822 神気操作
「剣神化っ!」
フランの体が神属性に包まれ、その動きがいきなり止まった。
超加速からの急停止。どうすればここまで慣性を無視したかのような動きが可能なのか、俺たちですら驚いてしまう。
剣の腕前だけではなく、こういった部分も含めて、剣王を超えるということなのだろう。
しかも、捻じれ角に攻撃を仕掛けられても、フランはその場に留まったままだ。
体を軽く左右に振りながら、剣を適当にユラユラと動かしているようにしか見えない。
周囲を跳び回りながら超高速で斬り合うナディアたちに比べれば、止まっているのかと思うほどの、ゆっくりとした動きだ。
これで、何故倒されないのか不思議なほどである。だが、剣神に導かれたその動きに、一切の無駄はなかった。
秒間数発も放たれる捻じれ角の攻撃を、最低限の動きで回避している。そして、相手の軌道を読んで剣を置くことで、その動きを阻害しつつダメージを与えていた。
移動する先々に先回りするように置かれた俺を嫌がって、奴の動きが荒くなっていく。
だが、相手もまた尋常な存在ではなかった。
どれだけ深い傷を穿とうとも、瞬時に回復してしまうのだ。捻じれ角にとって、神属性は致命傷となり得ないらしい。
ただ、致命傷ではないが、通常の斬撃よりもダメージが通っているのは確かだろう。再生速度がほんの僅かに落ちるのが分かった。
それを見て、ナディアが叫ぶ。
「フラン! 少しの間任せる!」
短期間ならばフラン1人に任せられると考えたのだろう。ナディアが大きく後ろに跳んだ。
それと入れ替わるように、フランが無言のまま前に出た。今度は、足を止めた状態からの超加速だ。
捻じれ角の大剣と俺が打ち合され、先程とは一転した激しい斬り合いとなる。
2対1で互角だった戦いだ。剣神化状態のフランであっても、かなり押し込まれていた。さすがは、近接戦特化型の特殊個体だ。
フランの肉が抉れ、血が飛び、次第に癒しきれない傷が増えていく。
それでも、後方で魔力を練り上げているナディアの元には行かせまいと、フランは歯を食いしばって剣を振るい続けた。
初めて剣神化を使った時に比べると、今はフランの意識がはっきりと残っているはずだ。痛みも感じているだろう。
しかし、剣の神はそれこそが成長に必要であるとばかりに、フランの体を酷使していく。
その小さい体から、メキメキという異音が上がっているのが聞こえた。骨や筋、肉が悲鳴を発しているのだ。
僅かな間に、フランの消耗が危険な域に達してしまっていた。
これ以上は、戦闘後にまともに動けなくなる。抗魔はまだ万を超える数が残っているのだ。脱出するにしても、動ける状態でなければならないだろう。
だが、俺の心配はナディアの叫び声で吹き飛ばされる。
「もう大丈夫だ! 退け!」
全身から金色の魔力を噴き上げ、倍近くまで巨大化したオーバーグロウスを構えるナディアの姿が見えた。
剣神化状態よりも、驚きが勝ったのだろう。フランの口から悲鳴のような声が漏れ出る。
「おばちゃんっ!」
ナディアの体が、完全に抗魔と化してしまっていた。全身が抗魔へと変貌し、無事なのは右目の周辺くらいだろうか。
その身から発散される魔力は、暴走時のアースラースに匹敵するだろう。明らかに、無茶な強化をしたのだと分かる。
「こいつは、ここで仕留めなきゃならん!」
ナディアは罪悪感を押し殺したような声で、それだけ返した。そして、捻じれ角に向かって突っ込んでいく。
気を抜けば、見失いかねないほどの神速だった。
捻じれ角の大剣と、オーバーグロウスが正面から打ち合される。
同時に、捻じれ角の大剣が弾かれていた。急激に増したナディアの腕力と速度を前に、力加減を見誤ったのだろう。
「ギゴォ!?」
「もらったぁ!」
隙を晒した捻じれ角の左腕が、ナディアの二撃目によって切り飛ばされる。
どうやら深淵殺しの効果によって、再生が阻害されているらしい、戦いが始まってから、初めてこちらが優勢に転じた瞬間だった。
まともに食らえばフランでさえ大ダメージを負いかねないほどの、恐ろしい衝撃をまき散らしながら、ナディアと捻じれ角が殺し合う。
「おるるらぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ゴオオォォォオォォォォ!」
今のナディアは明らかに、ランクAのレベルを超えていた。ランクSに片足を突っ込んでいるだろう。ただ、その代償は、計り知れない。
あの侵蝕……勝ったとして、元に戻るのか? それどころか、暴走の危険さえあり得るんじゃないか?
『ナディア! 無茶すんな!』
「今無茶せずに、いつするっていうんだいっ!」
やっぱ、止めることはできないよな。
『アナウンスさん! ナディアは、どうだ?』
《完全に侵蝕されるまで、推定52秒》
『やっぱ、侵蝕が早まったか!』
《侵蝕が完了すれば、個体名・ナディアは暴走し、敵味方関係なく、襲い掛かると思われます》
まずは、侵蝕が完全に終わってしまう前に戦闘を止めねばならない。それが、ナディアを救うための最低限の条件だろう。
彼女を援護したいが、一瞬も立ち止まらず斬り合うあの戦いに、割って入るのは難しい。
そもそも、割って入ることができたとしても、俺たちの攻撃では決定打に欠けた。
下手をすれば、ナディアの邪魔になるだけだろう。
だが、ナディアがフランのために無茶をしているんだ。なら、俺も無茶をしないとな。
『神属性をさらに強化する……!』
神気操作のスキルを意識して起動する。俺の内から、何かがゴッソリと抜き取られるような感覚があった。
刀身を包む白い光が勢いを増し、同時に黒い波紋のようなものが走る。目を焼くような白い輝きの中に、黒いモノが混じっているのが分かった。
直感で分かる。これはヤバイと。
神属性の魔力――神気の中に濃密な邪気が混じっていたのだ。
なんでだ? 俺の中に封印されている邪神の欠片の力が漏れ出している? だが、以前暴走しかけた時のような、邪神の喧しい囁きは聞こえない。
『ア、アナウンスさん! これは、どういうことだ!』
《不明》
『簡潔!』
アナウンスさんにも分からんとは……。
だが、知ったことか!
『はあぁぁぁ!』
神気と邪気の入り交じった力を纏う今の状態が、恐ろしいほどの攻撃力を秘めていることが理解できる。
俺への負荷は倍増したが、これなら捻じれ角にだって大ダメージを与えることができるかもしれない。
だったら、今は利用するだけだ!
『フラン!』
「……」
俺が叫んだ時にはすでに、剣神化状態のフランは無言で動き出していた。
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