789 食い逃げ?
ノクタの町の冒険者ギルドに向かっている最中、フランはある店の前で足を止めていた。
オープンカフェのような形態の店なんだが、肉の焼ける非常にいい匂いがしている。物資の乏しいこの大陸においては、非常に珍しいタイプの店だった。
魚は港からたくさん運ばれているが、肉はあまり多くはないはずなのにだ。
店の前に貼られた値段票をみると、べらぼうに高い。やはり、肉は貴重なんだろう。
そんな店の前でフランが足を止めたのは、ノクタでは珍しい肉料理を出す店だからという理由だけではない。
その店のオープンテラスで、美味しそうにステーキにかぶりつく美少女がいたのだ。料理を口にする表情と言ったら、それはもう幸せそうだ。
内巻きの金髪ミディアムストレートが美しい、ジッとしていればどこぞの貴族の令嬢にでも間違われそうな外見だ。
身に付けているのが薄汚れた外套でなければ、本当にそう思ったかもしれない。
そんな少女からは、食いしん坊オーラがダダ漏れだった。
店が客寄せのためのサクラとして配置してるんじゃないかっていうくらい、美味しそうに肉を頬張っている。こちらの腹まで減ってくるような食べっぷりだ。
ゴキュリ。
フランの喉が鳴るのが分かった。
(師匠)
切なそうな声で、俺を振り向く。我慢できなかったようだ。
『ノクタは買い食いできる屋台も少ないみたいだし、あの店に入ってみるか』
「ん!」
「オン!」
金は、お酒を売った300万ゴルドがあるので全く問題ない。それに、オープンカフェならウルシが一緒でも構わないだろう。
フランが店に入ると、そこには注文カウンターだけがあった。ここで料理を注文すると、席まで運んでくれるらしい。
元気な店員さんが応対してくれる。
「いらっしゃいませ~」
「従魔も一緒にいい?」
「はい。だいじょうぶです!」
「お店のお勧めは?」
「当店のお勧めはこちらの――」
結局、12品頼んで6000ゴルドだ。まじでレストランのフルコース並みのお値段になってしまった。
肉料理自体の見た目は普通の大衆料理だ。むしろ量は少ないほどだろう。
しかし、味は抜群であるようだった。フランの顔を見れば分かる。
ステーキだけではなく、スープもパスタも煮物も全部美味しいらしい。フランのフォークが止まらない。
ただ物価が高いだけではなく、値段相応の味でもあるということなんだろう。
『フラン、どうだ』
(美味しい。師匠にちょっと負けるくらい)
お店のコックさんには聞かせられないが、フランにとってはかなりの褒め言葉である。
『ウルシはどうだ?』
「オン!」
小型化してステーキを頬張るウルシも、「美味い!」って顔だ。これは、いい店を発見したかもしれん。
さっきの食いしん坊美少女はまだ食べている。彼女には感謝しないといけないだろう。あの娘がいなければ、この店には入らなかったのである。
食後のお茶を飲んでいると、騎士っぽい男たちが店に入ってきた。
「ここは本当に美味しいですよ」
「ほほう? それは楽しみですなぁ」
「本国でも、中々味わえないレベルですからね」
値段が高いと思ったが、どうやら上級騎士などを相手にする店らしい。
堅苦しい店は好きじゃないが、冒険者向けの粗雑な店は嫌だ。そんな騎士にとってはちょうどいい店なんだろう。
「え? いや、しかしこの値段は……」
「うわっ! 高い!」
同行していた二人が驚きの声を上げている。騎士2人とは違う、明らかな平民感。兵士なんだろう。
日本の平均的なサラリーマンが、上司の昼食に同行したら高級フレンチに連れていかれたような感じか?
どちらも顔が引きつっている。
「ははは。心配するな。ここは我らのおごりだよ。お前たちは先日の戦いで頑張ってくれたからな」
「あの時の貴官らの働きがなければ、被害は増えていただろう。ささやかであるが、感謝の気持ちだ」
「あ、ありがとうございます」
「そういうことなら遠慮なく」
爽やかな騎士と兵士の関係にホッコリしている俺とは別に、顔色を変えている少女がいた。フランじゃないよ?
さっきまで本当に美味しそうに食事をしていた金髪の少女が、兵士たちの話を聞いた直後に何やら慌て始めたのだ。
一人であたふたとしながら、挙動不審な動きをしている。
その視線は、自分の座っているテーブルと、店の入り口付近を行ったりきたりしていた。
どうしたんだ? 何やらブツブツ呟いているぞ。
「ど、どうしよう……。こんな高いお店だって思わなかった……。適当におすすめをって言っちゃったぁ……」
風魔術を使ってこっそり彼女の言葉を聞いてみたんだが……。
どうもお金が足りていないらしい。料金をしっかりと確かめずに注文してしまったのだろう。見た感じ、6皿は平らげている。単純計算で3000ゴルドほどだろう。
「露店で、面白そうなお土産を買いすぎちゃった……!」
そう呟き頭を抱える。大丈夫なのか?
「土、土下座して皿洗い……? ダメよ、素性がばれるかも……。く、食い逃げしか、でもそれじゃあ……」
全然大丈夫じゃなかった!




