751 ヒルトの謝罪
本日、誤って3話纏めて投稿してしまいました。
まだご覧になっていない方は749話からお読みください。
フランはデミトリスと賭けをしていた。
フランの成績がヒルトよりも良ければ、デミトリスがベリオス王国の依頼を受けるという賭けだ。
そして、フランはヒルト本人に勝利し、賭けに勝ったのである。
だが、デミトリスがレイドス王国に渡るというのであれば、ベリオス王国の依頼を受けることは不可能になるだろう。
「あー……」
デミトリスの奴、レイドス王国に行くことで頭が一杯で、賭けのことを完全に忘れてたな。目が泳いでいる。
「ヒルトよ! これが当主として最後の命令だ! 流派を挙げてフラン嬢ちゃんの手助けをしろ! 人も貸してやれ!」
孫娘に丸投げした!
しかし、ヒルトは真面目な顔で首を横に振る。
「いえ。お断りさせていただきます。この当主印がある時点で、すでに当主は私。仕事を選ぶ権利は私にありますので」
「ぬぅ……」
ヒルトの、デミトリスに対する意趣返しだろう。普通にデミトリスの命令を断った。
「……フランよ。これを受け取れ」
一瞬考え込んでいたデミトリスだったが、今度はフランに向かって何かを投げる。小さなアイテム袋だ。
中を見てみると、金やポーションが入っている。
「とりあえず、それを迷惑料として渡しておく! 中の金なども好きにしろ」
「お金の問題じゃない!」
「今回のことは貸しておいてくれ! いずれ、この借りはキッチリ返す! 必ずだ! すまんな! 本当にすまん!」
「デミトリス!」
フランが叫ぶものの、デミトリスはそのまま空をかけて上っていってしまう。
「絶対に貸しは返してもらうから!」
空の上から微かに「すまーん」という声が返ってきた気がした。
「フラン、次は負けないよ」
「……次も私が勝つ」
最後にシビュラがフランに声をかけ、彼らは去っていった。貴族に命令された兵士たちが散発的に矢を放ったが、それだけだ。結局、大きな戦いにはならなかった。
「デミトリス……。むぅ!」
『まあまあ、そうむくれるなって。それに、迷惑料って言ってたか?』
アイテム袋と、大量の金貨。正直、得をした気がする。それに、借りは返すと言っていたのだ。今回は残念だが、いつか取り立ててやればいい。
あとは、デミトリスが借りを返す気があるかどうかだが……。
「フラン。お爺様に代わって、私が謝罪するわ」
「ヒルトのせいじゃない」
「それでもよ……。賭けはあなたが勝ったはずなのに、約束が反故にされ、負けた私が当主になってしまった。これはいけないわ。お爺様にはキッチリと借りは返させるから」
今までフランに向けていたような、険のある表情ではない。彼女が言う通り、デミトリスの行動に関して申し訳なさを感じているのだろう。
「もし、私たちの力が必要であるというのなら、力を貸しましょう。デミトリス流の現当主や高弟たちが、あなたに説得されてベリオス王国に雇われる。そういう形ではどうかしら?」
「いいの? さっき、デミトリスにヤダって言ってた」
「あれは、あの困った老人に対する単なる意趣返しよ」
お、おお。はっきり言い切ったね。
「それで、どうかしら?」
「ん。お願い」
デミトリスを雇うことに比べてどこまで評価してもらえるかは分からないが、ランクAのヒルトもいるんだ。代わりの戦力としては悪くないだろう。
「まあ、この後色々と面倒なことになるとは思うけど……」
「それは仕方ないね」
「ディアス」
「今回のことはギルドも無関係じゃいられないからねぇ。ヒルト君だけじゃなくて、僕も国に呼び出されそうだ。これだけ目撃者がいたら、もみ消すこともできないし」
観客席にはざわめきが戻ってきていた。目の前で見た大事件について、語り合っているのだろう。誰もが興奮した様子だ。
「平気なの?」
考えてみたら、依頼を受けること自体が難しいんじゃないか? 当主であるデミトリスが公然とレイドス王国のスパイの脱出を手助けし、本人がレイドスに付いていってしまったんだぞ?
残されたヒルトたちは厳しい立場に置かれることだろう。厳しい取り調べがあるんじゃないか? それこそ長期間拘束されたり、場合によっては捕えられるのでは?
だが、そうなる可能性は低いという。
「何ヶ月も拘束されるようなことにはならないと思うよ。ベリオスの出航には間に合うんじゃないかな?」
「私もそう思うわ。国も、私たちにはそこまで強くは出ないでしょう」
「なんで?」
「もし私たちが抵抗でもしたら、被害が甚大だからよ。こちらが少し譲歩して手打ちというのが、一番現実的な落としどころになるでしょうね。はぁ……。しばらくはクランゼルのために働くことになりそうだわ。久しぶりにやらかしてくれたわ……」
「久しぶり?」
初めてじゃないのか?
「あのお爺様よ? たまに同じようなことはあるもの。今回は少しやらかし過ぎたけどね」
犯罪組織と癒着していた騎士団を全滅させたら王族の傍系が混ざっていたり、強いと噂の騎士と手合わせをするために王城に忍び込んで大騒ぎになったり、町娘を手籠めにしようとしていた領主の嫡男を殺して賞金首になったりと、定期的に問題を起こすらしい。
そういう場合は、弟子たちが格安で高難度依頼を受けたりすることで、手打ちとなることが多いそうだ。
それで弟子は逃げ出さないのかと思うが、やはりあの強さに憧れているのだろう。むしろ、そういった過激な行動で救われた側の者たちも多いので、弟子たちも苦笑する程度で済ませてしまうらしい。下手したら修行の一環に考えている者もいるっぽかった。
「潰してしまうよりも、世界的に有名な武術家集団に貸しを作って利用できるなら、その方が有益ってことさ」
かなり心配ではあるが、ディアスたちが大丈夫だと言うのであればそうなんだろう。
「それよりも、まずは閉会式を終わらせないと。賓客の方々に頭を下げるのは僕の仕事かな~。領主さまはまだオネンネだしね」
どうやら、アシッドマンに蹴り飛ばされた貴族は、領主様だったらしい。俺にすら顔を忘れられているとは、恐ろしいほどの影の薄さだな!
ディアスの指示を受けた冒険者たちが、あわただしく動き出す。とんだ閉会式になったもんだ。
「エリアンテ、大丈夫かな?」
『うーん……。どうだろうな。現在の団員たちはともかく、元団員ってだけの理由で追及はされないと思うが……』
(そうじゃない)
『じゃあ、どういうことだ?』
(エリアンテ。きっと凄く怒る。王都のギルド、壊されないかな?)
『……あー』
エリアンテの性格を思い出す。出来る女風の外見と違って、残念な中身をしていた。元仲間であるナイトハルトが裏切った話を聞いたら、確かに怒り狂って暴れるかもしれない。
『……王都の冒険者諸君の無事を祈っておこう。俺たちにはそれくらいしかできん』
(ん)
今週は少々忙しく、次話をすぐに書き上げることが困難です。申し訳ありません。
次回の投稿は9日となります。