802 両親の遺品
ナディアとともに墓に向かったフランは、土魔術を使って慎重に地面を掘り始めた。
万が一にも両親の遺品を傷付けないように、ちょっとずつ土をどけていく。
そうして、墓石の下を1メートルほど掘り返した時、土の中から何かが出てきた。
「革のマント……」
『結構良い物だぞ。多分、アマンダの外套だろう』
「ん」
土の中には、水を弾く素材でできた外套が、丸めた状態で埋められていた。フランが持ち上げてみると、どうも中に硬い物がくるまれているらしい。
木製の品かな? それが水で腐食しないように、気を使ったのだろう。
フランが丁寧に外套を剥いでいくと、中からは木の板のような物が出てきた。サイズはハガキくらい。厚さはかまぼこ板くらいだろう。
表面には、塗料のような物が塗られている。黒い何かが描かれているようだ。
一部が欠けてしまっており、一瞥しただけでは何が描かれていたのか分からない。
ただ、フランにはちゃんと分かっているらしい。その木の板を手に取ると、愛おしそうに撫でている。
『それは?』
「お父さんが作った、飾り。家のドアにかけてあった。私たちも作るの手伝った」
玄関表札みたいな物だったらしい。フランの親父さんが削り、フランとお袋さんで色を塗ったという。
元々は3匹の黒猫が描かれていたそうだ。
『思い出の品か。残っててよかったな』
「ん」
『他に何か入ってないのか?』
「あとは……これ!」
フランが赤茶色っぽい何かを掲げてみせた。小さい木の板かと思ったが、よく見ると金属っぽい光沢を放っている。
『それは、ギルドカードじゃないか?』
「もしかして、それは……」
「ランクD冒険者のカード。キナンとフラメアって書いてある……」
「やっぱそうか!」
ナディアも、2人のギルドカードを探していたらしい。しかし、見つけることはできなかった。
行商人がギルドに預けたはずのギルドカードを、何者かが引き取って行ってしまったのだ。しかも、その人間はギルドに影響力のある人物らしく、素性を教えてもらうことはできなかった。
『アマンダだな』
「ん」
「ランクA冒険者だって言ってたね?」
「そう」
ランクA冒険者であれば信用は抜群だ。
キナンたちのギルドカードを引き取ることもできるだろうし、ギルドが情報を教えてくれないのも当然だった。
『ランクDまで、昇級してたんだな』
「ん」
黒猫族が自分自身の力だけでランクDまでランクアップするというのは、並大抵の努力ではない。しかも、フランの両親はまだ20代だったはずだ。
子供を守りながら修行を続け、ようやっと芽が出始めた。そんな時だったのだろう。
「……お父さん。お母さん。見てて」
フランがギルドカードをギュッと握り、胸に押し当てる。
『これって、フランが持ってていいのか? ギルドに返さなきゃいけないとかないよな?』
「大丈夫だ。家族がギルドカードを遺品として所持していることはよくあるからね」
『なら大丈夫そうだな』
「ああそう――む!」
「!」
「グル!」
ギルドカードの扱いを話していたら、村に何者かが侵入してくる気配があった。まあ、十中八九、抗魔だろう。
俺たちに気付いたというわけではなく、建造物を発見して偵察にきたってところか。
「フランはここで待っていな。ゴミ掃除も墓守の仕事さね」
「私たちもいく!」
「オン!」
「相手は数が少ない。あたしだけで十分だよ」
「抗魔は敵。お墓を守るために、私も戦う」
「……仕方ないね。じゃあ、あたしの言うこと聞くんだよ?」
「わかった」
「オン!」
フランの実力であれば、危険はないと判断したのだろう。ナディアがヤレヤレって感じで、同行を認めてくれた。
墓地を出て村の入り口付近に向かうと、5匹ほどの抗魔が村の中を歩いてくるのが見えた。
どうやら、フランが歩いた跡を発見されてしまったらしい。迂闊だったな。
「さて、いくか。ここで見ていな」
「武器は使わないの?」
「あの程度の抗魔に、武器なんざ必要ないさ」
そう言って、ナディアが一気に駆けていった。
『速い!』
(ん)
ナディアの動きは想像以上に素早く、それでいて高い隠密能力を持っていた。あの速度で草をかき分けながらも、ほとんど音を立てずに移動するなんて、フランにもできないだろう。
驚く俺たちの前で、ナディアは抗魔たちを瞬殺する。
武器なんか必要ないという言葉通り、その拳で抗魔の頭部を砕いたのだ。
武術家なのかと思ったが、強敵相手には武器を使うようだし、色々な技能を持っているってことなんだろう。
音もなく戻ってくるナディアを、フランが興奮気味に迎える。
「おばちゃん、すごい!」
「ふふん、そうだろ?」
「あの、音立てないで走るの、どうやったの?」
「あれは、隠密行動っていうスキルさ。レベルを上げれば、ああやって草の生えた場所でも音を立てずに行動できるようになる」
「なるほど」
「さて――ぐっ」
突然、ナディアが左腕を押さえて、短く呻いた。
「おばちゃん! だいじょぶ? 怪我した?」
「いや、大丈夫だ……。ちょいと、後遺症がね」
どうやら、時おり激痛に襲われるらしい。俺たちが彼女を発見した時の乱れも、この後遺症とやらのせいだろう。
「回復魔術使う?」
「遠慮しておく。これは、回復魔術じゃ治らないからね」
「そう……」
ナディアの言葉に、フランは悔しそうに俯く。ただ俺は、フランと違い、ナディアをただ信頼するだけではいられなかった。
『なあ、一つだけ聞かせてほしい』
「……なんだい?」
彼女も、俺が何を尋ねたいか理解したらしい。どこか諦めたような様子で、俺を見た。
『今の一瞬。ナディアさんから……抗魔の気配がした。あんたは、何者だ?』
「師匠?」
「ばれちまったら仕方がないねぇ」
「おばちゃん?」
不安そうなフランが、俺とナディアに交互に視線を走らせる。
そんな中、ナディアは懐に手を入れ、そして剣を勢いよく引き抜いた。
「……知られたくはなかったんだがな」




