806 再びノクタ
「ウルシ! もっと速く!」
「ク、クゥン」
『フラン! これ以上は無理だ! ウルシが潰れるっ! ウルシ! 速度を落とせ!』
「クゥ……」
俺の指示に従い、ウルシが駆ける速度を僅かに落とした。
そのホッとした様子を見れば、本当に限界間近だったことが分かった。
『フラン。ウルシに無理をさせすぎだ!』
「ご、ごめんなさい……」
『……すまん。俺もちょっと強く言い過ぎた』
「ううん。私が悪い。ウルシ、ごめん」
「オン」
ウルシは気にするなという感じで、振り向いてフランの顔を舐めている。
ウルシにも、フランが焦る気持ちは分かっているのだろう。俺にだって分かる。
ナディアに頼まれた用事を全て済ませ、早くカステルに戻りたいのだ。
だが、本当にそれでいいのだろうか?
この依頼は、ナディアの想いだ。
あえて幾つも頼みごとをして、フランを死地から遠ざけてくれたのである。
ナディアが口にした「フランを頼む」という言葉は、せっかく遠ざけてやったのだから村に戻ってこさせるなという、俺へのメッセージだろう。
ナディアを救えなかったという傷が残るかもしれないが、死ぬよりはマシなんじゃないか? 正直、俺が彼女の立場でも、同じことをしたかもしれない。
しかし、フランは強い決意を滲ませた顔で、俺に告げた。
「師匠」
『なんだ?』
「おばちゃんを助ける」
『……ナディアの気持ちは分かってるんだろう?』
フランも、理解しているはずだ。ナディアが、フランの帰還を望んでいないということは。
「それでも……私は、後悔したくない」
せっかく再会できた知人と、取り戻した故郷。この2つを失いたくないのだろう。
『はぁぁ……』
フランがこの顔をしたら、絶対に意見を曲げないのは分かっている。ナディアに色々と話を聞いて、この性格は両親譲りなんだと分かったからな。
遺伝子レベルで刻み込まれた頑固さなのだ。
『仕方ない』
「じゃあ!」
『ただ、やれることは全部やる。無策で村に戻るような真似はダメだぞ?』
「……ん」
『幸い、金はある。ノクタで強い冒険者を雇えればいいんだがな』
どこまで冒険者が集まるかは分からないが、戦力が揃えばナディアを救うことだって可能なはずだ。
フランが戻って、一緒に逃げようと頼めば、ナディアは折れてくれるかもしれない。
ナディアの覚悟を無駄にするような行いだが、フランが彼女を助けたいと言っている以上、俺にとってはそれが優先されるのだ。
ただ、薄情なようだが、俺としてはフランが間に合わない結末もあり得ると思っている。最悪は、フランが1人でカステルに戻り、そこでナディアとともに散ることだろう。
最善はカステルもナディアもフランも、全てが助かることだが……。死ぬつもりのナディアを救う道が、俺には見えなかった。
ナディアの最期を看取ることすら困難かもしれない。まあ、結局は冒険者の集まり次第ってことだろう。
ウルシが頑張ってくれたおかげで、夕方近くにはノクタに戻ってくることができた。
相変わらずの緩いチェックを受け、町に入った後は一目散に冒険者ギルドを目指す。
相変わらずギルドは冒険者で混んでいたが、多くの者たちがフランを覚えていてくれたらしい。絡まれることもなく、声をかけてくれる。
「お! 肉の嬢ちゃんだ!」
「おお、本当だ」
「竜人の馬鹿どもを叩きのめしたってよ」
「へぇ!」
ただ、今のフランには彼らに応えている余裕はない。
冒険者の群れを抜けると、カウンターで声をかけた。
「ねぇ。ちょっといい?」
「はい」
「依頼を出したい。ここでいい?」
「あ、ちょっと待ってください! あなたがきたらサブマスを呼ぶようにと言われていますので!」
どうやら、肉を売ったことでVIP認定されたらしい。用件の大小に関わらず、サブマスが対応してくれるようだ。
まあ、今回は少し面倒な依頼をする訳だし、都合がいいだろう。
そのまま奥に通されると、応接室のような場所にサブマスがいた。
「何やら依頼があるとのことですが?」
「ん。冒険者を雇いたい」
「ほう? どのような冒険者を必要とされているのですかな? 斥候や案内役でしょうか?」
「腕が立つ冒険者を100人ほしい」
「100人ですと?」
サブマスが驚いている。そりゃあ、そうだよな。
「それと、これをギルドに預けたい」
「これは……ナディアのギルドカードではないですか!」
「知ってるの?」
「当然です。長い間この町で活動していた高ランクの冒険者ですからな! 4年ほど前から姿を見せぬので、もう死んでいるものと……。抗魔に姿を写し盗られたという話もありましたからな」
冒険者に姿を変える抗魔がいると聞いていたが、その場合は姿を写し取る相手を殺して食らわねばならないらしい。
つまり、贋物のナディアが出現した=ナディアは死んでいるということなのだ。
オーバーグロウスの侵蝕が進み、抗魔の気配を発するようになってしまった結果、町に入れなくなったとは聞いていたが……。
ナディア自身、1度町に入れず追い返されたことがあるらしい。その時のことがサブマスにも伝わっていたのだろう。
「生きてる」
「そうですか! して、今はどこに?」
「カステル」
「あなたが向かっていた目的地ですな。今は廃村であるはずでしたが?」
「ん。でも、そこが抗魔に狙われてて、ナディアが守ってる。私はナディアを助けたい」
「なるほど。だから冒険者ですか」
「ん! 強い冒険者100人!」
フランは勢い込んで頷くが、サブマスは眉根を寄せて唸っている。
「うーむ。それは不可能でしょうな」




