761 西部協同停泊港
「あれが、ゴルディシア大陸?」
「おう! この距離までくれば、結界の姿もはっきりと見えるだろう?」
「ん。すごい」
「オン」
フランたちが感嘆するのも無理はない。
船上から見るゴルディシア大陸は、聞いていた通り半透明のドームに覆われた姿をしている。だが、直接目にした時の感動は想像以上のものであった。
山脈と見紛うほどの巨大な半透明のドームが、海上に煙る白い霧の向こうにそびえ立っているのだ。
神の御業と言われて、納得せざるを得ない説得力がある。
どこかSFっぽさも感じさせた。超文明アトランティスの海底都市が海上へと浮上した図。そんな感じにも見えるのだ。
俺たちの乗る船は、段々と巨大ドーム――ゴルディシア大陸へと近づいていく。
「ここからはより霧が濃くなるんでな、誘導灯に従って進む」
ゴルディシア大陸の周囲は常に霧が立ち込めており、船が勝手に往来すれば事故が起きる可能性が高いそうだ。
そこで、港に灯台のようなものが設置されており、その光に沿って進むことで船の事故を少しでも減らしているらしい。
俺たちを照らしている青い光が接岸用の航路を示していて、遠くに見える赤い光が離岸用の航路の証であるそうだ。色々と考えているんだな。
ブルネンが指示のために船室に戻った後は、フランは船の舳先で飽きることなくゴルディシア大陸を見ていた。
その顔には、様々な感情が浮かんでいる。好奇心や期待感だけではなく、不安や憂いも同時に感じているようだった。
「霧、晴れてきた」
「大陸に接近しちまえば、霧はほとんど消えちまうのさ」
船が霧を割って進むと、急に霧が薄くなり、消える。
そして、想像をはるかに超えた巨大な港が、俺たちを出迎えたのであった。
バルボラの港も相当大きく感じたが、ここと比べたら大したことがないように思えてしまう。あそこでも、100隻以上が停泊できる大陸屈指の港だという話だったんだがな。
どう見ても、バルボラの港の10倍以上の規模がある。泊まっている船も、パッと見では数えきれない。
しかも、半数の船が、俺たちが今乗っているような超大型船である。巨大船が並ぶその光景は、ただただ壮観であった。
「ゴルディシア大陸、西部協同停泊港。まあ、見ての通り、世界で最もデカイ港の1つだ」
「他にも、おんなじくらい大きい港があるの?」
「あるぜ。全部ゴルディシアにな」
「?」
「ゴルディシア大陸の東西南北、全てに同等の港があるんだよ」
世界中の国々が出資し、作り上げた巨大港。全ての国々の共同管理下にある、世界を守護するための共同財産という扱いであるらしい。
ゴルディシアの施設を管理するための団体はあるが、建前上はどこの国にも肩入れしないとされている。
「建前? じゃあ、本当は?」
「別に、裏で支配している国がいるとか、そういうわけじゃないぜ? ただ、出した金の少ない小国の意思は、中々反映されないというだけさ」
共同と言いつつも、大国の意見が反映されることが多いのだろう。ただ、他国に著しく不利益になったり、ゴルディシア大陸の施設などを私物化するような国はない。
それをやっては、世界中の国々から非難を浴び、場合によっては戦争の口実にされてしまうからだ。
結局、どこの国もある程度の資金や戦力を提供し、粛々とゴルディシアの責務を果たすということしかできないのであった。
その後、港の管理員に誘導され、俺たちの乗る船はゆっくりと港に入っていく。
ああ、まだ結界を通り抜けてはいない。神の結界は、ゴルディシア大陸よりもやや直径が小さいのだ。そのため、港などのある沿岸部は結界の外に出ている。
俺たちから結界までは、300メートルほどだろう。まるで、超巨大なガラスの壁が置かれているかのような光景である。
『しかし、色々な国の船がきてるんだな』
「ん」
船を観察していると、様々な国旗が掲げられているのが分かった。
ベリオス王国のように1隻だけという国は珍しいようだ。中には何十隻もの大船団でやってきている国もある。
他国の船を観察しているうちに、入港が無事に済んでいた。ブルネンがやってきて、フランに声をかけてくる。
「下船するぞ。船の管理人員以外は、駐屯地へと移動する」
「船、仕舞わないの?」
「ゴルディシア大陸ではな。この船を港に置いておいても文句は言われんし、物資の荷卸しも必要だろう? そもそも収納庫を持ってきておらんのだ」
ベリオス王国は、海のない国だ。巨大な湖があるので船乗りはいるんだが、遠洋航海のできる人間はそう多くない。
海軍提督も、ブルネンを含めて3人しかいないし、そもそも活躍するのはゴルディシアの責務によって大陸間を移動する時のみだ。
そんな国であるから、海用の船もそう多くないし、そもそも普段から海に浮かべておくこともできない。
そこで、巨大な船を収納できる特殊なマジックアイテムを使って保管しておき、必要となった際は他国の港を借りて出航するという形を取るのである。
今回もそうするのかと思っていたが、ゴルディシア大陸の巨大な港であれば大型船を浮かべておいても問題ないらしい。
荷卸しは兵士たちに任せて、フランはブルネンとともに船を下りた。すでに下船していたヒルトたちと合流する。
「ヒルトーリア殿、荷は兵士に運ばせる。とりあえず、宿舎に向かおうと思うが、構わんか?」
「そちらにお任せします。雇われている身ですから」
「ありがたい」
ブルネンの短い言葉だったが、妙に重々しく感じた。それは俺だけではなく、ヒルトも感じたのだろう。疑問顔だ。
「ははは、強い奴らっていうのは、相応に我が強いもんだ。どこぞのハイエルフ殿とかな……」
ウィーナレーンと比べているのか。そりゃあ、アレと比べたらヒルトはお行儀よく見えるだろう。
「冒険者は基本的に自由行動と聞いていますが?」
「うちの国の場合、少数精鋭を求めているために雇う冒険者はランクB以上の場合が多くてな。下手にこちらに組み込むよりも、自由にやらせるほうが戦果が高いんだよ」
「そういうことですか」
「それに、普段ならウィーナレーン殿がいるからな。こっちに人手が必要ないってこともある」
本来であれば、ウィーナレーンが兵士数千人分の働きをするんだろう。その代りにデミトリスを求めていたわけだからな。
「……今回は大丈夫なのですか?」
「厳しいかもな。戦果面ではあんたらが頼りだ」
「そうですか……。では、我々は本隊と同行しましょう。ウィーナレーン様の代わりになるとは言えませんが、手は多いほうがいいでしょう?」
「いいのか?」
「ええ。とは言え、我らもゴルディシア大陸に慣れているわけではありませんから。ある程度の指示をお願いしたいですね」
「俺が指示を出す形で構わんのか?」
「構いません」
「そうか! 普通にこちらの指示を聞いてくれる高位冒険者は、久しぶりだ。よろしくお願いする!」
おい、そこでなんでこっちを見る。フランはちゃんと言うこと聞いてるだろ?
やっぱりこのオヤジ、フランのことを変人枠で考えてやがるな?
いいだろう。フランが素直で純粋な良い子だということを、依頼終了までに思い知らせてやる!
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