754 ジャンとの再会
『いやー、スゲー人数だったな』
「ん。おどろいた」
「オン」
決勝の2日後。
宿の周囲に人が増えてきてしまったので、俺たちはウルムットを旅立つことにした。
知人たちへの挨拶は既に済ませているし、問題ないはずだったんだが……。
まさか、町の門にあんなに大勢の人間が待ち伏せているとは、思いもしなかった。順番を待っている間に周辺の人の数が膨れ上がっていくので、ちょっと怖かったね。
フランと縁を繋ぎたい商人や貴族だけではなく、優勝者であるフランを見送りたい住人なども集まってきてしまったらしい。住民ネットワーク侮り難しである。
結局、門の警備兵たちが機転を利かせて、フランを特別扱いで通してくれたから事なきを得たが……。
もう少し遅かったら、我慢の限界に達した野次馬たちに揉みくちゃにされていたかもしれない。
グッジョブ、警備兵さん!
『ここからどうする? ベリオスとの約束まで、まだ半月くらいはある。急いで戻るにしても、どこかに寄り道するくらいの余裕はあるけど』
「バルボラは?」
『さすがに逆方向だからなぁ』
「むぅ。じゃあ、アレッサ。前はアマンダに会えなかったから。今度こそ会う」
『じゃあ、まずはアレッサに向かうか』
「ん! ウルシ、ゴー!」
「オンオン!」
道中は非常に快適だった。強い魔獣も出現しないし、ウルシとフランなら多少の悪路は――というか、山だろうが谷だろうが一直線なのだ。
道中、結構寄り道を繰り返したのに、10日でアレッサに辿り着いてしまった。近くに温泉がある村があるって聞いたら、行っちゃうよね。
「なんか、変なのある」
『うわぁ。なんじゃあの邪悪さ満載の骸骨馬車は』
アレッサの正門の前に、凄まじい存在感を放つ馬車が停まっていた。
なんと、全部が骨でできているのだ。車輪も車体も馬も、全てが骨だ。御者も当然ながら骸骨――スケルトンであった。
ボロボロのローブを被ったスケルトンが、骸骨馬から伸びた、骨を繋いで作った手綱を握っている。しかし、門番が戦闘態勢にないということは、敵ではないのだろう。どっからどう見ても、邪悪の極みなんだがな……。
俺たちが警戒しながら馬車に近づくと、スケルトンがこちらに反応した。
「おヤ? フランさんではありマせんカ?」
普通なら驚くところなのだろうが、俺たちには心当たりがあった。
「もしかして、ジャンの?」
「はイ。ベルナルドでス」
ジャンの従者をしていたスケルトン、ベルナルドだった。浮遊島の件では、世話になったのだ。
正直、スケルトンは見分けがつかないので、全く分からんかった。
「おうわさはかねがネ。ごかつやくのようですネ」
「ありがと」
『ジャンはいないのか?』
「いらっしゃいマすヨ?」
「?」
ジャンの気配なんかしないが――。
「ふははは! 久しぶりだな! フラン君! ウルシ君!」
「!」
「ガル!」
突如背後で上がった哄笑に、フランがビクリと体を震わせる。振り返ると、そこにはボロボロのローブを着込んだ不審者がいた。
「ジャン」
「うむ! 健勝なようでなによりである! 相変わらず、よきアンデッドの素材になりそうで、嬉しいぞ!」
俺たちにさえ、その気配を感じさせないとは。相変わらず気配完全遮断スキルを使いこなしているな! そんだけ髑髏のアクセサリーをジャラジャラ付けてて、音が鳴らないのは異常だろ。
「師匠君も久しぶりだ」
『ああ、会えてうれしいよ』
小声で俺にも挨拶をしてくれる。こういう気遣いができるのに、なんでエキセントリックな態度は直らないんだろうな。
「レイドス王国の刺客に関しての情報、助かったぞ。おかげで対策ができた!」
ネームレスの情報はちゃんとジャンに伝わっていたらしい。
あの強力なアンデッドに狙われてしまい、ジャンは無事なのか。それがずっと心配だったのだ。
ジャンは優秀な死霊魔術師であり、戦場ではアンデッドの大群を率いることで『皆殺』の異名を与えられるほどの活躍を見せる。
冒険者としての経験と知識、死霊魔術師としての高い技量。それに天才的な気配遮断技術を組み合わせることで、戦闘もこなせる。それがジャンだ。しかし、それは本人にとってはおまけであろう。
ジャンの本質は研究者である。
実際、戦闘のための鍛錬などをしている様子はないし、戦闘は数ある手段の1つでしかないはずだ。
目の前にいるジャンからは、武の匂いが感じられない。鑑定せずとも、足の運びなどを見れば武術の腕前がそこそこでしかないのは分かった。肉体的なステータスも低いだろう。
死霊魔術を使いこなす武術特化型アンデッドであるネームレスは、正にジャンを倒すためのアンデッドだった。
「君たちには、特別に我の新たな僕を見せてやろう! 起きろ、マーク!」
「ウアァァァ」
『うぉ!』
「!」
「オフ!」
ジャンの声に呼応して動き出したのは、ジャンの羽織るローブであった。いや、その下に着込んでいる、骨の鎧が動き出したのだ。
「ふははは、驚いたかね?」
「凄い」
「浮遊島で得た骸骨騎士の素材などを使い生み出した、新たな特殊アンデッド。その名もマークである!」
マークの能力は非常に面白い。まずは、鎧としての高い性能を有している。元々硬い素材であるうえに、物理耐性などのスキルを有しているのだ。
普通の剣では傷一つ負わないだろう。さらに死霊耐性もあり、相手の死霊魔術を防いでくれるはずだ。
もう1つ目立つのが、高い近接戦闘能力である。背中から生えるように、腕が4本も付いていた。
その腕は人間に近い形状をしていながら、より太く、長い。伸ばせば2メートル以上あるだろう。普段は肘を下に向ける形で折り畳まれているようだ。
この腕の真価は高い腕力ではなく、それぞれの腕に武器を握って戦えるということだった。しかも、武術スキルのレベルも高い。剣聖術まで所持しているのだ。
これは、浮遊島で戦ったレジェンダリースケルトンの力だろう。ジャンの弱点を完全に補ってくれるアンデッドだった。
凄まじい性能だ。さすがジャンである。
「おっとぉ。我はそろそろ行かねば!」
「依頼?」
「うむ。少々緊急のな!」
急ぎの救援依頼で、すぐに発たねばならないらしい。ジャンがひらりと馬車に飛び乗った。
「では、我は行く! また会える日を楽しみにしているぞ! ではな! ふはははは!」
「ばいばい!」
「オンオン!」
「さらばだぁぁ!」
ジャンを乗せた骸骨馬車が、凄まじい速度で街道を駆け出した。
異様な速度で街道を駆け抜ける、不気味な骸骨の馬車。御者スケルトン付き。すれ違った人たちが恐怖に戦くことは確実だろう。
街道に出没する骸骨馬車の怪! みたいな感じで、怪談が作られているんじゃなかろうか?
『嵐のような男だったな』
「ん。もっと話したかった」
フランは残念がっているけど、俺はこれくらいでちょうどいいかな? ほんの数分で、お腹いっぱいだよ。