755 ジャンの次はアマンダ
『さて、久しぶりにアレッサにきたな。まずは冒険者ギルドにいこう』
「ん」
「オン!」
さすがにまだ情報が浸透していないのだろう。アレッサの町中を歩いていても、騒ぎが起きたりはしない。
商人の中には知っている者もいるのだろうが、フランを見て優勝者だとは気付けないようだ。見た目は可愛い少女だからな。
久しぶりに町中をのんびり歩きながらギルドに向かっていると、見知った顔が前から歩いてきた。
いや、フランの気配を察知して、こちらに向かってきていたのだろう。
「フランちゃん!」
「アマンダ」
「久しぶり! 会いたかったわ!」
「むぎゅ」
一切足を止めることなく、アマンダはフランに抱き付いた。
「ギルマスから聞いたわよ! 武闘大会優勝おめでとう!」
「むぐ」
「でも。大丈夫だった? たくさん怪我したんじゃない?」
「もっが」
「フランちゃん?」
「ぬ……」
アマンダの豊かな胸に抱きすくめられ、呼吸ができていないらしい。しかし、悪意がないから無理やり剥がすこともできないのだろう。
『あー、そろそろフランが苦しそうだから、ちょっと緩めてやってくれ』
「ああん! ごめんね! フランちゃん大丈夫?」
「ん。へいき」
窒息させられかけたというのに、フランは機嫌よさげに笑っている。
「まさか優勝しちゃうだなんて。頑張ったわね!」
「ん。がんばった」
「でもね、世の中強い奴はたくさんいるわ。それで、慢心しちゃだめだからね?」
「ありがと。気を付ける」
「うふふふ。フランちゃんには大きなお世話だったかしら? 分かってるなら、それでいいのよ」
アマンダと会話をするフランは、本当に嬉しそうだ。数少ない、甘えられる相手だからだろう。
「とりあえず、冒険者ギルドに行かない? 向かってたんでしょ?」
「ん」
そうして俺たちは、冒険者ギルドへと移動した。道中で冒険者とすれ違うが、フランのことは分かっていないようだ。
クリムトやアマンダは魔導通信で知っているが、普通の冒険者たちにはまだ広まっていないっぽかった。
「あと数日遅かったら、お祭り騒ぎだったかもねぇ」
『それは勘弁だな』
「今日で良かったわね」
「ん。アマンダもいたし」
「本当よ! 私、明日にはまた北に出ることになってるんだから! 今日出会ったのは運命よ!」
テンション高すぎてクルクル回ったりして周りの注意を集めるランクA冒険者を引き連れて、ギルドに辿り着く。すると、再び見知った顔に再会した。
「おっと、フランさんですか。お久しぶりです」
地味系細目エルフ男子、フリーオンだ。以前、ダンジョンの調査を合同で行なったことがある。
精霊魔術を使っていたことと、エルフなのに地味な外見をしていることで、逆に印象が強かった。
「ん。フリーオンも」
なんと! フランがフリーオンを覚えていた! 同じ依頼を受けたはずのクラッドのことは完全に忘れていたのに……。やはり精霊魔術使いということで、印象が強いのかな?
フランがフリーオンの顔――ではなく、肩のあたりをじっと見つめる。俺も気になっていたのだ。明らかに、精霊がいた。
以前は気付けなかった感覚だ。
しかも、結構強い精霊だろう。中級精霊くらいの力はあるのではないか?
「もしかして、精霊が?」
「なんとなくだけど」
「それは素晴らしいですね。その感覚を鍛えれば、精霊魔術を使えるようになるかもしれませんよ?」
「頑張る」
フランがフリーオンと話をしている間に、アマンダが受付のネルさんと何やらやり取りをしている。
「ギルマスと会える?」
「無理よ。今、王都から役人が来ていて、ドナドロンドさんと一緒に対応中よ」
「あ、そういえばそんな話あったわね」
「あなたが面倒だって言って断ったから、相手がお冠なのよ」
「仕方ないわねぇ。ごめんねフランちゃん。ギルマスは仕事中だって」
「仕事なら仕方ない」
「そんなことよりも、フランちゃんおめでとう!」
受付嬢のネルさんが、カウンターから身を乗り出すようにしてフランの優勝を祝ってくれた。この人は、出会った頃からフランを可愛がってくれるよね。
まあ、ガサツで汗臭い冒険者ばかりの中に、フランみたいな美少女がいたら贔屓したくなるのは分かるけどさ。
「ありがと。知ってるの?」
「勿論よ。受付の特権ね」
ギルドの職員たちは、フランが優勝したという情報を知っているようだ。言われてみると、他の受付たちの憧れの視線のようなものを感じる。
フランも、知り合いに褒めてもらえるのが嬉しいのだろう。嬉しそうに笑っていた。
「まさか、一緒にダンジョンに潜った少女が、たった1年で武闘大会で優勝してしまうほど強くなってしまうとは……。思いもよりませんでした」
「? フリーオンも知ってるの?」
「え、ええ。私はこれでも情報通なのです」
「おー、凄い」
他の冒険者はフランの優勝について知らないようだが、最年少優勝者というのはそれなりに大きなニュースだ。情報収集をしっかりと行なっていれば手に入るものなのかもしれない。
「うーん……。それじゃあ、私と軽く模擬戦しない? 町の外で」
アマンダがそんなことを提案してきた。妙に真剣な表情に見えるが、気のせいか?
戦闘大好き少女のフランが、模擬戦の誘いを断るはずもない。間髪容れずに頷いていた。
「わかった!」
「うふふ。じゃあ行きましょ」
「模擬戦はいいけど、やり過ぎて初心者の狩場を荒らさないでよ!」
「大丈夫よ! ね、フランちゃん」
「ん」
「信用できない!」
ネルさん、正解。まあ、俺が気を付けておこう。