807 レディルア商会
冒険者を100人雇いたいと告げたフランに対し、サブマスは否定の言葉を口にした。
難しいどころか、不可能とまで言われてしまう。
「死ぬ確率が高いと分かっている依頼に、人は集まりますまい」
まあ、そうだよな。
碌な防衛施設もないカステルで、抗魔の大群と戦うのだ。しかも、そこは戦略的な価値の低い廃村。
危険度も高すぎるし、士気も上がらないだろう。
好んでこの依頼を受ける冒険者はほとんどいないはずだ。たとえ依頼料が破格だったとしても、命あっての物種である。
むしろ、依頼料が高いということはそれだけの危険度であるということだし、より敬遠されてしまうかもしれない。
「……それでも、依頼を出したい」
「分かりました。ですが……期待はしないでください。申し訳ありません」
「……」
フランは悔し気に俯く。
しかし、この展開はナディアの狙い通りだろう。絶対に人を集めることができない依頼を出すことで、フランがノクタに居続けるようにしたのだ。
彼女なら、冒険者が集まらないことなど分かっていたはずだしね。
それだけ、フランを死なせたくないのだろう。
『フラン。これ以上ここにいてもやることがない。手紙を届けに行こう』
「ん……。じゃあ、またくる」
「とりあえず、3日はみてください。周知にもその程度はかかりますので」
「わかった」
無理とは言いつつ、できることはしてくれるらしい。ギルドに恩を――というか、肉を売っておいてよかった。
俺たちは依頼を掲示してもらうことを頼み、冒険者ギルドを後にする。
フランは気落ちした様子で、歩く姿にも力がない。
慰めたいが、その言葉は出てこない。それに、今の俺には慰めの言葉をかける資格もない。
このまま、冒険者が集まらないことを望んでしまっているからだ。
そのまま、言葉もなく俺たちは歩いた。
10分ほど歩くと、目的地が見えてくる。
「レディルア商会。ここ?」
『ああ。間違いない』
少し歩いて、気分が落ち着いたらしい。さっきよりは幾分マシな顔で、フランが口を開いた。
冒険者ギルドで教えてもらったとおり、かなり大きな建物だ。なんでも、ノクタでも上位に入る大商会らしい。
ナディアの友人は、ここの会頭だということだったが……。ナディアの交友関係は、俺たちの想像以上に広いようだ。
考えてみれば、この大陸で長年活動するランクB冒険者である。偉い人と面識があっても不思議ではなかった。
ノクタの有力者に護衛依頼を頼まれたって話もしてたしな。
「たのもう」
「いらっしゃいませ」
「レディルア商会にようこそ」
受付のお姉さんたちが結構強くて驚いた。大商会の受付ともなると、美人なだけではなく強くなくてはダメなものらしい。さすが、魔境のゴルディシア大陸だ。
「これ、ここの会頭さんに手紙」
「拝見してもよろしいですか?」
「ん」
受付さんがフランが手渡した手紙を確認している。手紙の封筒にはナディアの名前が書いてあるだけなんだが、これで通じるのだろうか?
受付で渡せばいいとしか言われていないんだが……。
軽く手紙を確認していた受付さんが奥へと駆けて行ってしまった。まじで大丈夫か?
俺の心配を余所に、ちゃんと受理されたらしい。戻ってきた受付さんが、笑顔でフランを奥へと誘った。
「会頭がお会いになるそうです。こちらにどうぞ」
「わかった」
まあ、悪意は感じないし、ナディアのことを直接聞きたいってことだろう。
手紙の内容がどんなものだったのかは知らない。しかし、ナディアが事細かに説明するような性格でないのは、付き合いの短い俺にも分かるのだ。
案内された部屋は、どちらかと言えば質素な部屋だった。ただ、それはみすぼらしいというわけではなく、落ち着いた雰囲気があるということだ。
やや光量を抑えた温かみのあるランプに照らされているのは、黒檀に似た素材の重厚感があるテーブルに、渋い革張りのソファである。
そこに、一人の男性が座っていた。
黒い褐色の肌に、短いパンチパーマのようなチリチリヘアー。地球であれば、アフリカ系の人々に近い姿である。年齢は40歳ほどと思われた。
「よく来てくれました……フランちゃん」
「……?」
「ふふ。覚えていませんか? 何度か遊んであげたこともあるんですが」
「……あ! 商人のおじちゃん?」
「はい。お久しぶりです。改めて、レディルア商会のムルサニです」
ムルサニって言えば、ナディアの話に出てきた行商人だったはずだぞ? それが、大商会の会頭? どういうことだ?
だが、それを尋ねる前に、ムルサニがソファから立ち上がってフランに近づいてきた。そのまま片膝をつくように腰を落とすと、フランと目線を合わせる。
「本当に、フランちゃんなんだな……」
感極まった声で、呟く。眼尻には涙が浮かんでいた。
「あの時、私は……」
ナディアが言った通り、フランを救えなかったことを気に病んでいたらしい。言葉を詰まらせるムルサニの顔には、強い罪悪感が浮かんでいた。
「私は……君を……」
そんなムルサニの肩に手を置いたフランが、いつもの調子で言葉を紡ぐ。
「おじちゃんは悪くない。仕方なかった。だから、謝らなくていい」
「う、ううううぅぅぅ……」
フランの言葉を聞いたムルサニは、自らの顔を両手で覆い、深く静かにむせび泣いた。
有り難いことに、またレビューをいただきました。
受験生様の貴重な時間を奪ってしまって申し訳ありませんwww
でも、楽しんでもらえたようでよかったです。
それと、文才なんてものを褒めてもらえることは珍しいので、とても嬉しいです。
受験が終わる頃に、溜まった分をガッツリお読みくださいませ。




