759 ベリオスでの再会
「見えた」
『予定よりも早かったな』
「ん」
エリアンテの追撃を振り切って、なんとかヒルトたちを連れて王都を脱出した数日後。俺たちは魔術学院のある都市、レディ・ブルーに到着していた。
クランゼル王国とベリオス王国の国境を越えて数日が経ち、すでに暦は6月へと足を踏み入れている。
いやー、それにしても、エリアンテがしつこいのなんのって。
フランを追っかけるよりも仕事をしたほうがいいんじゃないかと思ったんだけど、溜まっていた鬱憤が爆発してしまったのだろう。
仕事へのストレスに、信頼していた仲間が去ったことへの寂しさ。ナイトハルトに対しては裏切られたという気持ちもあっただろう。
まあ、ナイトハルトがエリアンテに何も話さなかったのは、彼女を守るためだと思うけどね。何も知らなければ、ナイトハルトの一味とされ、巻き込まれる危険性は減る。
嘘判別スキルがあるこの世界なら、本当に何も知らないと証明できるのだ。
今頃は、王都でブツブツ文句を言い続けながら、仕事をしていることだろう。
エリアンテのせいでガルスたちへの挨拶もできんかった。残念である。しかし、彼女を責める気持ちは湧いてこない。
エリアンテの気持ちは、痛いほど理解できるのだ。
無茶ぶりばかりの無能上司……終わらない書類仕事……社内規定とか謎の奴隷契約によって何故か発生しない残業代……仕事を押し付けてさっさと逃げ出すクソども……。
『うっ! 頭が!』
(師匠?)
『いや、なんでもない』
危ない危ない、ダークサイドに墜ちそうになっていた。ともかく、エリアンテよ頑張れ! 俺は応援しているぞ!
俺が心の中でエリアンテにエールを送っていると、ヒルトが何かを発見したらしい。
「あれが、学院都市なのね」
確かに、記憶にある外壁が山の向こうに見えていた。
「ヒルトは初めて?」
「ええ。ベリオス王国には何度かきたことあるけど、あの都市は初めてね。私たちに依頼されるような高ランク依頼は、かのハイエルフが全て片付けてしまうから」
「なるほど」
ヒルトらデミトリス流の面々も一緒である。その数7人。少ないと思うかもしれないが、そこは質で勝負だ。
「コルベルトは?」
「俺は何度かきたことがあるぞ。フォボスはどうだ?」
「僕も、ないですよ!」
「そういえばお前は、クランゼルから出た経験もあまりないか」
「そう、ですぅ!」
当主の座を継承したヒルトと、その強権によって半ば無理やり復帰させられたコルベルト。若手のホープというフォボスに、4人の高弟たち。
ランクAが1人に、ランクBが2人。ランクCが3人に、ランクDが1人という、実力者集団となっていた。
一番の足手まといが、冒険者なら中堅と言えるランクDのフォボス君だというのだから驚きだ。
フォボス君がもう少し速く走れれば、もう2、3日早く到着できただろう。
まあ、そもそも馬などを使わず、駆け足でウルシの後についてこようというのが無茶なんだが。デミトリス流の人間にとっては、当たり前の移動方法であるらしい。
これも修行の内ということであるようだ。
限界が訪れる度にポーションを飲まされてまた走らされる姿には、憐憫の気持ちしか湧かなかった。
なのに、フランが興味を持っているのはなぜだろうか? そのうち、ウルシの横を自力で走り出すかもしれない。
「ほら、頑張れフォボス。町に着いたら少し休憩できるぞ」
「はぃぃ!」
頑張れフォボス君。頑張り過ぎて予定よりも早いせいで、ウルシに乗せてやることもできんが。予定より遅れていれば、運んでやらなきゃいけなかったんだけどね……。
2時間後。
無事にレディ・ブルーに到着した俺たちは、ウィーナの下を訪れていた。同行者はいない。ウィーナが弱体化しているという情報は、最重要機密だからだ。
ヒルトもコルベルトとデートしたいだろうしな。いや、気持ちはまだ伝えていないから、表向きはお嬢様と荷物持ちだけどさ。なんだあの甘酸っぱい空間は! 砂糖吐くわ!
「久しぶりねフラン、師匠」
「ん」
『元気そう――ではないな』
「ふふ。仕方ないわ」
ウィーナは顔の右半分と、右腕に包帯を巻きつけた、痛々しい姿をしている。相変わらず、右腕は動かないようだ。
魔力の波長も乱れており、生命力も低かった。何も知らなければ、病気だと思ってしまうかもしれない。前借りの影響は残ったままであるようだ。
「同行者はデミトリス流の人間で間違いないかしら?」
「わかるの?」
『精霊魔術か?』
「精霊魔術と言うか、レーンよ。あの子と同調することで、感覚を共有できるから」
『さすがだな』
精霊術師は、使役する精霊の目と耳を通して情報を得ることができるという。
力が大幅に低下しているとはいえ、ウィーナとレーンの仲であればかなり離れていても同調が可能であるらしい。
「ただいまー。フラン、師匠、お久しぶりですね」
「レーン。久しぶり。元気?」
「まあ、元気と言えば元気かしら? これだけのんびりとした気持ちになれるのは、フランたちのおかげよ」
精霊のレーンがそう言って微笑む。その透明感のある笑みは、まさに湖の乙女という感じだ。
「デミトリスの話は、私も聞いているわ。あの娘たちが、その替わりというわけね?」
「ん」
『デミトリス流の現当主たちだ。デミトリス本人には劣るんだが……』
ウィーナたちからすれば、自分と伍すると言われていたランクS冒険者から、その孫娘のランクAたちに代わってしまった。力不足と感じてしまうのは仕方ないだろう。
俺はそう思っていたんだが、ウィーナたちは違う意見があるらしい。
「言うことを聞かないランクSと、言うことを聞くランクAやランクB。正直、どっちが役に立つかと言われたら……」
『後者ってことか?』
「そうね。私も人のことは言えないけれど、国はこっちのほうが嬉しいでしょうね」
『まあ、気持ちは分かる。デミトリスを見た後だからな』
あの爺さんが国の下で大人しく戦うとは到底思えない。多大な戦果をもたらすとともに、いらぬ騒ぎを起こしそうだ。
他国の貴族や冒険者と揉めるくらいなら可愛いもので、貴族殺しくらいは平然とやりそうな怖さがある。
そう考えたら、ヒルトのほうが断然御しやすいだろう。反面教師を間近で見ているからなのか、依頼に対して真面目で真摯なのだ。
今回もフォボスの修行をしつつも、依頼期日には絶対に遅れないようにと細心の注意を払っていた。
「私だけではなく、国としても同じ意見でしょうね」
『ならいいんだが』
その後、レーンと軽く世間話をした後、俺たちはお暇することにした。
『それじゃあ、俺たちはもう行くよ。余裕はあるけど、道中で何があるか分からないし』
「ああ、ちょっと待って。1つお願いがあるのよ」
「お願い?」
「これをゴルディシアに持っていってもらいたいの」
ウィーナが取り出したのは、1つの封筒だった。樹のマークの封蝋が捺され、全体から微かに魔力が感じられる。席をはずしている間に用意したらしい。
「これは? ウィリアム?」
「ウィリアムは、ゴルディシアの管理委員会の顧問魔術師よ。私の弟子の1人なんだけど、彼にその手紙を渡してほしいの。成功報酬で10万ゴルド。どうかしら?」
「別にかまわない。いいよね?」
『ああ。手紙を次元収納に預かるだけだからな』
「封蝋は開けないように気を付けてね」
「ん。だいじょぶ」
ゴルディシアでの用事がまた増えたな。
フランのご両親の墓参りに、トリスメギストスの探索。神剣の所持者を訪ね、抗魔を狩る。それに、ゴルディシアにはアースラースとベルメリア、フレデリックもいるはずだ。
今から楽しみであり、怖くもある。ゴルディシアでは、どんな冒険が待っているのだろうか?




