753 フランとカレー天国
『ほれ、ウルシ。今回は頑張ったからな。ご褒美の超絶激辛カレーだ』
「オンオンオン!」
『ちょ、待て! まてまて! まだ床に置いてないだろう! 宿が汚れる!』
「オンオン!」
『腹が減ってるって? 途中でおやつを出してやっただろ?』
「オン!」
『わかったから! ほれ!』
考えてみれば、ちゃんとした食事は半日ぶりだ。決勝戦での激闘を経て、カロリーが足りていないのかもしれない。
「師匠」
『あー、分かってるよ。だからそんな目で見るなって』
ウルシの食べているカレーの匂いに腹を刺激されたのだろう。グーググーという音を響かせる腹を撫でながら、フランが切なそうな目で俺を見つめてくる。
食事の催促顔じゃなかったら、きっとモテモテになれるだろう。いや、普段からフランは超可愛いけどね?
『優勝おめでとう! 超大盛カレーだ!』
「おお~」
『トッピングも好きなだけ追加していいし、お代わりも自由だ! 今日は好きなだけ食べていいぞ!』
「いいの?」
『優勝祝いだからな! なんなら、甘口、中辛、辛口に、牛、豚、鶏、魚、羊、海老に――とにかく、全種類ちょっとだけとかでもいいぞ!』
普段ならお行儀が悪くて禁止している食べ方も、今日だけは解禁だ!
「まじ?」
『マジだ。今日だけは、フランが気の向くまま、好きな食べ方で、好きなだけ食べていい!』
「おおぉ……」
感動の面持ちのフランが、プルプルと震えている。ここまで感動しているフラン、久しぶりに見た。
「天国はここにあった」
大袈裟な!
だが、フランは本気であるようだった。真剣な顔で、早速カレーを食べ始める。
「……来年も優勝する。カレー天国を再び味わうために」
『が、がんばれ』
「ん。そのためにも、強くなる。もぐもぐ」
そんなキリッとした顔で言われても……。
戦闘中と同じくらい、気合の入った眼差しだ。
「まずはゴルディシア大陸でもぐもぐ、修業するもぐもぐ。カレーのためならもぐもぐ、どんな過酷な試練にも耐えてみせるもぐもぐ」
『そ、そうか』
「ん」
ま、まあ、モチベーションが上がるのはいいことだよな。理由はどうあれ。
「もぐもぐ!」
「モグモグ!」
『うぉぉい! フラン! フライのカスが落ちてるから! ウルシ! カレー飛んでる!』
念動で食べかすを受け止めつつ、浄化の魔術で即座に絨毯や家具を綺麗にする。なにせここは、ウルムットの最上級宿のスイートルームである。
これは、フランに接触しようとしてくる商人や貴族、その他諸々をシャットアウトするための措置だった。
ディアスが話を通して、宿代ギルド持ちで準備してくれたのである。
俺たちだってそこそこいい宿に泊まっていたんだが、貴族までも断るとなると、ここの宿でなくてはならないらしい。
フランたちはふかふかなベッドや絨毯にご満悦だったが、俺は心が休まらない。もうね、調度品とかが豪華すぎて、フランたちがはしゃぐたびに無いはずの胃が痛むのだ。
『うん? 誰かくるな。この魔力は……』
「ルミナ!」
フランが口に入った米粒を飛ばしながら叫んだ直後だった。
トントン。
部屋のドアがノックされる。俺が念動でドアを開けると、そこには小さな人形が立っていた。人の形――それも黒猫族の特徴を備えた、全長20センチほどの人形だ。
小さい女の子がオママゴトにでも使いそうな、可愛らしい姿をしている。俺たちにはその人形に見覚えがあった。ついでに、人形の発する魔力にも覚えがある。
ダンジョンマスターである黒猫族のルミナが、外出する際に憑依する人形だった。以前、この人形の姿で、オーレルたちと会議をしているところを見たことがある。
『明日にでも会いに行こうかと思っていたんだが、わざわざ来てくれたのか?』
「うむ」
トコトコと歩いて部屋に入ってきた人形が自分で扉を閉め、ジャンプしてテーブルに上った。
「武闘大会は、この人形の目を通して全て見た。強くなったな。同じ黒猫族として、誇らしいぞ」
「私だけの力じゃない。師匠とウルシがいたから、勝てた」
『いやいや、フランの頑張りのおかげさ。俺たちがどれだけ力を貸したって、フランの心が折れたらそこで終わりなんだ。最後まで闘志を失わなかったフランが一番凄いんだよ』
「オン!」
「ありがと」
「ふふふ。相変わらず仲が良いことだ。師匠よ、フランのことを頼むぞ? 優勝者となったことで、周りがうるさくなるだろうからな」
なんと、フランが来る僅かな可能性に賭けて、ダンジョンの中で待っている奴らもいるらしい。それだけ、優勝者との伝手というのは魅力的なのだろう。冒険者を雇った商人までいるというから驚きである。
そんな様子を見て、ルミナから会いにきてくれたようだ。
「む、もぎゅもぎゅ、またくる」
『オーレルと、ケイトリーだな』
もう面倒だから、先にドアを開けてしまおう。すると、緊張した面持ちで部屋のドアをノックしようとしていたケイトリーが、驚きの表情で固まっていた。
「え?」
ごめんなケイトリー。
「中入っていいよ」
「邪魔するぜフラン」
「お、お邪魔します」
オーレルに手を引かれ、ケイトリーが入ってくる。フランがこの町を発つ前に、ケイトリーと会わせてやろうと考えたっぽいな。
ケイトリーは少しの間もじもじしていたが、すぐに意を決した表情になると、フランの前に立って頭を下げた。
「ありがとうございました。聞きました。私を助けるために、探し回ってくれたって。お姉様は、決勝での傷が癒えていなかったのに……」
「礼はいらない。結局、助けたのはシビュラ」
「でも、私のために駆けまわってくれたことに変わりはありませんから。だから、ありがとうございました」
「ん……。ケイトリーは冒険者になる?」
照れたフランが、露骨に話題を変えたな。ケイトリーと接しているフランは珍しい反応が多いから、新鮮だね。
「は、はい。そのつもりです」
「頑張って。ケイトリーなら、きっと良い冒険者になる」
「はい。がんばります!」
これで緊張が取れたのか、ケイトリーが笑顔でフランと話し出す。あのフランがカレーを自ら勧めたくらいだから、よほどケイトリーのことが気に入っているんだろう。
ああ、そんなケイトリーだけじゃなくて、オーレルにもカレーを食べさせてやってくれ。老人の寂しげな表情とか、見てるだけで胸が締め付けられるから!
「お姉様。次はゴルディシアに行くのですか?」
「ん。そのつもり」
「お気を付けください。とても危険な場所だと聞いていますから」
「ありがと。でも、大丈夫」
自信満々で言い切るフランを、眩しそうな眼差しで見つめるケイトリー。
「いつか……」
「?」
「いつか、お姉様と一緒に戦えるくらい、強くなってみせますから、だから……」
「ん。待ってる。ケイトリーが一人前の冒険者になったら、一緒に冒険しよう」
「はい!」