803 ナディアの魔剣
ナディアから、一瞬ではあるが抗魔の気配が発せられていた。すぐに消えたが、見過ごすことはできない。
俺に問いかけられたナディアは、軽く息を吐くと、観念した様子でマントの中に手を入れた。
そして、一振りの剣を引き抜く。
ただ、ナディアがその剣を振りかぶるようなことはなかった。殺気も敵意も感じない。
剣を引き抜いて、俺たちに見せただけのようだ。
『そいつは……』
「グルル!」
「む……」
しかし、俺だけではなく、ウルシもフランも即座に身構えていた。
なぜなら、その剣から強い抗魔の力を感じたのだ。
「こいつは特殊な魔剣でね。この剣で斬り倒した抗魔の力を吸って、強化されるのさ」
ナディアが言う通り、まるで上級の抗魔が目の前にいるかのような濃密な力を感じる。
さっきはナディア自身から抗魔の気配を感じたように思ったが、この剣が発した力をナディアのものと勘違いしたのか?
いや、違う。
剣からだけではなく、ナディアからも抗魔の気配がある。
『鑑定、してみてもいいか?』
「師匠は鑑定持ちか。いいよ。剣もあたしも、好きなだけ見てくれて構わない」
『それじゃあ失礼して』
まずは魔剣からだ。
『む……』
名前しか見えん。俺と同格以上の魔剣ということか。
俺はソフィーリアを鑑定した時と同じ要領で、目の前の魔剣を鑑定した。凄まじい痛みが襲ってくるが、耐える。
『ぐぬ……』
名称:金喰剣・オーバーグロウス
攻撃力:4417 保有魔力:10631 耐久値:6697
魔力伝導率・S
スキル
形状変化、剣術上昇、自動修復、深淵殺し、装備者ステータス大上昇、装備者回復大上昇、魔力隠蔽、魔力回復大、魔力吸収、魔力制御
『こん……じきけん、オーバーグロウス……。強いっ……!』
なんだこいつは!
攻撃力は俺の3倍以上はある! 魔力伝導率では勝てているが、剣としての性能は俺の惨敗だろう。開放状態の神剣にさえ迫る。
スキルは俺が勝っていると思うが、俺も持っていないスキルが1つ有る。それが『深淵殺し』だ。
倒した抗魔の力を吸収し、剣自身と使用者を強化する効果があるらしい。
抗魔へのダメージ増大と、抗魔からのダメージ軽減。さらに、抗魔を斬った際の回復能力などが複合されているようだった。
まさに、対抗魔用の最終兵器と言えるスキルだった。いや、名前からすると、その大元である深淵喰らいを標的とした能力なんだろう。
にしても、凄まじい性能だ。それこそ、準神剣クラスじゃないか?
ナディア自身はどうなんだ?
こちらは、オーバーグロウスほどの負荷はなく、多少の抵抗で鑑定することができた。多分、本人が鑑定されることを受け入れているからだろう。
名称:ナディア 年齢:41歳
種族:黒猫族・正体不明
職業:剛力剣士
状態:侵蝕
ステータス レベル:52/99
HP:641 MP:301
腕力:689 体力:469 敏捷:431
知力:108 魔力:407 器用:123
スキル
威圧:Lv4、隠密:Lv9、隠密行動:Lv6、風魔術:Lv6、剣技:LvMax、剣術:LvMax、剣聖技:Lv3、剣聖術:Lv5、拳闘技:Lv2、拳闘術:Lv4、危機察知:Lv7、怪力:Lv6、剛力:LvMax、再生:Lv6、瞬発:Lv3、消音行動:Lv8、生活魔術:Lv6、掃除:Lv2、属性剣:Lv3、投擲:Lv2、突進:Lv4、火魔術:Lv3、物理障壁:Lv4、料理:Lv4、気力制御、直感、痛覚軽減、不眠、魔力操作、両利き
エクストラスキル
金喰
固有スキル
腕力強化
称号
凡人の壁を乗り越えし者、復讐者、眠らずの戦闘者、一騎当千
装備
金喰剣・オーバーグロウス、海竜革の胸当て、隠密蜘蛛の戦装束、魔鋼の手甲、音消しの外套、聴力上昇の耳輪、守護の指輪
強い。腕力重視の戦士だが、魔術も使えて、隠密能力も非常に高い。この大陸で育っただけはあるのだろう。
ステータスだけ見たら、ランクA冒険者以上である。
ただ、一番気になるのは能力面ではなく、その種族と状態だった。
『種族が黒猫族に加えて、正体不明? しかも、状態が侵蝕となっているが……』
「それこそが、オーバーグロウスの副作用さね。抗魔を倒せば倒すほど強くなれる代わりに、使用者の肉体が抗魔に近いモノへと作り変えられていく」
『なんだと! それは、やばいんじゃないのか?』
「まあ、平気ではないね。これを見てみな」
『そりゃあ……』
「おばちゃん、手が!」
「これが、オーバーグロウスを使い続けた代償さね」
ナディアがそう言って、外套の下に隠されていた左腕を晒してみせた。
俺もフランも息を呑んでその腕を見つめることしかできない。
その腕は一見すると、黒い布地に銀と緑の装甲を取り付けた、腕防具を装着しているように見えるだろう。
だが、違っている。それは明らかにナディアの腕と一体化していた。黒に、銀と緑。その配色には見覚えがある。抗魔だ。
『こ、抗魔の力を吸収するって、そういうことかよ』
「ああ」
『さっきの苦しみ方からして、ただ肉体が抗魔に変異するだけじゃないな?』
「鋭いねぇ。軽い痛みと、興奮作用ってところさ。そもそも、神剣に準ずる魔剣を扱うのに、何の代償も無しって訳にはいかんだろう?」
「神剣に準ずる?」
『もしかして、神級鍛冶師の作なのか?』
「ふふ。師匠と同じだよ。この金喰剣・オーバーグロウスは、廃棄神剣なのさ」
「廃棄神剣!」
強力な剣だと思っていたが、まさか廃棄神剣だったとは!
「作ったのは、神級鍛冶師ゼックス」
「ゼックス、知らない」
俺たちの知る名前ではない。ただ、神級鍛冶師だからと言って、表に出て活動するわけではないだろう。
アリステア以上に人と関わらず、隠遁生活を送った鍛冶師だっているはずだ。
ルミナに神剣と神級鍛冶師の一覧を見せてもらったが、あれは完璧ではなかったしな。アリステアの話にも出てはこなかったが……。まあ、全部を挙げてもきりがないし、言わなかったんだろう。
しかし、ゼックスの名前が知られていないのは、それだけが理由ではなかったらしい。
「ゼックスはね、神剣を生み出さなかった神級鍛冶師なんだよ」
『は? どういうことだ?』
「そのままの意味さね。作った剣の能力が余りにも尖り過ぎていて、全部神剣としては認められなかったらしい。つまり、廃棄神剣ばかり製作した、不遇の神級鍛冶師って訳だ」
なるほど、それは確かに名前も知られんだろう。




