758 王都での一幕
アマンダからフランの両親についての情報を聞いた翌日。
俺たちはアレッサを発っていた。
ああ、アマンダとネルとは、盛大なお別れ会を済ませているぞ。クリムトたちに会えなかったのは残念だが、次にきた時に挨拶すればいいだろう。
『にしても、フランがすでにゴルディシア大陸に行ったことがあるっていうのは驚いたな』
「ん」
フラン自身も、自分が住んでいた村がゴルディシア大陸にあったとは思いもしなかったらしい。本気で驚いていた。
だが、トリスメギストスの話を知っていたし、幼かったフランが覚えていないだけで、色々と教えてもらっていたのかもしれない。
『地図も貰ったし、ゴルディシアでやることが増えたな』
「お墓参り!」
『ああ、そうだ』
「オンオン!」
そんな俺たちは、クランゼル王国の王都へと向かっていた。
デミトリス流の面々が、王都に喚ばれたと聞いたのだ。今回の大事件を、王都も放置できなかったということらしい。
ただ、ウルムットにいる間にすでに罰則などは決まっており、あくまでも王都で取り調べたという実績作りがメインであるらしい。
国家として重く見ているという、内外へのアピールなのだろう。
俺たちの目的は、取り調べが終わったヒルトたちと合流し、一緒にベリオス王国へと向かうことだ。
『オーレルは平気だと言っていたが、王都がどう判断するかによっては、拘束時間が延びる可能性もあるからな』
「ん」
その場合、ヒルトたちの予定を確認して、ベリオスと調整せねばならないだろう。
最悪、フランが間に入って、ベリオス王国がヒルトたちを雇う予定であると伝えなくてはならないかもしれない。
これでも多少の伝手はあるので、ベリオス王国の意向を国の上層部に伝えるくらいはできるだろう。
だが、俺たちの心配など杞憂であった。ヒルトたちが王都に到着して2日。それであっさりと拘束を解かれていたのだ。
事前協議通りで、互いが納得したらしい。ヒルトと数人の護衛はゴルディシアに向かい、他の弟子たちはしばらくの間クランゼルに留まって依頼を受ける。そんな形になっていた。
国とはこれで手打ちだろう。怒らせるようなことにならずに済んでよかったのだ。ただ、それとは別に、激怒する者がいた。
「ぐぬぬぬ……。あの蟷螂野郎ぉぉっ!」
「落ち着いて」
「オン」
「これが、落ち着いてられますか! ナイトハルト団長――いえ、ナイトハルトめ! 次会った時、絶対に泣かす!」
俺たちの前でそう怒鳴り散らすのは、髪の毛を戦闘色の紫に染めたエリアンテだ。
ギルドマスターの執務室だから多少の防音設備はあるだろうが、絶対に外まで聞こえてるだろう。
一応、ナイトハルトのことをエリアンテに伝えておいたほうがいいだろうと思って、ギルドにやってきたんだけどさ。
俺たちが迂闊だった。怒るだろうとは思っていたが、根掘り葉掘り、あることないこと全部報告させられたのである。
ササッと報告して、エリアンテの怒りが発動する前に逃げるつもりだったんだけどね……。
「確かに、ナイトハルトはレイドスに行った。でも、それは仲間のため。怒らないであげて」
その発言からも分かる通り、フラン的にはナイトハルトやシビュラのことも恨んだり怒ったりしていないようだった。
レイドスへの怒りよりも、個人的な好意のほうが勝っているのだろう。ナイトハルトのことを庇うような言葉を口にする。
「えーえー、私だってその点はむしろ喜んでいるのよ? 死んだと思っていた昔の仲間が生きていたんですもの。むしろ、どんな手段を使ってでも、助け出したい。仇に手を貸すことになったとしてもね」
おや? てっきり敵と手を組んだことに怒っているのだと思ったが、違うっぽい?
「あの蟷螂男! ロビンたちに予め指示を出してやがったの! そりゃあ、私はもう退団したんだし、部外者よ! でも、少しは事前の説明があってもいいと思わない?」
ロビンはロブスターの半蟲人で、触角と甲殻に所属している傭兵5人組のリーダー的な役割をしていた男である。
王都の事件では、ともに戦った仲だった。
ちょっと前までは、かつての仲間であるエリアンテを手助けするため、王都に残って活動していたはずだ。
今は王都を出てしまったようだが、それはナイトハルトの指示だったらしい。自分がレイドス王国に行く前に、仲間をクランゼルから脱出させたのだろう。場合によっては、拘束されたりする可能性もあるのだ。
エリアンテは、自分に対してなんの説明もなかったことに怒っているらしい。仲間外れにされた気分なのかもしれないな。
そう思ったら、違っていた。
「ロビンたちがいなくなるって分かってたら、もっと仕事を詰め込んでたのに!」
「仕事?」
「そうよ! あいつらに任せる予定だった仕事が、まだ大量に残ってるのよ!」
そんなこと言っているが、多分照れ隠しなんだろう。本当は、仲間外れにされて拗ねているに違いない。
「押し付け損ねた! 先に言っておいてくれれば……!」
エリアンテがそう叫んで、自分の執務机をダンと叩く。え? ヒビ入ったんだけど。照れ隠しに怒ってるんだよな? マジギレじゃないよな?
「……ただでさえ、クソアシュトナーの起こした事件のせいで人手が足りてないのに! 人手……人手さえあれば……」
「ん?」
「オ、オン?」
正気を失いかけているエリアンテの目が、フランとウルシを捕捉した。
「人手……」
あかん、完全にフランたちをこき使う算段を付けている目だ。
「武闘大会優勝者、巨大化できる狼……仕事、捗る……」
こ、言葉がなぜか片言に! 怖っ!
『逃げるぞ!』
「? わかった」
「あ! ちょっと待って! 少しお話ししましょう!」
「もう時間がない。ヒルトたちと合流しないといけない」
「少しだけ! ほんの数週間手伝ってくれるだけでいいから!」
数週間をほんのって言わねぇよ!
『フラン! ウルシ! 走れ!』
「ん!」
「オン!」
「あー! 待ちなさい! 待ってぇ!」




