表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
755/1337

753 フランとカレー天国


『ほれ、ウルシ。今回は頑張ったからな。ご褒美の超絶激辛カレーだ』

「オンオンオン!」

『ちょ、待て! まてまて! まだ床に置いてないだろう! 宿が汚れる!』

「オンオン!」

『腹が減ってるって? 途中でおやつを出してやっただろ?』

「オン!」

『わかったから! ほれ!』


 考えてみれば、ちゃんとした食事は半日ぶりだ。決勝戦での激闘を経て、カロリーが足りていないのかもしれない。


「師匠」

『あー、分かってるよ。だからそんな目で見るなって』


 ウルシの食べているカレーの匂いに腹を刺激されたのだろう。グーググーという音を響かせる腹を撫でながら、フランが切なそうな目で俺を見つめてくる。


 食事の催促顔じゃなかったら、きっとモテモテになれるだろう。いや、普段からフランは超可愛いけどね?


『優勝おめでとう! 超大盛カレーだ!』

「おお~」

『トッピングも好きなだけ追加していいし、お代わりも自由だ! 今日は好きなだけ食べていいぞ!』

「いいの?」

『優勝祝いだからな! なんなら、甘口、中辛、辛口に、牛、豚、鶏、魚、羊、海老に――とにかく、全種類ちょっとだけとかでもいいぞ!』


 普段ならお行儀が悪くて禁止している食べ方も、今日だけは解禁だ!


「まじ?」

『マジだ。今日だけは、フランが気の向くまま、好きな食べ方で、好きなだけ食べていい!』

「おおぉ……」


 感動の面持ちのフランが、プルプルと震えている。ここまで感動しているフラン、久しぶりに見た。


「天国はここにあった」


 大袈裟な!


 だが、フランは本気であるようだった。真剣な顔で、早速カレーを食べ始める。


「……来年も優勝する。カレー天国を再び味わうために」

『が、がんばれ』

「ん。そのためにも、強くなる。もぐもぐ」


 そんなキリッとした顔で言われても……。


 戦闘中と同じくらい、気合の入った眼差しだ。


「まずはゴルディシア大陸でもぐもぐ、修業するもぐもぐ。カレーのためならもぐもぐ、どんな過酷な試練にも耐えてみせるもぐもぐ」

『そ、そうか』

「ん」


 ま、まあ、モチベーションが上がるのはいいことだよな。理由はどうあれ。


「もぐもぐ!」

「モグモグ!」

『うぉぉい! フラン! フライのカスが落ちてるから! ウルシ! カレー飛んでる!』


 念動で食べかすを受け止めつつ、浄化の魔術で即座に絨毯や家具を綺麗にする。なにせここは、ウルムットの最上級宿のスイートルームである。


 これは、フランに接触しようとしてくる商人や貴族、その他諸々をシャットアウトするための措置だった。


 ディアスが話を通して、宿代ギルド持ちで準備してくれたのである。


 俺たちだってそこそこいい宿に泊まっていたんだが、貴族までも断るとなると、ここの宿でなくてはならないらしい。


 フランたちはふかふかなベッドや絨毯にご満悦だったが、俺は心が休まらない。もうね、調度品とかが豪華すぎて、フランたちがはしゃぐたびに無いはずの胃が痛むのだ。


『うん? 誰かくるな。この魔力は……』

「ルミナ!」


 フランが口に入った米粒を飛ばしながら叫んだ直後だった。


 トントン。


 部屋のドアがノックされる。俺が念動でドアを開けると、そこには小さな人形が立っていた。人の形――それも黒猫族の特徴を備えた、全長20センチほどの人形だ。


 小さい女の子がオママゴトにでも使いそうな、可愛らしい姿をしている。俺たちにはその人形に見覚えがあった。ついでに、人形の発する魔力にも覚えがある。


 ダンジョンマスターである黒猫族のルミナが、外出する際に憑依する人形だった。以前、この人形の姿で、オーレルたちと会議をしているところを見たことがある。


『明日にでも会いに行こうかと思っていたんだが、わざわざ来てくれたのか?』

「うむ」


 トコトコと歩いて部屋に入ってきた人形が自分で扉を閉め、ジャンプしてテーブルに上った。


「武闘大会は、この人形の目を通して全て見た。強くなったな。同じ黒猫族として、誇らしいぞ」

「私だけの力じゃない。師匠とウルシがいたから、勝てた」

『いやいや、フランの頑張りのおかげさ。俺たちがどれだけ力を貸したって、フランの心が折れたらそこで終わりなんだ。最後まで闘志を失わなかったフランが一番凄いんだよ』

「オン!」

「ありがと」

「ふふふ。相変わらず仲が良いことだ。師匠よ、フランのことを頼むぞ? 優勝者となったことで、周りがうるさくなるだろうからな」


 なんと、フランが来る僅かな可能性に賭けて、ダンジョンの中で待っている奴らもいるらしい。それだけ、優勝者との伝手というのは魅力的なのだろう。冒険者を雇った商人までいるというから驚きである。


 そんな様子を見て、ルミナから会いにきてくれたようだ。


「む、もぎゅもぎゅ、またくる」

『オーレルと、ケイトリーだな』


 もう面倒だから、先にドアを開けてしまおう。すると、緊張した面持ちで部屋のドアをノックしようとしていたケイトリーが、驚きの表情で固まっていた。


「え?」


 ごめんなケイトリー。


「中入っていいよ」

「邪魔するぜフラン」

「お、お邪魔します」


 オーレルに手を引かれ、ケイトリーが入ってくる。フランがこの町を発つ前に、ケイトリーと会わせてやろうと考えたっぽいな。


 ケイトリーは少しの間もじもじしていたが、すぐに意を決した表情になると、フランの前に立って頭を下げた。


「ありがとうございました。聞きました。私を助けるために、探し回ってくれたって。お姉様は、決勝での傷が癒えていなかったのに……」

「礼はいらない。結局、助けたのはシビュラ」

「でも、私のために駆けまわってくれたことに変わりはありませんから。だから、ありがとうございました」

「ん……。ケイトリーは冒険者になる?」


 照れたフランが、露骨に話題を変えたな。ケイトリーと接しているフランは珍しい反応が多いから、新鮮だね。


「は、はい。そのつもりです」

「頑張って。ケイトリーなら、きっと良い冒険者になる」

「はい。がんばります!」


 これで緊張が取れたのか、ケイトリーが笑顔でフランと話し出す。あのフランがカレーを自ら勧めたくらいだから、よほどケイトリーのことが気に入っているんだろう。


 ああ、そんなケイトリーだけじゃなくて、オーレルにもカレーを食べさせてやってくれ。老人の寂しげな表情とか、見てるだけで胸が締め付けられるから!


「お姉様。次はゴルディシアに行くのですか?」

「ん。そのつもり」

「お気を付けください。とても危険な場所だと聞いていますから」

「ありがと。でも、大丈夫」


 自信満々で言い切るフランを、眩しそうな眼差しで見つめるケイトリー。


「いつか……」

「?」

「いつか、お姉様と一緒に戦えるくらい、強くなってみせますから、だから……」

「ん。待ってる。ケイトリーが一人前の冒険者になったら、一緒に冒険しよう」

「はい!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
まぁ正直次代といっても…何歳差やろ?あって数年よな…?
こうして 次代にバトンは 繋がれて行くのですね ・・・
[良い点] カレー天国云々のくだりあわせて全部超可愛い! ウルシ(言うまでもないけど)頑張ってるからこう言うとき存分に甘やかされて欲しい ちょっと調子のったりいたずらされたりしてるの可愛いくて凄く好き…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ