782 ツァルッタ・カメリア
「ご助力かたじけない。私は戦士長のチェルシー。この部隊を率いている」
「我はスノラビットの王、オーファルヴである。そなたらは西海岸の戦士たちであるな?」
「はい。そうです」
竜人を率いているのは、何と女性の竜人だった。戦士長というから、無意識に男と思ってしまっていた。
現れたのは、髪の毛と同じ濃い青色の鱗を生やした、竜人の女性だ。チョコレートのような艶のある褐色の肌に、紺色の鱗が非常に映えている。
身長は2メートル近い。竜人としては、平均より少し大きい程度らしいが。颯爽とした雰囲気と、コーンロウに編み込まれた髪の毛が合わさって、非常にハンサムだった。まあ、女の人なんだけどさ。
竜人では女性の戦士は珍しくなく、魔力の扱いが上手い女性の方が強いということも珍しくないらしい。実際、彼女は強いしな。最低でもコルベルトと同等以上だろう。
また、彼女のような青鱗の竜人は水魔術を得意としており、尊重されるそうだ。厳しい環境のゴルディシア大陸において、水を生み出せる力は大きなアドバンテージとなるからだ。
竜人の中には尊大な者も多いという話だったが、チェルシーにはそんな素振りは一切ない。武将風の言葉なので偉そうにも聞こえるが、オーファルヴに対する態度は非常に恭しかった。
ヒルトやフランにも、丁寧に接してくれる。穏健派というのは本当であるようだ。
竜人についてフランが質問をすると、丁寧に答えてくれた。
「戦士長、負傷者の応急処置は終了しました」
「そうか。では撤収準備を急がせろ」
「はっ!」
「それと、ツァルッタ殿を呼べ」
この部隊は竜人だけで構成されているわけではない。今の伝令は半竜人だったし、人間の兵士の姿も混じっている。竜人、半竜人たちと人間では鎧に描かれたエンブレムが違うので、所属が違うのかもしれなかった。
チェルシーに呼ばれてやってきた魔術師も、人間だ。人間の兵士たちと同じ、花のエンブレムがあしらわれたローブを着込んでいる。
茶色のくせ毛をショートカットに整えた、どこか眠そうな表情の女性だ。155センチくらいなんだろうが、チェルシーと並ぶとえらく小さく見えた。
「お呼びですかチェルシー殿」
「うむ。こちら、スノラビットの女王オーファルヴ様と、ベリオス王国の海軍提督ブルネン殿。デミトリス流の現当主であるヒルトーリア殿。それと、黒雷姫の異名を持つフラン殿だ」
この4人を真っ先に紹介するあたり、チェルシーは目端が利くのだろう。実力だけではなく、救援部隊の力関係なども即座に見抜いたらしい。
「オーファルヴ様はお久しぶりですね」
「うむ。以前は良い酒を提供してもらったな!」
「あれはたまたまでございますよ。そちらの方々は初めましてですね? 私はカメリア傭兵団の長、ツァルッタ・カメリアです」
「なるほど、傭兵団ですか。竜人の皆さんに雇われているのでしょうか?」
ヒルトも彼らに興味を持ったらしい、話を聞いている。
カメリア傭兵団は、その名の通りカメリアという名前の家が基になっているそうだ。ゴルディシアに元々あった、貴族のような家だったらしい。
ゴルディシア大陸が滅んだ時に、家臣たちとともに傭兵団を立ち上げ、故郷を取り戻すために戦い続けているという。
しかし、フランはその話に疑問を持ったようだった。俺も同じだ。
だって、カメリア家だぞ。ロミオのマグノリア家と並ぶ、ゴルディシア三家の1つだったはずだ。
どういう経緯かは分からないが、邪人の加護を得ていたという家である。まあ、どこかでその信仰が変化し、邪神の封印を守る存在になったらしいが。
そして、彼らは邪神の欠片を求める竜人に攻められ、滅ぼされたはずだった。
「カメリア家の人間が、竜人と一緒に戦っているの? なんで?」
「もしかして貴方は、ゴルディシア三家の事をご存じなのですか?」
「ん。ちょっとだけ聞いたことがある」
全部を知っているわけではないが、彼らの血筋には特殊な力が宿っていることも知っている。マグノリア家であれば、邪人の力を吸収することが可能な『邪神の聖餐』という能力だった。
ただ、ここでそのことを正直に伝えていいものかどうか……。
しかし、悩む必要はなかった。
「では、我らの血に宿る力についてもご存じで?」
向こうから話を振ってきたのだ。
「不思議な力があるっていうことは知ってる。それと、竜人に滅ぼされたっていうのも聞いた」
「ほう、そのような話が」
ヒルトも興味深げだ。
「そうですか。だからあのような言葉を……。確かに、知っている人間からすれば不思議でしょうね」
勿論、先祖には竜人を恨む気持ちもあったそうだ。しかし、それ以上に邪神の欠片を奪われ、それが深淵喰らいを生み出す素材とされたことを悔いていたらしい。
恨みを押し殺し、一部のまともな竜人とともに戦うことを決意したのだという。
ただ、子孫たちは長い間に竜人への恨みは薄れ、義務感半分、仕事半分で傭兵を続けているようだった。
「カメリア家の血に流れる力は、対抗魔戦でも有効ですから」
「邪人じゃなくても、効くの?」
「抗魔を生み出す基となっている深淵喰らいには、邪神の欠片が使われています。それ故、抗魔にも僅かながら邪気が含まれているのですよ」
下級抗魔の持つ邪気はゴブリンよりも弱いため、この大陸を覆う深淵喰らいの邪気に紛れて、察知することは難しいほどだ。
ただ、騎士型以上になると、それなりに強い邪気を持っている。確かに、あの騎士型からも邪気を感じることができていた。
「私の力は、邪気を持つ者の動きを鈍らせる効果がありますから、大群相手には非常に有効なのです」
「邪人を鈍らせる? そんな力を伝える血統が存在しているとは……」
「確かに、初めて聞いた方々は驚かれますね。私からすると、幼い時から使える特技みたいなものですが」
彼らとしても、団長の血に宿る力を有効利用できるこの大陸は、他では考えられないほどの優良な狩場であるらしい。
カメリア傭兵団には、悲壮感のようなものは感じられなかった。好きというのとは違うが、先祖の無念を晴らす目的で無理やり傭兵をやっているようではないようだ。
ビジネスライクに傭兵としての仕事を続けているのだろう。
「フラン殿は、もしかしてカメリア以外の家の子孫をご存じなのですか?」
「ん」
「その方々はどこに?」
「……教えていいかわからないから、言えない」
「あー、それはそうですね。我々は特段隠していないので、失念していました。他の大陸に行けば、忌むべき血として迫害されてもおかしくはない」
まあ、勝手に言いふらしていい情報でないことは確かだろう。
「話が盛り上がっている途中で悪いが、そろそろ撤収するぞ」
「ああ、了解ですチェルシー殿」
竜人たちが簡易的な陣地構築に使っていた魔道具の回収が終わったらしい。
『俺たちもブルネンのところに戻るぞ』
(ん)
それにしても、カメリア家か。邪人の動きを鈍らせるって言ったが、本気で使えばもっと強いだろう。邪神の聖餐もそうだった。
名前は教えてもらえなかったが……。まあ、ヒルトなんかもいる場で『邪神の~』なんてヤバそうなスキル名を口にすることは憚られたんだろう。
どんな力なんだろうな?
以前お伝えしていた通り、夏休みを頂きます。
次回更新は9/3の予定となっておりますので、よろしくお願いいたします。
 




