787 指揮官撃破
フランが囮役の兵士たちを連れて脱出を図ろうとした直後、今まで静観していた巨大騎士型が唐突に動いた。
「ルオオォオォォ!」
『ちっ! 兵士たちを狙って……!』
巨大騎士型が手に持っているランスを突き出すと、矢のような形の魔力が撃ち出された。かなりの威力があるだろう。
しかも、その狙いはフランではなかった。後ろを付いてきている兵士を狙っていたのだ。
咄嗟にフランが斬り払うが、そこに周囲の抗魔が再び攻撃を開始した。全てがフラン以外を狙っている。
こちらが兵士たちを見捨てられないことを理解した動きだ。抗魔が人の心情を理解するっていうのか?
それとも、弱い奴から優先的に狙っているだけ……?
いや、それにしては攻撃が厭らしい。
再び指揮官個体が魔力弾を放ってくるが、フランがギリギリ防げる程度の攻撃なのだ。
明らかにこちらの消耗やミスを狙っている。
「うざい」
『どうするか……』
魔術で薙ぎ払いながら無理やり進むか? それとも、被弾覚悟で進む?
俺とフランで回復魔術を使い続ければ、兵士たちが死ぬことはないだろう。無事に救出とは言い難いかもしれないが……。
いや、大丈夫か。何せ、俺たちには頼もしい仲間がいるのだ。
「ガルルッ!」
「ルウウォ!」
魔砲型を倒したウルシが、今度は巨大騎士型に襲い掛かっていた。
影から飛び出し、一気に巨大化して指揮官個体を押さえ込もうとする。だが、そのウルシを、巨大騎士型があっさりと弾き飛ばした。
その全身に透明な膜のような物を纏っている。邪気を利用した障壁であるらしい。
「ガルル!」
「ルオォ!」
ウルシの暗黒魔術を受けても、よろめく素振りがない。かなり硬いのだろう。しかし、目に見えて障壁が薄くなる。
一回張ると、壊れるまでは維持が必要ない代わりに、数度で壊れるようなタイプなのかもしれない。
ともかく、ウルシであれば巨大騎士型の注意を引けるだろう。奴さえいなければ、囮役の兵士たちを逃すのがかなり楽になるのだ。
他の抗魔たちの動きが変わった。巨大騎士型がウルシに抑えられたせいで、力押しでの殲滅に切り替えたのだろう。
「集まって!」
「お、おう!」
フランが指示を出すと、兵士たちが慌てて集まってくる。直後、フランを中心にして、地面が凄まじい勢いで10メートルほどの高さに隆起した。
自分たちが壁の上に乗るような形で、グレイト・ウォールを使用したのだ。連続で使用された大地魔術により、俺たちの前には細長い壁が道となって生み出される。
壁の上にいるのは俺たちだけではない。当然、隆起した場所に立っていた抗魔たちも、俺たちと同じように持ち上げられている。
だが、そいつらはフランの魔術で対処済みだ。雷鳴魔術と風魔術で、抗魔たちを壁の下に落とせば、俺たちだけの逃走通路の完成だった。
「急ぐ! 抗魔が攻撃してきたら、すぐに崩れる!」
「は、はい! 行くぞ!」
「おう!」
さすが、腕利きの斥候兵なだけはある。走る速さはかなりのものだった。それに、弓士型から飛んでくる魔力弾も、危なげなく回避しているのだ。
そのままグレイト・ウォールの上を走り抜け、俺たちは逃走に成功していた。
壁から降りる時には、段差を付けたグレイト・ウォールを発動して階段を作り出す。
彼らの能力だったら、5メートルほどの段差が1つあれば、全く問題ないのだ。
「このまま仲間のところに戻って」
「お嬢さんはどうするんだ!」
「私はあいつらを倒す」
「……死ぬなよ!」
「ん」
本当はフランを囮になどしたくはないのだろうが、誰かが足止めをせねば抗魔が騎士たちの本隊に追いつく。
その役目は、圧倒的強者であるフランが一番向いていることは間違いなかった。兵士たちが真剣な顔で敬礼をすると、そのまま仲間の下へと退避していく。
『これで、心置きなくやれるな』
「ん! いく!」
『ウルシ! 影に逃げろ!』
(オン!)
ウルシが退避したことを確認し、俺たちは連続で魔術を起動した。俺とフランが連続使用したエカト・ケラウノスによって、無数の雷が降り注いだ。
空間を埋め尽くす雷光と、辺りを揺るがせる轟音と衝撃。使用した俺たちでさえ、障壁を張らねばならないほどの威力だ。
雷の余波が収まると、目の前の光景が一変している。
草木が僅かに生える平らな荒野だった場所が、穴だらけの岩場に変わっていた。抗魔の姿は大幅に減っただろう。
わずかに範囲外に出ていた個体や、たまたま雷が直撃しなかった個体が、両手で数えられる程度生き残っている。
あとは、指揮官個体もだな。
全身から煙を上げながらも、立っている。ダメージは意外に少なそうだ。魔術に対する耐性が高いのか?
「ルオオォォ……!」
『まだやる気みたいだな!』
「のぞむところ」
『ウルシ、雑魚の掃除を頼む』
「オン!」
『で、俺たちは――』
「あいつを斬る!」
『おう!』
フランが俺を構えた状態で指揮官個体に突っ込んだ。
上位抗魔の力を知るためだろう。あえて転移などは使わず、正面から切り結ぶフラン。
しかし、すぐにフランの顔には失望の色が浮かんでいた。
「弱い」
『弱いっつーか、剣が正直すぎるな』
ステータスは高いし、剣の腕も悪くはない。しかし、あまりにも殺すことに最適化され過ぎた剣は、フランレベルになれば容易に先読みが可能であった。
相手が一定レベル以下であれば恐るべき剣なのだろうが……。数合打ち合った以降は、フランは相手の攻撃を完璧に回避し続けていた。
こちらからのカウンター攻撃は全部命中だ。
結局、三分ももたず、指揮官個体は倒れていた。弱点などを探って手加減していたせいでこれだけの時間がかかったが、本気であれば瞬殺だったろう。
『遠距離攻撃は強力だし、指揮能力も高い。あと、かなり強力な障壁も厄介だ。魔法防御も特筆するべきものがあった』
「でも、剣は全然ダメ」
『だな』
本来は前に出ない、指揮特化の個体だったのだろうか? それとも、他の指揮官個体もこんな感じか?
だとすると嬉しいんだがな。まあ、フランにとっては期待外れだろうが。
ただ、戦闘特化個体のような抗魔が現れたら、相当強いかもしれなかった。
『とりあえず騎士たちのところに戻ろう』
「ん」




