745 Side 黒骸兵
「くそっ! やはり召喚に応えん! マミーキングだけではなく、グールどもも!」
昨晩から連絡が付かぬと思っていたが、本当に消滅してしまったというのか?
「ギルドでもアンデッド退治の依頼が出されていましたからねぇ。倒されてしまったのでは?」
「無能めが! 冒険者ごときにあっさり倒されおってぇぇ!」
これから閉会式に乗り込むというのに! 計画が狂ってしまったではないか! それに、あの黒猫族のメスガキも確保せねば……。
「仕方あるまい。アッバーブよ。貴様は黒猫族の確保へ向かえ。今なら簡単に確保できるはずだ」
「おや? 私の仕事は、シャルス王国の者たちに興奮剤を投与した時点で、全て終わったはずでは? それに、あなたの無差別攻撃に巻き込まれた傷が癒えていないのですがねぇ?」
「貴様が娘の護衛に負けそうだったから、援護してやったのではないか」
「だからと言って、大規模魔術を町中で使わないでくださいよ。おかげで、大騒ぎだ。誘拐対象の娘まで殺しかけましたしねぇ」
「死ななければそれで構わん。それに、騒ぎなんぞ今さらであろう?」
「ひひひ……怖い怖い」
「ともかく、貴様は黒猫族の確保だ。半死半生の相手であれば、今の状態でも問題あるまい。それに、貴様が欲しがっていた毒素材を融通してやる! それでよかろう!」
「それでしたらまあ」
あの黒猫族は、我らが主も気にされていた。手に入れれば、お喜びになるだろう。なんとしてでも確保せねば。
「では、私は行きますが、戦力が低下している状態で大丈夫なのですか?」
「当たり前だ。我を誰だと思っている? 黒骸兵団第七席、アシッドマンであるぞ!」
「ひひひ。そうですか。では、私は黒猫族を攫って、脱出させていただきますよ?」
「それでいい」
ふん。貴様が、腹の内では我らをアンデッド風情と見下していることは分かっているのだぞ? 自らの師を見返すなどという下らん理由のために、祖国を売るようなクズのクセに!
まあいい、どうせこの仕事が終われば、アンデッド化してしまう予定なのだ。この町への侵入工作などではそこそこ使えたが、計画が終われば用済みだからな。
「さて、では我もいくとしよう」
正体を隠匿する仮面を被ると、部屋の隅で膝を抱えていた少女に声をかける。
「おい、こちらへ来い」
「……」
「相変わらずの態度か……。いいからこい!」
「きゃっ!」
「くくく。事が終われば、貴様は儀式の生贄にでもするとしようか? 子供の血は、よき素材となるからなぁ」
「……」
脅してみても、泣き叫ぶどころか、怯えた顔さえせん。気にくわぬ。
「その態度……。貴様の祖父オーレルが、我らの手の内に落ちた時も続けられるか、楽しみだなぁ!」
「……」
「このガキ……その目を止めんか!」
「……」
なぜこの状況で絶望せぬ! 圧倒的上位者に捕らわれ、祖父への脅しに使われようとしているのだぞ?
「お前が反抗的な態度をすればするほど、時間が過ぎるぞ? そのせいで、あのニルフェという死にかけの娘が死ななければいいがな!」
「……っ!」
「くくく。そうだ。貴様はその顔をしていればいいのだ! シャドウバインド」
「……きゃ!」
ケイトリーというメスガキを術で縛り、抱え上げる。
すでに始まっているであろう閉会式に乗り込み、デミトリス、オーレルを手中に収める。ケイトリーは、そのための重要な手駒だ。この娘を使い、デミトリスたちに奴隷の首輪を嵌めさせる計画である。
人質はこの娘だけではない。デミトリスの孫であるニルフェという娘も確保し、こことは違う場所に監禁してある。ケイトリーは盾であるとともに、本当にニルフェも捕まえているということを伝えさせる証言者でもあるのだ。
いくらデミトリスという男が規格外でも、どこにいるかも分からん孫娘を、遠隔で助けることなどできはしまい。
「おい、お前もいくぞ」
「ウアー」
「……っ」
ニルフェという娘の護衛だった男も、今や我が配下よ。まあ、酸と毒でドロドロに溶かしたせいで損傷が激しく、生前の能力は失われているがな。精々が肉壁かデミトリスらへの恫喝程度にしか使えんだろう。
それに、我が主と違い、我は死霊魔術がそこまで得意ではないからな……。
その代わり、我は闇魔術を得意としておる。気配隠蔽魔術を使えば、そうそう見つかりはせぬだろう。実際、多くの人間は浮足立ち、我らに気付く者はいなかった。
闘技場の中へと歩を進めながら、配下を召喚して暴れるように命令を下していく。本来であればグールを解き放つ予定だったが、いないものは仕方がない。
本来、町中で解き放つ予定であった配下を減らし、闘技場内での陽動に使う。戦力は、予定の半分ほどだ。鎮圧されるのも時間の問題であった。
まあ、元々は隠密の苦手なマミーキングのための計画だったのだがな。我自身が乗り込むのであれば、ここまで派手な騒ぎは必要なかったかもしれぬ。
ここにきて、計画が狂いっぱなしだ。忌々しい。
「いや、最終的にデミトリスらを手に入れればいいのだ。くくく」
舞台へ抜ける道を歩いていると、前から10名ほどの警備兵たちがやってくる。貴族が多く集まっているこの場所は、流石に警備が厳重であるな。
先頭の男は、隠密状態の我を見破れる程度の腕はあるのだろう。まあ、それだけではあるが。
「お、おい! お前! 止まれ!」
「何者だ――」
「アシッドミスト」
「ぎゃあぁ!」
雑魚どもとじゃれ合っている暇はないのだ。我が死毒魔術により生み出された酸の霧に呑まれ、警備兵たちが即死する。
数は揃えているようだが、質が低い。騒ぎのせいで、人手を取られているのだろう。部隊長以外は若い者たちばかりだったことを考えると、新兵だったのかもしれんな。
グズグズに溶けた愚か者どもの死体を踏み越え、通路を抜けて舞台の脇へと歩み出る。
やはり、閉会式は続けられていた。政治的な意味もある式典を、そう簡単には止められまい。
突如現れた我に対し、周囲の視線が向く。そして、徐々にその視線が増えていくのが分かる。
「な、なんだ! 警備兵その――」
「黙れ、虫けら」
「ぎゃっ!」
舞台上で何やら挨拶をしてた、貴族と思われる男に近寄って蹴り飛ばした。殺すつもりだったが、まだ微かに生きているな。運の良い奴だ。
だが、その行為で我が招かれざる存在であると理解したらしい。周囲の者たちから敵意が向けられる。
まあ、我を震わせるほどのものではないがな。代わりに、ケイトリーが震えておる。
周りを警備兵に囲まれるが、我は構わずに脇に抱えていたケイトリーを目の前に下ろすと、その体を覆っていた闇の拘束を解いた。
突如現れた少女を見て、警備兵たちの攻撃の手が止まる。くくく、お優しいことだ。
「さて、我も暇ではないのでな。本題に入ろう。我が名はアシッドマン! 栄えあるレイドス王国黒骸兵団の一員である!」
レイドスの名前に、大きな騒めきが起きる。我に集中する視線の多くに、敵意が含まれるのが分かった。劣等国家の下等人種共が、なんと不遜な態度であることか!
「くくくく。見ての通り、人質を取っている。ああ、人質はこの娘だけではないぞ? 他の場所に、もう1人確保している。ニルフェという、幼子だ」
未だに人間どもの騒めきに支配された闘技場に、我の言葉が響く。そして、舞台の上にいた受賞者の1人から声があがった。
「ニルフェを人質に! 今朝から姿が見えないと……!」
ヒルトーリアという、デミトリスの後継者だったか? あれも手に入れたい素体だが、特製の奴隷の首輪が足りぬ。今回は見送りだろう。
「嘘ではないぞ? なあ、ケイトリーよ?」
「は、はい……。本当に、ニルフェが……。それに、怪我をしてて、早く助けないと!」
「子供の言葉だけで信じられぬというのであれば、これを見るがいい」
我が背後に控えていた、ニルフェの護衛だった男のフードを取る。半分酸で崩れ、アンデッド化していても、その顔は十分判別がつくはずだ。
「マイケル!」
「そうそう。そのような名前だったかな? 確かに強かったが、魔術師相手の戦いは苦手だったようだなぁ」
「貴様ぁ……!」
「ここにいる者たちで総攻撃すれば我を葬れるかもしれんが……。それをすればニルフェは死ぬぞ?」
「……くそっ!」
ふはははは! やはり冒険者など烏合の衆よ! 人質を取られただけで、何もできなくなるのだからな!
「こちらの要求は簡単だ。ランクS冒険者、デミトリス。そして、ウィジャット・オーレル。その2名が我に従うこと!」
有名人の名前が出たことで、闘技場には悲鳴のような声が満ちる。
いちいちうるさい下等人種どもであるが、こやつらには目撃者となってもらわねばならん。偉大なレイドス黒骸兵団が、クランゼル王国の面子に泥を塗る、その瞬間のな!
「その証として! この首輪を装着してもらう!」
我は奴隷の首輪を取り出し、高々と掲げて見せる。
「さあ! この首輪を自分の首に嵌めよ! デミトリス!」
これは特殊な奴隷の首輪だ。有効期限が短い代わりに、拘束力が非常に強く、相手がランクSであっても問題なくその自由を奪うことができるだろう。
「どうした? 早くしろ! この小娘の命がいらんのか?」
「うぐぅ!」
闇が小娘の体を締め付け、苦悶の声を上げさせる。
「人質はもう一人いるのだ、躊躇うと思うなよ? それとも、我が小娘の命を奪う前に、我を倒せるか試してみるかね? 無駄だ! 呪詛によって、我と小娘たちは繋がっている! 我が滅びれば娘たちも死ぬる運命よ!」
嘘ではない。我が存在と小娘らの命を縁で繋ぐことによって、我が滅べば小娘たちが死ぬような呪詛を仕込んである。
我らアンデッドにとって、呪術は最も相性のいい術式だ。相手が高位の魔術師であっても、そう簡単に祓われぬだろう。
我が言葉が真実であると分かるからこそ、冒険者たちは動けぬらしい。歯を食いしばって我を睨んでいる。
「……儂がその奴隷の首輪を嵌めれば、孫とそのお嬢ちゃんの命は助かるということか?」
「お爺様!」
「黙っておれヒルト。それで、どうなのだ?」
「その通りだ。デミトリス、オーレル。この2名が奴隷となれば、孫は解放してやる。貴様が軍門に下れば、人質などおらずともこの場を去ることは難しくあるまい?」
ここで嘘看破で見破られては計画が狂うかもしれん。娘どもを解放するのは本当のことだ。そのために、わざわざニルフェも生かしてあるのだからな。
「……致し方あるまい」
「お爺様! ですが!」
「その仮面の男、嘘はついておらんだろう。老骨の身と、将来ある子供たちの命。天秤にかけるまでもないわ」
デミトリスがそう告げ、前に出ようとする。しかし、その歩みを1人の男が遮った。貴族のようだ。
「お、お待ちください! あなたはご自分の力を過小評価し過ぎだ! レイドスなんぞにあなたの力が渡れば、それは国防の危機! 考え直してくだされ!」
「確か、前軍務卿殿だったかのう?」
「そうです! クランゼル王国の貴族として、レイドスを利することは許可できん! あなたには辛い決断をしていただかねばならない! お孫さんのことは残念ですが、ここは――がはっ!」
「儂はこの国の人間ではない。お主の許可など、必要としておらぬわ。勘違いするな。それに、孫の命がかかっている。他の者たちも、邪魔をするのであれば容赦せん。分かったな?」
デミトリスに殴られた貴族が、宙を舞い、その後の恫喝で周囲の者たちの顔色が変わる。なるほど、凄まじい存在感。不死者である我から見ても、化け物だ。敵対すれば、我であっても瞬殺されるだろう。
冒険者など所詮は何でも屋の延長だと思っていたが、さすがに最高ランクは桁が違うということか。
くくく、あの力がもうすぐ我らのものとなるのだ。笑いが止まらぬ!
「俺をご指名か……。仕方ねぇ」
「旦那様!」
貴賓席にいたオーレルも立ち上がる。このまま両者を奴隷化すれば、我が目的の達成だ!
そんな中、我らが通ってきた通路を抜けて、何者かが近づいてくるのが分かった。冒険者の増援かと身構えたが、違っていた。見知った気配であったのだ。
「赤剣騎士団の長か」
「そっちは黒骸の腐れ死霊だな?」
やはり赤剣のシビュラであった。相変わらず不愉快な女だ。しかし、戦力としては申し分なし。デミトリスも合わされば、逃れることはより容易くなったであろう。
「ふははは! こちらに増援だ! これで、さらに我らが有利になったぞ! どうした! デミトリス! オーレル! さっさとこの首輪を嵌めよ! シビュラ! これを奴らに渡してまいれ!」
「お前らに、私に対する命令権はない」
「今、そんなこと――」
「だいたい。その子には少し借りがあってね」
「借り、だと?」
「まあ、ちょいとばかり蒙を啓かれたのさ。だから――」
この女は、さっきから何を言っている? 借りだと? だからどうしたというのだ? そもそも、いまする話では――。
「その汚い呪詛は我慢ならないね!」
「ぐがぁぁっ!」
こやつ! 何をしたのだ! 我が呪詛を消し去りおった!
逆流する呪いが、我の体を苛む。間違いなく、小娘との間にあった呪詛の繋がりを断たれた!
「貴様ぁ! シビュラ! うら、うらぎ……!」
「もぐもぐ……腐れ野郎の呪詛なんざ食えたもんじゃないと思っていたが……悪くない」
「ば、馬鹿な……呪詛を、食らったとでも……」
「くく。私は悪食でね。食えないもんなんてないんだよ」
「なぜ、こんな……」
「そもそも、気にくわないのさ」
「は?」
何を言ってるのだ? 気にくわない? そ、そんな下らん理由で――。
「子供を攫ってきて利用しようとするその腐った根性が気に食わないんだよっ!」
「ぎがぁぁぁ!」
この女! わ、我を斬りおった!
「敵地で、ち、血迷ったかぁ!」
「うるさいんだよ。その臭い口を閉じな。腐れ野郎」
おい! その振り上げた剣は――なぜだぁぁぁぁぁぁ!