770 ドワーフの仕事
ゴルディシア大陸到着から4日。
数日ほど抗魔狩りに勤しんだが、フランが満足するような強い個体には出会えていない。
やはり結界の気配を嫌うせいで、鋭敏な感覚を持った強力な抗魔はもう少し奥に行かなければ出現しないようだ。
(今日は強いのいるかな?)
『どうだろうなぁ?』
そんなワクワク状態のフランは、ベリオス王国の兵士200人程を引き連れて結界の中へと入っていた。目指すのは、管理委員会から指示された戦場である。
先頭に立って草原を歩きながら、フランはブルネンから説明を受けていた。
「この先に広い荒野があってな。そこで抗魔を迎え撃つことになる」
「迎え撃つ? 抗魔がそこにくるの?」
「そりゃあ、人間が何千人と集まってりゃ、抗魔たちは勝手に寄ってくるに決まってらぁ」
「なるほど」
抗魔が人に引き寄せられる習性を利用した戦い方であった。
冒険者と違って小回りが利かないぶん、一度に大きな戦果を上げられるのが軍隊の利点なのだろう。
道中、ベリオス勢に近寄ってくる抗魔は、フランやヒルトたちが瞬殺する。
半数以上はフォボス君担当だ。
「てりゃぁぁぁ!」
「シシャアア!」
フランも、自分が戦いたいとは言わない。格下認定したフォボス君に譲ってやろうという気持ちもあるのだろうが、ここ数日で下級剣士型との戦いに飽きているからだろう。
歯ごたえもないし、何も残さないからな。
剣士型を蹴散らしつつ、1時間ほど進む。ウィーナレーンの代理ということで兵士たちが言うことを聞いてくれるので、非常に楽だ。
ベリオスの兵士たちにとって、主役は自分たちではないというのは毎度のことなのだろう。それ故、自己主張することもなく、強者からの命令に当たり前のように従ってくれる。
「この先から多くの人の気配が感じられるわね」
「ん」
ヒルトが言った通りだった。荒野ではすでに1000人ほどの軍勢が集まり、陣地を構築していた。
「陣地が出来上がるまでは、ここで待機だ。周囲の索敵だけは怠らないでくれ」
「手伝わなくていいの?」
「私たちも、力仕事ならできるわ」
フランとヒルトの言葉に、ブルネンが苦笑いしながら首を振った。
「邪魔だから見ていろと言われている。まあ、ドワーフたちからしたら、素人なんぞ確かに邪魔だろうよ」
言われてみると、働く兵士のほとんどがドワーフだ。土魔術やツルハシ、スコップを利用して、土壁と堀を作り上げていく。
凄まじい構築速度だった。なるほど、あれなら素人の兵士なんぞ邪魔なだけかもしれない。
「戦闘ではお前さんらに期待しているからな。陣地構築まで任せておいて、抗魔狩りでも後れを取る訳にはいかん」
国の面子とか、色々あるんだろう。ただ、ブルネンの心配もそこまでおかしいものではなさそうだ。
ドワーフたちがかなり強かったのだ。最初は工兵なのかと思っていたドワーフたちまでもが、相当な強者なのである。
多分、そこらで土を掘り返しているドワーフでさえ、ランクD冒険者のフォボス君よりも強いだろう。
さらに言えば、身に着けている防具もとてつもなかった。全身魔法金属だ。多分、オリハルコンとミスリルをメインに、所々をアダマンタイトで補強するような感じだろう。
一般的な国なら近衛騎士隊長とか、そういったレベルの騎士が身に着けるようなレベルだ。作ったのがドワーフだと考えると、それ以上の可能性もある。
最高レベルの装備で身を固めた歴戦のドワーフたちが1000人。指揮官たちはもっと強いと考えると、異常なほどの戦力であった。
「すごい」
「そ、そうですね」
フランが感心するレベルだ。フォボス君なんか、明らかに腰が引けている。19歳なのに、その弱腰のせいで妙に幼く見えるんだよね。
才能はあるのだろうが、常に自信がなさげなのだ。
「ドワーフ戦士団の精強さは、世界中で有名なんだぞ?」
ドワーフたちの仕事を見つめているフランとフォボス君に、コルベルトが説明してくれた。
「そうなの?」
「ああ。経験豊富な老兵たちのみで構成されていて、1000倍の敵を打ち破ったとか、竜の群れを駆逐したとか、とてつもない伝説がいくつもある」
「り、竜の群れ? 凄いですね」
「ん」
「その戦闘力もだが、竜の群れに挑む胆力がやばいよなぁ。ドワーフの王は凄まじく強いスキルを持っているという噂だから、それのおかげもあるんだろうが……。それがなくても、十分に強い。油断していたら、本当に全ての戦果を持っていかれるぞ」
「がんばる」
「僕も頑張りますよ!」
それから数十分。
気付くと野戦陣地が完成していた。堀と土壁が張り巡らされ、敵の遠距離攻撃を防ぎつつ、進軍経路を限定できるようになっている。
「相変わらず、ドワーフ共は凄まじいな」
ブルネンが呆れたような顔で呟く。それも頷ける早さと、構築速度だった。兵士たちも呆然としているな。
そんなベリオス王国勢に向かって、数人のドワーフたちが歩み寄ってくるのが見えた。
「誰か来る」
「うん? おお、あれは……。ドワーフの女王陛下だ。頼むから粗相のないようにな!」
「女王?」
「そうだ。とりあえず、黙って俺の後ろに立っていてくれればそれでいい」
「わかった」
女王? 王様が戦士団を直接率いてきているのか? そりゃあ、精鋭を揃えるよな。
「ドワーフ国は、毎回必ず女王陛下が率いてくるのだ。その戦果は絶大だな。万を超える兵士を送り込んでくるような国もあるが、そこと比べても圧倒的だ。僅か1000の兵士でな」
直立不動のブルネンが説明してくれる。その顔は、異常に強張っていた。明らかに緊張している。
「だいじょぶ?」
「いつもなら、お偉いさんにはウィーナレーン殿が対応してくれるんだがなぁ。今回は俺が話をせねばならん」
本来であればウィーナレーンの副官的な役割で、交渉などで表に立つことがなかったらしい。それが、急に他国の王族の相手をしなければならないとなれば、緊張もするのだろう。
それにしても、先頭にいるのが女王か? いや、他に女性もいないし、あの人が女王で間違いないのだろうが……。
「ベリオス王国の者たちだな? ウィーナレーンはどうした?」
「は! 今回は予定が合わず、同行しておりません」
「そうか。それは残念だ」
やはり、この少女がドワーフ女王か。
そうなのだ。ドワーフを率いる女王は、非常に若々しい姿をしていた。銀髪に、やや色の濃い肌が印象的な美少女である。大きい金色の瞳が、観察するようにこちらを見ていた。
若くして王位を継いだのか? それとも、最近のファンタジー作品でお馴染みの合法ロリタイプなのか?
いや、ロリと言うほどではないか。背が低いので若くは見えるが。俺の目には、背が多少低めの17、8歳ほどに見えた。
ドワーフの場合、人間よりも長寿なうえ、男性の外見がアレだ。10歳くらいから髭が生えてくるような種族なのだ。
女性の外見についても、俺たちの常識とは全く違っている可能性もあった。
ただ、その偉そうな態度に、不自然さは全くない。嫌味っぽさも、背伸びしてる感もなく、むしろ自然と頭を垂れてしまいそうになるような貫禄があった。
少なくとも、王族であることは間違いないだろう。
とりあえずはっきりと分かるのは、この女王が相当な腕前であるということだけだ。足の運びに、纏う空気。内から滲み出る存在感。
低く見積もっても、ランクAクラスであることは間違いなさそうだ。
(強い)
『嬉しいのは分かるが、あまりジロジロ見るなよ。一応、王族なんだからな』
(ん。わかった)
分かってない! ガン見すんなって! 無礼だとか言われたら厄介だから!




