760 ゴルディシア近海
「ずずずー」
『美味いか?』
(ん)
フランが自分で取り出したデッキチェアに寝そべり、トロピカルジュースを飲んでいる。チェアの前にはウルシが寝そべり、フランの足置きになっていた。
足裏でゴシゴシとされるのが気持ちいいのだろう。フランの足でワシャワシャされて、嬉し気に目を細めている。それでいいのか、黄昏の魔狼よ。
緩やかに吹き付ける潮風に目を細めながら、青い空を見上げた。
「いい天気」
「オン」
『だなぁ。しかも、船旅でここまでトラブルが起きないことも珍しい』
(今日には着くっていってた)
ベリオス王国に帰還したフランは、大歓迎を以って迎え入れられていた。
海軍提督のブルネンなどはヒルトたちがいるにもかかわらず、「デミトリスではなく、その弟子たちとは……。よくやった! 最高の結果だぞ!」と口に出して言ったほどだ。
ヒルトたちの苦笑いが忘れられん。苦労しているんだろう。
ブルネンもさすがに失礼だと気付いたのか、しきりに謝っていたが、その顔に浮かぶ喜色は隠しようがなかった。
ウィーナレーンの代わりとなればデミトリス級が必要だが、実際に雇うとなると色々と不安な面もあったのだろう。
リターンとリスクを天秤にかけて、ギリギリリターンが勝っていたらしい。
そもそも、デミトリスが依頼を受けてくれるかどうかも分からないのだ。依頼を受けてもらっても胃が痛いが、断られても困る。複雑な心境だったのだろう。
しかし、蓋を開けてみれば、ランクAのヒルトを主力に、デミトリス流の高弟が顔を揃えている。ブルネンたちにしてみたら嬉しい誤算であったようだ。
だったら、最初からヒルトたちを雇えよと思うが、デミトリス流の高ランク冒険者たちを複数雇うというのは非常に困難である。各々が各地で活動しているために集めることも難しいし、仕事の内容によっては断られてしまう。
だったら、僅かな可能性に賭けて、デミトリスに依頼を出してみようとなったわけだ。
「ずずー」
「リ、リラックスしているな」
「ブルネン」
ジュースを飲みながらダラケているようにしか見えないフランに、呆れた感じで声がかけられる。視線を向けると、デッキチェアの横に海賊にしか見えない海軍提督、ブルネンが立っていた。
「他の冒険者であれば、しっかりと仕事をしろと怒るところだが……」
「オン!」
護衛の役目はしっかりと果たしている。何せ、ここまで出現した高位の魔獣は、全てウルシが倒しているのだ。
鮫の魔獣を持ってきた時には、ブルネンに懇願されて魔石以外は売り払ったりもした。フカヒレとか肝油とか、余すところなく利用できるらしい。
10メートル級の巨大鮫が甲板の上で解体されていく様は、なかなかに壮観だった。
今乗っている船はベリオス王国の持つ船でも遠洋航海が可能な大型の船らしく、巨大鮫程度なら数匹は載せられるだけのサイズがある。そのサイズは、湖で見た商業船団の大型船並だろう。
「黒眼鏡までかけやがって……。楽しそうだな?」
「ん。船は嫌いじゃない」
俺たちって、船旅に出ると危険なイベントが起きることが多いんだけど、フランが船を嫌うようになる様子は全くない。リヴァイアサン遭遇事件とか、トラウマになってもおかしくないんだけどね。
むしろ、船というのは楽しい場所というイメージがあるらしかった。
「はぁ……別にいいんだけどよ」
それに、既定の仕事をこなす限り、船上ではある程度自由に行動していいという契約を交わしている。多少リラックスしたところで、文句を言われる筋合いはないのだ!
まあ、船乗りたちが忙しくしている横で、バカンス気分にしか見えない格好で寝そべっていたら何か言いたくなるのは仕方ないと思うけどさ。
「残り少ない船旅を楽しんでくれや。どうせこっから先は、大した危険はねーしな」
「そうなの? 魔獣は?」
昨日までの数日間は、それなりに強力な魔獣も姿を見せていた。以前の船旅みたいに、クラーケンや水竜に連続して出くわすほどではなかったが、脅威度Cの船喰い鮫なども出現したのだ。
それとも、なんらかの理由で生息する魔獣の種類がガラリと変わるのか?
「こっから先、魔獣は何故か出てこねー。結界の効果だって言われているが、真偽は分からんな」
ゴルディシア大陸の周囲の海域では、ほとんど魔獣が出現しないらしい。
明確な理由も分かっていないので、誰かが言い出した神の結界のおかげであるという説が、なんとなく信じられているということだった。
「海賊もまあ、この辺で仕事をするような馬鹿はいないな」
「なんで? 色々な大陸から船が来るんでしょ?」
魔獣がいないお陰で隠れていやすいし、襲いやすそうな船はいくらでもあると思うが? 中には、兵士の少ない物資の輸送船などもあるだろう。
「あのなぁ。ゴルディシア行きの船を襲うってことは、ゴルディシアの責務を果たそうとしている国々に、真っ向から喧嘩を売るってことなんだぞ? 面子にかけて、世界中の海軍がその海賊を潰しに動くだろう」
海賊に舐められるわけにはいかないだろうし、確かに各国が動くだろう。もしゴルディシア行きの船が襲いやすいなんて話になって海賊が横行し始めたら、物資の補給にも影響が出るだろうしな。
昔は気骨のある海賊もいたらしいが、血の雨が幾度となく降ったことで世界中の海賊たちが理解したらしい。
ゴルディシアの周辺は海賊にとっての鬼門であると。今では、どんな海賊でもゴルディシア近海には近づかなくなったという。
「少し霧が出てきた。ゴルディシア大陸に接近した証拠だ。あと1時間もせず陸が見えるだろう。そろそろ準備をしておいてくれ」
「だいじょぶ。全部仕舞えるから」
目の前でジュースを次元収納に仕舞ってみせると、ブルネンは羨望の眼差しである。
「かぁー。恐ろしいほどに有能だな。やっぱりうちの国に所属せんか? 伯爵位くらいなら俺が上に掛け合ってやるぞ?」
「いらない」
「だよなぁ」
ブルネンは本来であればずっと船に乗って海――ではなく、湖に出ていたいらしい。しかし、出世したことでデスクワークが増え、船に乗る機会が全くなくなってしまったそうだ。
爵位を「いらない」と切り捨てたフランに対し、むしろ共感するような表情である。
「向こうに着いたら、とりあえず駐屯予定地で一晩休息。その後は向こうの情勢次第だが、最初の行軍には付き合ってもらうからな?」
「わかってる」
ゴルディシア大陸では基本自由行動だが、いきなり放流とはならない。まず、向こうで割り当てられるベリオス王国の担当区画で、兵士たちと共同で狩りを行うことになる。
ゴルディシアに不慣れな兵士たちが慣れるまでの、おもりという一面もあるようだった。そこで一定の戦果を上げれば、晴れて自由の身になるのである。
「楽しみ」
「そう言える人間がこの世にどれだけいることか……。やっぱ、高ランク冒険者だな」
バカンスフランを見た時以上に、呆れた様子のブルネン。
それって、フランがあまりにも強過ぎて、少し呆れちゃってるだけだよな? 他の高ランク冒険者どもと同じように、変人だって意味で呆れちゃってるわけじゃないよな?
フランを奴らと一緒にするんじゃない!
転剣のコミカライズ最新話が更新されています。
6/30 12:00 までは無料なので、よろしく願いします。




