768 結界
ギルマスのダルホから知りたかった情報を教えてもらい、俺たちはギルドを後にした。主に、大きな違法町の場所や、注意した方がいい勢力についてだ。
特に、竜人。
俺たちの中では、神罰を下された後は心を入れ替え、粛々と抗魔を狩っている実直な種族というイメージだった。
勿論、そういうまともな竜人も多いが、そうではない者もそれなりにいるらしい。
過去の栄光に縋り、自分たちの種の凋落を受け入れられない者たち。
その気持ちは分からなくもない。自分たちの種族の現状を受け入れられず、足掻いていたのはフランも一緒だからだ。
特に、最近産まれた世代にとっては、他人の失敗のせいで自分たちまで罰を受けなくてはならないことが納得いかないのだろう。
種の地位を向上させるために行動することは、悪くない。むしろ、当然の事だと思う。
だが、その想いが悪い方へと拗れてしまっている者たちが少数いるようだ。未だに「竜人こそが最優良種である」と言い放ち、他種族を見下すような行動を繰り返す。
場合によっては、武力に訴えるような粗暴な者もいるという。
そんな竜人との諍いが、ここ数年で増えているらしい。できるだけ関わらないようにしておこう。フランと馬鹿竜人が出会ってしまった場合、どう考えてもトラブルになる未来しか見えないし。
あと、ダルホと話している間にちゃんと抗魔カードは作ってくれていたらしい。出る時に渡してくれた。
『やっぱり、ランクS冒険者のイザリオは、東の港にいるみたいだな』
(ん。それに、アースラースの居場所が分からない)
『アースラースのことだし、無事なのは間違いないだろうが……。どこかの違法町にいるんだろうな』
ただ、フランと話しながら、俺は不思議なもどかしさを覚えていた。こう、何かを忘れているような気がしているのだ。
聞き忘れた情報とかあったか?
『うーん……』
(師匠、どうしたの?)
『何か忘れた気がするんだ。ダルホに聞き忘れたことはないか?』
(うー?)
フランも分からないか。しかし、俺たちの疑問に答えてくれる者がいた。
(オン!)
『ウルシ、どうした?』
(オンオン!)
影の中で眠っていたウルシが出てきて、何やらジェスチャーをしている。後ろ足で立ち上がると、前足を動かし始めた。右前足を上下に動かし、口のあたりを触る。
『なんだ? 口? その動作は……何かを食べている?』
(オフ!)
どうやら惜しいらしい。
『食べているんじゃなければ、何かを飲んでいる?』
(オン!)
『飲む……? ああ! 酒だ!』
ディアスに貰ったエルフの古酒! ギルドマスターに渡せば便宜を図ってもらえると言われていたんだった!
『でも、聞きたい情報も知れたし、今から戻って渡すのも……』
まあ、しばらく次元収納に入れておこう。ドワーフが相手なら、必殺の切り札になるだろうしな。
5分後。
「じゃあ、いく」
『おう』
「オフ」
ギルドを出た俺たちは、そのまま結界の前までやってきていた。
結界の中に入るにはどうすればいいかとギルドで尋ねたら、人なら普通に出入りできると言われたのだ。
特に結界に入るための術や道具、手続きも必要なく、通り抜ければそれでいいらしい。
背後は巨大な港が広がり、目の前の結界から向こうは草原。結界の中と外では全く別の世界が広がっているということを、視覚でも理解することができた。
「ふむ……」
フランが結界を軽く突く。
『ど、どうだ?』
「……なんか、へん」
『ほう?』
「オン?」
俺とウルシも、それぞれ結界にタッチする。俺の念動だと、全く何も感じられなかった。目の前に見えているのに、触れた感触はない。まるで、幻のようだった。
ウルシは、結界に触れた前足をパタパタ動かして匂いを嗅いでいる。やはり、何かに触れる感触があるらしい。
まあ、ウルシは基本的には影の中だけどな。隠密を使って魔力を隠しつつ、影にいればさすがに抗魔に察知はされないと思うのだ。
それでもダメだったら結界外でお留守番だな。
俺も、魔力を隠蔽するつもりである。他の魔剣持ちの冒険者たちは、鞘などに魔力遮断の効果を付けることで、抗魔に察知されないようにしているそうだ。
つまり、魔力を隠蔽することさえできれば、抗魔の感覚を誤魔化せるってことだろう。
数秒ほど結界をツンツンしていたフランだったが、すぐに飽きたのだろう。特に躊躇する様子もなく、するりと結界に突入した。
「なんか、サワッとした」
「オン」
ごく僅かに触れた感触があったようだ。俺が感じないということは、物理的な感覚ではなく、精神的な何かなのかもしれない。
まあ、神の張った結界だ。門外漢の俺たちに理解できるとも思えんし、考えるのはこれくらいにしておこう。
『それじゃあ、抗魔を探すか』
「ん」




