747 シビュラの理由
「なんで、ですか? なんで私を助けて……?」
「あんたには借りがある」
ケイトリーの呟いた疑問の言葉に、シビュラが答える。しかし、意味が分からないのだろう。ケイトリーは首を傾げている。
「借り?」
「お嬢ちゃんのおかげで、冒険者ってやつは舐めちゃいけない存在だと知ることができた。たとえ駆け出しであってもな」
ダンジョンでのことを言っているのか? 説教というか、ケイトリーがシビュラに対して思いの丈をぶつけたあの件。
シビュラにとっては、かなり驚きの事件だったのかもしれない。
優しい瞳でケイトリーにそう語ると、その背中を軽く叩いた。しかし、ケイトリーは離れない。
「わ、私が離れたら、あなたたちは……」
「私たちは、本来は敵同士なんだ。気にすることはない」
「でも、助けてもらったのに!」
ケイトリーが心配そうにシビュラを見つめる。そんな少女の背中を、シビュラが今度は強めに押した。
「ほら、行きな」
「あ!」
つんのめるように、ヒルトたちのほうへと押し出されるケイトリー。
その隙を逃さず、ヒルトがケイトリーの身柄を確保する。そのままヒルトが、敵意半分、戸惑い半分の表情のまま、シビュラに問いかけた。
「人質を手放すなんて、そもそも何が目的なのかしら?」
レイドス王国の人間であると判明してしまった今、ケイトリーたちを手放すのは自殺行為だろう。シビュラたちを包囲する中には、デミトリスだっているのだ。
ケイトリーとニルフェを盾にして、町の外に逃げたところで解放すればよかったのではないか?
俺だけではなく、ヒルトもそう考えたらしい。その行動の意味が分からず、探るような目でシビュラを見ている。
しかし、シビュラは肩をすくめてあっさりと言い放った。
「私がそいつを斬ったのは、子供を利用する腐れ外道が気にくわなかったからだ。そんな私らが、自分が逃げるために子供を盾にするわけにはいくまい?」
「そんな理由で……!」
ヒルトだけではなく、周囲の人間も呆れた顔をしている。スキルなんか使わなくても、シビュラの言葉が本気であると分かったからだろう。
憎き敵国、レイドス王国。その所属でありながら、同国人を裏切ってまで子供を救ったうえに、純粋ささえ感じさせる潔さを見せた。
場が混乱していて、どう対処すればいいのか分からないということもあるだろうが、攻撃しようとしていた者たちの動きが止まっている。
「あなたたち、とりあえず投降してくれないかしら? こちらとしても、そのほうが楽なんだけど?」
そう声をかけたのは、いつの間にか舞台の脇に現れていたエルザであった。その後ろには冒険者たちが付き従っている。
「幾ら強くても、たった3人でこの場所を突破できるとは思っていないでしょう? ああ、あなたたちが手配していた馬車は、こちらで押さえさせてもらったわよ?」
「昨日の夜から監視が強くなったと思っていたが、全部バレてたか」
「そういうこと。あなたたちへの対処で手一杯で、あなたたち以外にレイドスの人間が入り込んでいることは察知できなかったけどね」
人手不足なうえに、シビュラたちのような強者に対応するために人手を割かなくてはならなかったのだろう。その状態では黒骸兵団の暗躍には気付けなかったようだ。
「しかも、あなたたちは町の外に向かわずに闘技場にくるし」
「こっちにも色々あるのさ」
「何がしたいのか分からないけど、協力者のほうも今頃うちのギルマスが身柄を押さえているはずよ。無駄な戦いは止めて、投降なさいな」
シビュラたちが町の外に出たところで、ディアスを含めた冒険者たちで取り押さえる予定であったようだ。
ディアスが3位決定戦を辞退したのも、このためだったのだろう。フェルムスの姿がないところを見るに、あいつも外にいるのかもしれなかった。
ただ、シビュラたちがこっちに来てしまったせいで、計画が狂ったらしい。
「それは無理だな」
「あら? やる気?」
「通してくれって頼んでも、ダメなんだろう?」
「当然」
「ならやるしかあるまい!」
シビュラがそう言って剣を抜き放ち、殺気を周囲に撒き散らした。それだけで、弱い冒険者は動くことさえできずに、呼吸を荒くして立ち尽くしてしまう。
ただ、ヒルトに対しては殺気が向いていない。
「おい。いつまで子供をそこに置いているつもりだ。とっとと安全な場所に避難させろ! ここはもうすぐ戦いの場になるんだぞ!」
未だにヒルトに抱きかかえられたままの、ケイトリーとニルフェを気遣ったようだ。
「あ、あんたに言われたくないわよ!」
毒気を抜かれた表情のヒルトが、ケイトリーたちを連れて下がっていった。まあ、彼女が付いていれば安心だろう。
「あ、ありがとう!」
ケイトリーの叫びに、軽く手を振って応えるシビュラ。調子が狂うな。冒険者たちも俺と同じ気持ちであるようだ。なんとも言えない表情をしている。
そんな中、先陣を切ったのはエルザだった。
「シビュラは私が足止めをする。まずは部下2人を捕まえなさい!」
「はっはぁ! 来やがれ!」
「どらあああああぁぁぁ!」
「俺たちもいくぞ!」
「うらぁ!」
エルザが駆け寄りながら、メイスを振りかぶる。それを見て、他の冒険者たちも動き出した。
ただ、デミトリスやラデュル、ヒルトはまだ動いていないな。とりあえず、シビュラたちの動きを見るつもりなのだろう。
まあ、冒険者は徒党を組んで戦うのは得意ではない者が多いし、乱戦になってしまっては手を出しづらいのだろう。
「師匠、なにかくる」
『なに? た、確かに凄まじい速度の……』
始まった乱戦に意識を集中していると、フランが闘技場の外を向きながら呟いた。フランが言う通り、恐ろしいほどの速度で何かが近づいてきていた。
一直線に向かってくるということは、空でも飛んでいるのか?
十数秒後。その超高速の飛行物体の正体が何であったのか、判明する。
「やあ、少し遅れました。シビュラ殿」
「待ってたよ。ナイトハルト」
闘技場の屋根の上に立ち、シビュラと言葉を交わす男。小脇には、全身傷だらけで意識を失っているディアスを抱えている。
それは、ヒルト戦ですら見せなかったレベルの凄まじい威圧感を放つ、蟷螂男ナイトハルトであった。
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