818 抗魔の群れの先に
赤い竜を倒したフランは、抗魔たちからの遠距離攻撃を躱しながら、仲間たちに視線を向けた。
彼らと赤い竜の激戦が続いている。
ヒルトとチェルシーは有利に戦っているだろう。もうすぐ勝てそうだ。
ディギンズとヤーギルエールはかなり苦戦している。一方的に攻められている。赤い竜はそれぞれに能力が違っているようで、戦闘方法も大分違っていた。
俺たちが戦った赤い竜は、速度と遠距離攻撃で戦うタイプだったのだろう。
他のみんなも、無数の赤角騎士相手に死闘を繰り広げている。
助けに入るか否か。フランが一瞬迷ったその時、コルベルトの声が聞こえた。複数の赤角騎士を相手取りながら、声を上げている。
「フラン! こっちは気にするな! 敵の主力を引き付けている今がチャンスだろ! 行け!」
コルベルトの叫びに続き、ディギンズが叫び声をあげる。それにヤーギルエールも続いた。
「はっはっは! そろそろ本気出しちまうかなぁ! あー、もう少し遊んでやりたかったんだけど、もう倒しますわ!」
「あなたもですか! 私もですよ! 手助けなんか必要もありませんねぇ!」
ディギンズとヤーギルエールの言葉は、明らかな強がりだと分かる。それでも、そこに悲壮感はなかった。
むしろ、笑みさえ浮かんでいる。
「俺らは大丈夫でさ!」
「行ってください!」
「みんな……」
確かに、赤い竜ほどの敵が雑魚のはずがない。敵の主力だろう。それを引き付けている今なら、ナディアの周辺は手薄になっている可能性が高かった。
それに、ナディアが赤い竜並の敵を複数相手にしている可能性もある。
フランもそこは気付いているだろう。助けにいきたいはずだ。
しかし、それでもフランは躊躇した。仲間たちが心配なのだ。
そんなフランに、今度はヒルトの叫び声が聞こえた。
「フラン! とっとと行きなさい! 助けたい人がいるんでしょ!」
「でも!」
「私たちが負けるとでも言いたいのか?」
黒抗魔相手に奮戦しているチェルシーの鋭い視線が、一瞬だけフランを見る。
そこにあるのは、フランに対する気遣いだけではない。自分たちは気遣われるほど弱くないという、戦士としての矜持が見て取れた。
「あなたの目的はナディアという人の救出なんでしょう? 私たちは、その手助けにきたの! 目的を忘れないで!」
「ありがと、ヒルト。わかった。あとは任せる!」
「任されたわ!」
「行くといい! 黒猫族の姫よ!」
「ん! ウルシ! みんなを守って!」
「オン!」
ヒルトとチェルシーの言葉に背中を押されたフランは、そのままナディアのいる方向へと走り出した。
「がんばれ!」
「助けてこいよー!」
「こっちは任せろー!」
フランの背に、仲間たちからの無数の声援が送られる。その声がさらなる後押しとなり、フランが一気にスピードアップした。
(師匠! こっからもう止まらない!)
『ああ、フランは正面だけ斬り払えば良い。周りは、俺が薙ぎ払う!』
「はあぁぁぁ!」
赤い竜を倒したとはいえ、まだ抗魔たちは健在だ。大量の赤角騎士が凄まじい勢いで、次から次へとフランに群がってくる。
そんな赤角騎士たちを斬り払いながら、フランは前に進んだ。フランが作った隙間を、俺の魔術と念動がこじ開ける。
そうして開いた細い道を、黒雷を棚引かせたフランが駆けた。
「どけぇぇぇ!」
『フランの邪魔をするなぁ!』
フランは、自分の進路の邪魔になる抗魔だけを斬る。他は無視だ。壁のように連なる抗魔の脇をすり抜け、躱していく。
四方から伸びてくる抗魔の武器や腕は、最小限の動きで回避していた。当然、完璧に避けきれるものではない。
額が切れ、腕が裂け、脇腹が抉れ、血が勢いよく噴き出していた。
フランの全身に傷が刻まれ、フランが駆け抜けた後に赤い血が筋となって流れていく。
そもそも、最初から完璧に避けようなどとは思っていないのだ。急所にさえ当たらなければいい。そんな様子で、速度を殺さず最短距離を突き進む。
フランは、限界ギリギリだ。息も上がり、俺を握る力も僅かに弱くなってきた。だが、走る速度は決して緩めない。
「ああぁぁぁぁ!」
自らを奮い立たせるように、咆哮を上げるフラン。もう、抗魔を斬り払うというよりは、打っ叩いてよろめかせ、無理やり間を割っていく感じだ。
より傷が増えていくが、俺は止めたりしなかった。ナディアが戦っている場所まで、あと少しなのだ。
(足りない! お願い!)
『分かった!』
何が足りず、何を願っているのか、フランの考えが不思議なほどに分かる。
武闘大会のラスト、無意識のフランに振るわれた時に似た感覚があった。
俺は風魔術と火炎魔術を使い、フランをさらに後押しする。さらなる加速を得たフランは、その動きを制御しきれなくなり、回避できない攻撃が一気に増えていた。
普通の冒険者であれば致命的になりかねないような大怪我を、魔術とスキルで癒しながら無理やり進んでいく。
それでもフランは笑っている。俺が自分の意思を理解し、完璧に補助したからだろう。
『もう、ナディアはすぐそこだぞ!』
(ん!)
『フラン! いっけぇぇぇ!』
「うあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
フランが俺を横に一閃する。
放たれた衝撃が抗魔たちを吹き飛ばし、抗魔の壁に穴が開いていた。
そして、その先で繰り広げられる死闘が俺たちの視界に入ってくる。
まるで抗魔同士が殺し合っているかのような戦いだ。捻じれた角を持った真紅の騎士と、巨大な剣を振るう剣士型の戦いに見える。
だが、そうではない。
「おばちゃぁぁぁぁん!」
「フ、ラン……?」
剣士型に見える存在は、侵蝕が半身にまで及んだ、ナディアであった。




