750 傍若無人
本日、誤って3話纏めて投稿してしまいました。
まだご覧になっていない方は749話からお読みください。
「と、いうことだお前たち。すまんが、見逃してはくれんかな?」
口ではすまんなどと殊勝なことを言っているが、下手に出ている雰囲気は微塵もない。むしろ、その鋭い目で睨みつける姿は、脅しているようにしか見えなかった。
『おいおい……。訳分からんことになってきたが……。どうする?』
(デミトリスとシビュラとナイトハルトを同時に止めるのは無理)
『だよなぁ』
何をしたって止められるわけがない相手だ。どうせやりあっても被害が大きくなるだけなら、何もせずに行かせるのが一番マシだと思うんだがな。
それに、デミトリスは孫を狙われて、黙っている男ではないだろう。むしろ、レイドスに送り出して、暴れさせたほうがクランゼルのためにもなると思うが……。
「ディアスよ。お主はどうする?」
「はぁ……。あなたがレイドスで大人しくしているとも思えません。むしろ、振り回されるレイドスが哀れだ。それに、冒険者たちに無駄死にしろとは言えないでしょう?」
「殺しはせんよ」
「半殺しで戦力激減もご免です」
ディアスも同じ判断であるらしい。この中でデミトリスの恐ろしさを一番分かっているのは、実はディアスかも知れないのだ。
敵に回す愚は犯せないということなのだろう。ディアスの言葉を聞いた他の冒険者たちも、安堵の表情である。
彼らも、ランクSを相手に戦えと言われずに済んでホッとしたのだろう。
しかし、そう思わない人間もいる。
「ふ、ふざけるなよ! そんなこと、認められるか!」
先程、デミトリスにぶっ飛ばされた貴族だ。激高した様子で、舞台に駆け下りてきた。
そもそも、敵対的国家のスパイに手を貸す行為は、法律的にも犯罪だろう。ある意味正しい行動と言えた。
「おい! デミトリス! 貴様がこのままその者たちの味方をするというのであれば、貴様の孫や弟子がどうなるか! 後悔することになるぞ!」
貴族がヒルトやニルフェを横目で見ながら、叫ぶ。デミトリスが孫を可愛がっていることがばれたからな。これはある意味最強の脅しだろう。
すると、デミトリスがニコリともせずに言い放った。
「そうか。クランゼル王国は儂を敵に回すということだな? このデミトリスを」
「……っ!」
デミトリスの殺気を浴びせられた貴族が、青い顔で後退った。そして、目の前の老人の恐ろしさを思い出したらしい。
ここにいるのは、この世で最も敵に回してはいけない個人。その1人である。国家の意思を単騎で覆すことが可能な、化け物なのだ。敵対してしまえば、彼一人の問題ではなくなる。
「あ……ぁ……」
貴族が両膝を突いて、喘ぐ。それで、貴族への興味を失ったのだろう。
国家を背負った相手を脅し、頭を垂れさせるだけの武威。傍若無人ここに極まれりという感じなんだが……。
「デミトリス、かっこいい」
『ちょ、フラン! あれの真似はダメだからな!』
自らの実力一つで国家さえも相手取ることが可能な超越者を目にして、憧れを抱いてしまったらしい。
蒼い顔で震える貴族を横目に、デミトリスが軽く右腕を動かした。
「ふん」
「きゃっ!」
何もない空間を掴むような動作をした後、後ろへ引く。すると、ニルフェの体が宙を跳び、そのままスポッとデミトリスの腕の中に納まったではないか。
「ニルフェは儂と一緒に来たほうが良いだろう。分かったな?」
「は、はい」
デミトリスと一緒に行くということは、レイドス王国に行くということだぞ? それを、ニルフェはあっさりと受け入れていた。
嫌々な様子ではない。むしろ、置いていかれずに済んでホッとしているようにさえ見えた。ニルフェ、実は超お爺ちゃん子だったのかもしれん。
「おいおい、爺さん……」
「安心せよ。そもそも、儂の腕の中以上に安全な場所など、この世に存在せんわ。のう、ニルフェ」
「うん!」
ニルフェとは違い、笑っていられないのがもう1人の孫娘だ。
「お爺様! 正気ですか!」
「何気に酷いことを言うのう。だが、本気だぞ? レイドスに渡るチャンスなど、そうそうないからな」
「ですが……! 弟子たちはどうするのです!」
「儂は流派の当主の座を降りる! お主が後を継いで新当主となれ!」
デミトリスが懐から何かを取り出して、ヒルトに投げ渡した。金属の板か?
「後は好きにせい。前も言ったが、流派を畳むも何も、全てお主次第だ。儂はもう今後は一切口も手も出さん」
「そ、それは……」
ヒルトの目がほんの一瞬だけコルベルトを見た。すぐに視線はデミトリスに戻されたが、もうヒルトは何も言わない。
ただ一つ、溜息を吐いて肩を落とすだけだ。
「……はぁ。仕方ありませんね」
「顔が綻んでおるぞ?」
「に、にやにやなどしておりません!」
「それと、国が何か言ってくるだろうが、その対応も好きにしろ。迎合するのか、抗うのか。お前次第だ」
自分のせいで色々面倒なことになりそうなのに、まるで他人事のような言い様である。出会う前に聞いていた評判が、間違いではなかったのだと理解させられるね。
そんなデミトリスに対し、ヒルトたちを心配するような発言をしたのはシビュラだった。
「爺さん。それでいいのかい? 立場を捨てたこともそうだが、あんたの弟子たちが人質にされたら……」
「構わん」
「いやいや、構うだろう?」
「ニルフェと違ってあやつらはもう一端の戦士よ。自分のことは自分でどうにかするだろう。できなければ、それまで」
スパルタだな! いや、こっちの世界では当たり前と言えば当たり前の考え方だが。フランもこの考え方をするタイプだしね。
俺からすると、高位冒険者は変人ばかりという説を体現しているかのような、傍若無人で行動が予測できない困った老人だが、フランはずっと憧れの眼差しを向けている。
純粋な強さだけで全てをねじ伏せ、我を通すその姿は、ある意味フランの理想そのものなんだろう。
「では、行かせてもらうとしようかのう。シビュラよ。上から出るほうが早いが、お主らはいけるか?」
「問題ない」
デミトリスが虚空を蹴って、跳び上がる。気を放出して、空中跳躍に近いことを実現しているようだ。
さらに、シビュラとその部下2人がゆっくりと浮かび上がった。こちらはシビュラの念動だろう。
「では、儂らは行く。なに、レイドス王国に与するというわけではない。ただ、彼の国を見てくるだけだ。心配するな」
それ、全く安心できない奴! まあ、シビュラ、デミトリス、ナイトハルトが敵に回って、この場で被害が出なかっただけでもラッキーである。
冒険者たちも、兵士たちも、動かない。ここで下手に引き止めて争いになったりしたら、最悪だと分かっているからだろう。
そんなことを考えていたら、フランが前に出て、デミトリスに向かって叫んでいた。
「デミトリス! 私、優勝した!」
「む、お嬢ちゃんか……」
「賭けの約束! どうするの!」