817 赤い竜
『大人しく斬られておけ! ドラゴンモドキ!』
「ギャアァ?!」
俺は雷鳴と火炎魔術を左右から放ってドラゴンの動きを制限しようとした。
しかし、赤い竜は魔術を避けようともしない。迎撃する素振りさえなかった。そのまま俺の放った魔術が赤い竜を直撃する。
電撃が閃光を放ち、火炎が爆音を放つ。だが、それだけであった。
どうやら強力な魔術耐性を持っているらしい。今の魔術で、傷一つ付いていない。牽制とはいえ、それなりに強い魔術を放ったのにだ。
魔術の無効化か? なんて厄介な!
内心で赤い竜の脅威度を上方修正している間にも、俺は念動を発動させる。奴の首を押さえ付けてやろうと考えたんだが……。
サイドステップで横に跳んだ竜は、念動をいとも容易く躱してしまう。念動の範囲を完璧に把握できている動きだ。
どうやら、魔力を感知する能力が非常に優れているらしい。上級になれば、何キロも先から魔力を感じ取る抗魔だ。
特に感覚が優れた牙獣型の上位種ともなれば、周囲の魔力なんか手に取るように分かるのだろう。
なら、直接攻撃する魔術でなければどうだ?
奴が着地する瞬間を狙って大地を陥没させるが、それも意味がなかった。空中跳躍を使い、落とし穴を回避したのだ。これも、僅かな魔力の動きを読まれたのだろう。
『まだまだぁ!』
絶対に捕まえる!
俺は意地になって形態変形を発動させた。飾り紐が一瞬で分裂し、無数の糸となって四方八方から襲い掛かる。千近い糸が赤い竜に覆いかぶさり、まるで金属製の繭に包まれているかのようだ。
これから逃れるには、転移するくらいしかないだろう。
そこを狙い撃つ。そう思っていたのだが、相手もさすがに上級抗魔。こちらの思い通りに動いてはくれなかった。
「ギイイイィリィィィ!」
「!」
『なんだありゃ!』
抗魔の甲高い咆哮とともに、繭が内側から爆ぜ飛んだ。赤い何かが糸を食い破り、飛び出してきたのである。
よく見ると、それは竜の鱗であった。鏃型の鱗がその体から射出されたのだ。しかも、ただ撃ち出しただけではない。
なんと、赤い鱗は重力にひかれて落下することなく、赤い竜の周囲に浮いていた。
「ギイィィルゥ……イイイィッァァァァ!」
今度は自分の番だとばかりに、咆哮した赤い竜が空を蹴って駆け出す。同時に、奴の周囲を浮遊していた赤鱗が凄まじい勢いでフランに襲い掛かっていた。
それぞれがバラバラの動きをしながら、四方からフランに突進してくる赤鱗。
フランが剣で斬り払おうとしても、意思があるように俺から逃げていく。明らかに赤い竜の制御下にあった。
赤鱗だけに集中すれば、少しずつ斬り払っていくことも可能だろう。だが、今のフランは赤い竜と激戦を繰り広げている最中だ。
「はぁぁぁ!」
「ギイィィ!」
黒猫と赤竜が激しいダンスを踊るように、高速で場所を入れ替えながら致命的な攻撃を繰り出し合う。
赤い竜はその牙と爪、尻尾を使い、手数でも激しさでもフランに負けていなかった。特に牙が凄まじい。俺と斬り結んでも、僅かな傷しかつかないのだ。
強敵だった。こいつと戦いながら、赤い鱗に対処することは難しいだろう。
『フランは赤い竜に集中しろ! 鱗は任せておけ!』
(わかった)
とりあえず、全力の障壁で赤鱗を防ぐが、その攻撃力は凄まじい。このまま障壁を削られ続けていけば、すぐに魔力が枯渇するだろう。
『ファン○ルかよ! ウザイ鱗め!』
鱗を吹き飛ばすつもりで、周囲に暴風魔術と火炎魔術をばら撒く。しかし、赤い鱗は魔術など無視したように、俺たちの周りを乱舞し続けていた。
どうやら鱗も魔術を弾く性質があるらしい。
本当に厄介だな! どうする?
魔術はダメ。念動では全部は止められない。ならば、物理でどうにかすればいい!
『さっきは俺の糸を突破されたからな! 負けっぱなしじゃいられん! 今度は俺の糸の凄さを見せてやろう!』
糸を赤鱗の進行方向に張り巡らせて、絡めとるような真似は無理だ。向こうの方が鋭く、重い。
正面からぶつかり合えば、負けるのは俺の糸だろう。それこそ、先程のように。
なら、どうすればいいのか?
そして、閃いた。
赤い竜の鱗のように、先端がもっと尖っていれば赤い鱗に対抗できないか?
そもそも、糸と考えるからいけない。もっと鋭く、攻撃的な――そう、鏃だ。糸の付いた鏃だとイメージして、変形させればなんとかならないか?
無論、それでも正面からぶつかり合うのは分が悪いだろう。
だが、横からならどうだ? 鱗の先端は鋭利であっても、その側面まではそうではない。そこに、先端を鏃のように鋭く尖らせた糸をぶち当ててやれば?
そうすると、強度とともに大事になってくるのが精密さだ。
どれだけ強靭に変形させたとしても、当てられなければ意味がない。
天眼で、視る。鑑定をより深く使ったのと同じ要領だ。
俺のやろうとしていることを実現させるには、全ての鱗を完璧に把握するくらいの芸当が必要だろう。
不規則な赤鱗の動きを捉え、先を予測する。まるで自身がコンピューターにでもなったかのような、高度な演算だ。だが、やれる。直感的にそう思えた。
『……見る。全部見るんだ……。そして、形態変形……。奴の動きを演算した瞬間、攻撃しないと間に合わない。速く鋭く精密に……』
いつしか、鈍い痛みが俺を襲っていた。ソフィの魔楽奏でかなり強化されているはずなんだが、それでも無理が出ているらしい。
『ぐ……』
《形態変形の制御力が低下中。天眼、形態変形、同時演算、魔力感知。全てを意識してください》
『サンキュ、アナウンスさん……ぐぎぎ……』
痛みをこらえながら、鱗の動きをひたすら追っていく。そして、全てを把握する瞬間が訪れた。
『視えた!』
同時に、形態変形が解き放たれる。自分でも驚くほどスムーズに、スキルが発動していた。
飾り紐が一瞬で数百の線と化し、赤い鱗に襲い掛かっていた。一条の線となった糸が、赤い鱗の中央を正確に捉え、穿っていく。
フランの周りを飛んでいた赤い鱗は、その全てが俺の糸に捕らえられ、破壊されていた。
『ついでにオマケだ!』
せっかく生み出した無数の鏃糸だ。このまま元に戻すのは勿体ない。俺は力を振り絞り、赤い竜に向かって糸を奔らせた。
今度こそ、逃げ場はない。
そして案の定、赤い竜はその場から真上へと向かって短距離転移していた。また逃げられてしまったか。
だが、フランへの注意を一瞬だけでも逸らすことができた。フランならばそれで十分である。
「はぁぁぁ! 天断!」
「ギャ?」
転移先を感知したフランは、奴が魔力を練り上げ始めたと同時に、その真後ろへと高速移動していたのだ。
赤い竜が自らの失敗を理解したと同時に、刃がその首に叩き込まれる。
すでに確定した死の訪れを前に、赤い竜はただやられることを潔しとはしなかった。
「む?」
自分が逃げられないと悟った瞬間、自らの魔力を体内で暴発させたのだ。本当にしぶとい奴だ!
高密度の魔力が荒れ狂い、赤い竜が内側から大爆発を起こした。
天断はその威力故に咄嗟に止めることはできないし、咄嗟に障壁などを張り巡らせる余裕もない。
しかし、フランの顔に驚きの色はなかった。このレベルの敵が、簡単にやられるわけがないと分かっているのだ。
それに、フランには俺がいる。だからこそ、フランは焦らない。その信頼に応えないとな!
『だあああぁぁぁ!』
念動と風魔術、障壁を発動し、爆発を受け流す。かなりの威力だが、抑え込むのではなく、受け流すだけならさしたる力も必要ないのだ。
戦場の上空100メートルほどで発生した凄まじい魔力光が収まった時、そこには無傷のフランが佇んでいた。
「勝った」
『ああ、さすがに主力は強かったな』
ソフィの演奏とツァルッタの援護がなければ、もっと苦戦していただろう。早期での決着を求めるならば、剣神化を使うはめになっていたかもしれない。
『やったな』
「ん。それよりも、皆は……?」
フランはすぐに喜びの表情を消すと、仲間たちに視線を向ける。その表情は、ただ1人で戦う戦士ではなく、部隊を率いる責任者の顔に見えた。
素敵なレビューありがとうございます。
ラノベで一番好き! いただきました!
数多の作品がある中で、拙作を一番だと言っていただけるなんて……。感激です。
今後とも、フランと師匠とウルシをお願いいたします。




