それでも変わらぬ優しい声でフランを呼んだ。


「フラン……」

「おばちゃん」

「ごめんな……。あんたは、生き、るんだ」

「おば――」


 次の瞬間、フランと俺の視界が一変した。


「――ちゃん!」


 ナディアに突き飛ばされて、ディメンジョンゲートを潜ってしまったのだ。


「え? フラン?」


 ヒルトが驚きの顔をしている。その声にフランは応えられない。手を伸ばしたまま、呆然とした表情だ。


 ゲートは既に抗魔たちによって破壊されてしまった。フランが伸ばした手は、誰にも届かない。


「なんで……」


 掠れた声で呟くフランと俺が最後に見たものは、押し寄せた抗魔の雪崩に呑み込まれるナディアの笑顔だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ノォォォォォ
2024/02/10 20:24 退会済み
管理
[一言] 精神壊れるて
[一言] キアラに続いて2人目か? なんか強くて近しい仲間の黒猫族が死亡フラグになってるな もう一人の、ダンジョンマスターの彼女は残ってるけど
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