796 今は遠き温もりの記憶
『見えた! たぶん、あれがカステルだ!』
竜人をギルドに引き渡した翌日。俺たちは早朝からノクタを出発していた。
竜人の処遇は揉めるかと思ったが、ギルマスもサブマスも喜んで受け取ってくれた。余程気に入られたらしいな。
それに、最近増長著しい竜人に対する、牽制としても使えるようだった。まあ、向こうはギルドに任せればいいだろう。
そして、出発した翌日の夕方。
俺たちの視界に、目的地が見え始めていた。
空中を駆けるウルシの背中から、目を凝らす。
ボロボロの木の柵の残骸に囲まれた、これまたボロボロの建造物が立ち並んでいる場所だ。しかし、人の気配はない。
そもそも、夕方になったのに灯りの一つも見えないのは異常だった。やはり人はいないのだろう。
抗魔の攻勢に耐え切れず、放棄された違法村。その一つが、眼下に存在している。
(あれが、カステル……)
『……何か、思い出すか?』
(ううん)
『そうか』
いまいちピンときていない顔で、首を振るフラン。
まあ、5年前の話だし、村をこの角度で見たこともないだろう。思い出せないのも仕方がなかった。
『降りてみよう』
「ん。ウルシ」
「オン!」
フランの指示に従い、ウルシが村の広場に降り立つ。
家々は破壊され、地面からは草が生え放題だ。俺たちがいる広場も、石畳の隙間から長い雑草が飛び出ている。
何年もの間、人の手が入っていないことは確かであった。草のわりに苔が少ないのは、カラッとした気候だからだろうか。
「……」
フランが、無言で広場を見回す。
夕暮れ時の、草ぼうぼうの広場。
かつては人々の笑い声の絶えない、憩いの場であったのだろう。
今は虫たちの鳴き声と、風によって葉が擦り合わされる微かな音だけが聞こえていた。
「……ここ」
『フラン?』
「ここ……知ってる……気がする……」
フランがゆっくり歩き出す。その向かう先は、広場の出入り口のひとつだ。
知ってるって、まじか?
フランがいた頃とは、全く変わってしまっているはずだ。これだけ変わり果てていては、面影などないだろう。
しかし、フランの歩みは段々と速くなり、しっかりとしはじめた。何かの確信があって、歩いているのだろう。
住んでいたものだけに分かる、雰囲気みたいなものがあるのか? それとも、勘か?
最近、フランは妙に鋭いというか、勘に従って行動することがある。それで上手くいくんだから凄いんだが……。
獣人としてレベルアップしてきたことで、野生の勘的なものが研ぎ澄まされているのかもしれない。
『フラン、どこに向かってるんだ?』
フランは躊躇なく藪に突入し、草をかき分けながら進んでいく。
「……こっちに……」
『フラン?』
「……やっぱ、そう」
ダメだ。記憶の引き出しを開けることに集中し過ぎて、周りが全く見えていない。
『ウルシ、フランの周囲を警戒だ』
「オン!」
その間も、フランは草むらを進み続けた。
そして、ある場所で足を止める。
そこは、壁が破壊され、屋根が崩れ落ちた一軒の小屋であった。この世界の基準にしても、大分小さい。
まあ、カステルの家々は全てがこんな感じだけどね。
「……」
壁は全体の七割ほどが崩れ落ち、残った部分も腐ってボロボロだ。
腐り落ちた壁の隙間から、小屋の中が見える。家具類の残骸と思しきものが転がり、やはり雑草に侵食されていた。
フランは無言で廃屋の横へと回る。すると、そこには木枠だけが残った扉の跡があった。
『フラン?』
「……ここ」
それだけ呟いたフランが、ヨロヨロと廃屋に近づいていく。その足取りは、それまでの追い立てられているような速足とは違う。
まるで、何者かに前進を阻まれているかのような、非常に重い足取りだ。
だが、フランのこの反応……。俺は、何も言わずに見守ることにした。
「……」
フランが廃屋の中に足を踏み入れる。天井も壁も、最早その役割を果たしていない。床の大半は抜け落ち、雑草の絨毯がフランの足下を包み込んでいる。
それでも、フランには確かに見えるものがあるらしい。
「……ここ、私んち」
『やっぱりそうなのか』
「ん……。ここで、お父さんと、お母さんと、くらしてて……」
フランが掠れた声でそう呟いた瞬間、その目からポロリと涙が流れ落ちた。
それは、何の涙であろうか。
悲しみ? 喜び? 古い記憶を取り戻したことによる寂寥? 親の死を改めて実感してしまった愁傷?
「ただ、いま……」
ただ、フランが流したその涙は、俺には何よりも尊いものに思えた。
転剣原作10巻、スピンオフ1巻が明日発売です!
既に発売中のコミカライズ8巻ともども、よろしくお願いいたします。
前々話で冒険者の歌なんてものが登場したからでしょうか?
ここ数日でたて続けに、普段どんな音楽を聞くのかと質問を受けました。
私の聞いてる音楽なんて発表したところでなーと思いつつ、ここ最近でメチャクチャ感動した曲があるのでそれを紹介させていただきますね。
それは、『SUPER BEAVER』さんの『ひとりで生きていたならば』です!
自身も感銘を受けたのは勿論なのですが、すごくフランっぽい歌詞の曲だと思ったんですよ。
まるでフランが、師匠や両親、黒猫族のことを想って歌っているかのような曲なんです。
そう思うと泣けてきちゃいまして……。
人生の節目で背中を押してくれた曲や、まるで自分のために歌ってくれているみたいだと感じた曲は誰にでもあると思います。
でも、自分の書いているキャラクターのための歌だと感じたのは初めての経験でした。
是非一度聞いてみてください。
大変な今の時期、人によって様々な感じ方のできる曲だと思います。




