812 進軍途中
ノクタを出発した日の夜。
百人隊は野営を行なっていた。フラン的には夜通し走り続けたかったのだろうが、さすがにそれは難しいと分かっているんだろう。
疲れ切ったままでは、戦力にならないからね。
それに、予定を大幅に短縮できているということも、大きい。
本来ならカステルまで4日近くかかる予定だったのだが、明後日の朝には到着できそうなのである。
フランもご機嫌だ。みんなにカレーを振る舞うほどに。
駆け足しながらサンドイッチを流し込んだ昼と違い、しっかりと食事が取れるとみんなが張り切って野営の準備を進めている。
「不思議な匂いのする料理だな」
「おいしいっ!」
「うま! うまー!」
クランゼル王国で流行り始めていたカレーも、この大陸までは届いていなかったのだろう。皆が驚きつつも、舌鼓を打っている。
竜人の舌にも合うかどうか心配だったんだが、問題なかったらしい。むしろ、竜人たちが一番美味そうに、そして大量に食べていた。
全員が190センチ超えの巨漢なうえ、種族的に大食漢でもあるのだろう。
冒険者の寝床も豪華だ。なにせ、ノクタで買い漁った布団を大量に収納してきたからな。大地魔術で小屋を造れば、簡易宿泊所が一瞬で完成するのである。
さらに、ここでもソフィが大活躍だった。彼女の演奏の中には、熟睡と体力回復を促す曲もあったのだ。
そのお陰で、2、3時間ほどの睡眠なのに、普通に寝た以上の効果があった。
珍しい食事に、フカフカのベッド。魔術による浄化と、素晴らしいBGMまで付いている。冒険者たちなどは、町の宿よりも凄いと漏らしていた。
夜半。
抗魔の襲撃が一段落すると、穏やかな時間が僅かに訪れる。
そこで、フランと一緒に焚火を囲んでいたツァルッタが静かに口を開いた。
「フラン殿。あなたは私たちカメリア家とは違う、他のゴルディシア三家の居場所を知っていらっしゃるのですよね?」
「ん」
「それは、ウィステリアですか? マグノリアですか?」
「……マグノリア」
まあ、名前くらいは大丈夫だろう。居場所は勝手に教えられないけどね。
フランの答えを聞き、ツァルッタは少し考え込むような素振りを見せる。
「どうしたの?」
「我ら三家の内、ウィステリアの能力が群を抜いて危険らしいのですよ。邪人を暴走させる力だと伝わっています」
「それは危険」
「居場所がハッキリしているというのであれば、多少安心もできたのですがね……」
自分たちが邪神の祝福を得ているからこそ、その力が暴走した時の危険性などが理解できるんだろう。
「マグノリアの現状はどうなのですか? 幸せに暮らして?」
「……あの子が、幸せかどうかわからない。でも、信頼できる所に預かってもらってる」
「ならよかった」
ツァルッタが安堵したように笑う。自分たち以外の二家の幸せを願うというよりは、危険な力がきっちり管理されていて安堵したという感じかな?
しかし、ウィステリア家か……。俺たちも気を付けておこう。どこかで名前を聞いたら、ツァルッタに知らせるだけでも違うだろうしな。
出発から、3日目の明け方。
進軍し続けたフランたちは、遂にカステルの目前へとたどり着く。
だが、良い意味でも悪い意味でも寂れた様子であったカステルは、今や狂騒の坩堝と化していた。
「……もう、あんなたくさん!」
『凄まじい数だ……。1万どころじゃないぞ』
10万やそこらはいるんじゃなかろうか? この近辺の抗魔が全て集まっているのかもしれない。
だが、朗報もある。
カステルはまだ無事だった。戦場になっているのは、その手前の平原だ。緑や土が一切見えないほど、平原一面に抗魔がひしめいている。
『ナディアは、まだ戦ってるぞ』
「ん!」
カステルの入り口のすぐ前。そこで、凄まじい魔力がまき散らされているのが分かった。ナディアの魔力だ。
だが、恐れていた事態が進んでいることも確かだ。
「この気配は、抗魔と抗魔が戦っているのか?」
チェルシーの呟きも無理はない。俺たちのようにナディアを知っていなければ、抗魔に間違えてしまうほどに侵蝕が進んでいたのだ。
「違う。あれはおばちゃん」
「だが……。いや、待てよ。もしや、例の剣の所持者か!」
「ああ、オーバーグロウスの使い手なのですね。それならば、この凄まじい力の大きさも分かります」
さすが、長年この地で戦う竜人と傭兵団の長である。一般の冒険者が知らないような情報も知っているらしい。
「よく分からないが、とりあえず抗魔どもをぶっ飛ばして、フランの大事な人を助ければいいんだろ? デミトリス流の強さを見せてやるさ!」
「黒雷姫さんのためなら、地獄へだってお供しますぜ!」
「ノクタの冒険者が腰抜けじゃないってところ、見せてやろう」
「セギルーセルの騎士の底力、ご覧あれ!」
「我らも、この地で活動する冒険者として意地を見せますよ」
「今日はいい演奏日和ね。気持ち良く弾けそう」
仲間たちが頼もしいったらないな。フランもそう思ったらしい。その顔に、微かに笑みが浮かぶ。
「……皆、力を貸して」
「任せておきなさい。この拳で、絶対に道を切り拓いてあげるわ!」
「我ら竜人の戦士が付いているのだ。必ずや、お主を大事な者の下へとたどり着かせてみせるぞ!」
「ありがと」
フランは左右に立つヒルトとチェルシーに頷き返すと、背後を振り返った。そこには、種族も立場も違う、100人の精鋭が立っている。
「じゃあ、いこう」
「「「おおぉぉぉぉぉ」」」
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