785 怪我をした騎士たち
抗魔の向かう先にいる部隊に近づくと、その部隊がなぜ逃げる素振りを見せないのか分かった。いや、逃げていない訳ではなかった。
ただ、負傷者が多く、移動速度を上げられなかったのだ。
騎士や兵士たちが、傷ついた仲間に肩を貸して移動していた。全員合わせれば400名ほどはいるだろうが、ほとんどの者が大なり小なり怪我をしている。
重傷者は半数以上に上るだろう。
どうやら、すでにどこかで抗魔と戦ってきた後であるらしい。たぶん、想定以上の戦力を相手にして、大きな被害を出してしまったのだろう。
フランはあえて気配を晒して、部隊へと近づいて行った。
向こうもすぐにこちらに気付いたのか、数人が警戒するように前に出てくる。
ドロップアウトした冒険者が、盗賊行為に手を染めることもあるというからな。人間だからといって、気は抜けないのだろう。
ただ、その顔にはやや安堵の表情が浮かんでいる。
フランは強そうにも、盗賊にも見えないからだろう。ある程度接近したところで、先頭にいた騎士が声をかけてきた。
この部隊の指揮官だろう。比較的軽傷だが、それでも手足に包帯が巻かれているのが見えた。
「君は、冒険者かな?」
「ん。そう」
「我々に何か用か?」
「抗魔がたくさん向かってきてる。逃げないのか、聞きにきた」
「わざわざすまないね。だが、我々は大丈夫だ」
やはり、抗魔には気付いているようだ。
このままでは確実に追いつかれると思うが、何か策があるのか?
フランが話を聞こうとしたのだが、その前に遠くから大きな声が上がっていた。
少数の人間が、大声を上げながら移動しているようだ。
俺たちが気配に気付かなかったということは、相当離れた場所で息を殺していたのだろう。しかも、隠密行動が得意な人間だと思われた。
その数人の気配が、抗魔の群れに突っ込んでいくのが分かる。
何が起きた?
フランが首を傾げると同時に、指揮官の顔が曇った。
「始まったか……。抗魔の足が止まっている内に、君はできるだけ離れた方がいい」
「もしかして、あなたたちの仲間?」
「……そうだ」
大声を上げた者たちは、仲間を逃がすための捨て石となったのだろう。
それを当然だと思っていないのは、騎士たちの顔を見れば分かる。中には、涙を流している者もいた。
それでも、国に仕える騎士として、彼らは全滅するわけにはいかなかったのだろう。任務を継続するためには、絶対に生き残らなければならないからだ。
「皆……いくぞっ!」
「はっ」
悲痛な表情の指揮官の言葉に、騎士たちが同じように悲痛な顔で応える。
「我々の事は気にするな。君も逃げろ」
指揮官はフランの力をある程度は理解しているはずだ。彼はそれなりに強いからな。
それでも、1000を超える抗魔に立ち向かえば、死んでしまうと思っているのだろう。
助けを求めることをせず、逃がそうとしてくれている。
フランが俺にだけ分かるくらい小さく微笑んだ。彼らを気に入ったらしい。
(師匠)
『分かってるよ。助けたいんだろ?』
(ん)
『……仕方ない』
(ありがと)
あの巨大騎士型の指揮官個体さえいなければ、問題はなかったんだが……。中には脅威度Aクラスの抗魔もいるという話を聞いてしまっては、侮ることはできないのだ。
しかし、フランは退かないだろう。ならば、本気でやるまでだ。いざとなれば、全ての力を使う。
「なぜ、武器を抜くんだい?」
「ちょっと、抗魔をやっつけたくなった」
「待て! 君のような凄腕の冒険者を、我らのためなどに失うわけにはいかん!」
「へいき」
「だが、あの数は……!」
指揮官の気持ちが揺らぐのが分かった。フランの力を借りれば、捨て石になった部下を救えるかもしれないと、僅かに考えたのだろう。
「これ」
「冒険者カードか? な! ランクB冒険者! 君が?」
「うん」
「強いとは思っていたが、それほどか!」
「私が、防ぐ。あなたたちは逃げて」
フランと俺は、騎士たちに向けてエリアヒールを連発した。全員が全回復とはいかないだろうが、瀕死の人間はいなくなった。逃げる速度は上がるはずだ。さすがに、全員を細かくは見ている時間はない。
「あ、待ってくれ!」
フランは指揮官の了承を聞かずに、踵を返した。
これ以上問答していては、抗魔が騎士たちに追いついてしまうからだ。実際、残り200メートルもなかった。
『フラン。足止めをしている人たちを巻き込む恐れがあるから、範囲攻撃は使えないぞ』
(ん)
後方にいる騎士たちと、捨て石になった騎士たち。両方を救うには、フランが抗魔の群れに突っ込んで暴れ回るしかないだろう。
フラン自身を囮にして抗魔を引き付けつつ、足止め役の騎士を助け出す。彼らが死ぬ前に、辿りつかねばならない。
『数がかなり増えたな』
周囲から他の抗魔の群れが合流してしまったらしい。すでに2000を超えたかもしれなかった。
『いくぞ! 囲まれないように注意しろ!』
(わかった!)
『ウルシは影から魔砲型を潰せ』
(オン!)
魔砲型の射程が分からないが、この場所から騎士たちに攻撃を届かせることは可能かもしれない。ならば、先に潰さねばならなかった。
『ウルシの援護のためにも、派手に暴れるぞ』
「ん!」
フランがあえて魔力を全開にして、抗魔の前に立ちふさがった。これで、奴らからはフランが美味しい餌に見えるはずだ。
抗魔が金属が擦りあわされるような、甲高い声を上げる。
「イイイィィィィィ!」
「くる!」
『おう! 派手に蹴散らせ!』
レビューをいただきました!ありがとうございます。
自分で「このラノの投票始まったから、入れてね!」というのはちょっと恥ずかしいので、入れましたと報告してもらうのは非常に嬉しいです。
今後とも転剣をよろしくお願いいたします。




