742 奴らの狙い
捕らえられたアッバーブは、俺とウルシが相手では、逃げ切れないと悟ったのだろう。諦めの顔でこっちを見上げている。
「お前の雇い主は?」
「レイドス王国の黒骸兵団という部隊ですよ」
質問にも本当にあっさりと答えた。まあ、拷問されてまで口を噤むほどの義理もないようだしな。
「奴らか!」
「知っているのですか?」
「まあな。それなりに因縁がある」
「……そんなこと、一言も……」
どうやらアッバーブは知らされていなかったらしい。使い捨てられたか?
「フランをどうするつもりだった?」
「それは分かりません。ただ攫ってこいとしか言われていませんから」
「そうか……。どうせ他にも色々と企んでるんだろう? 何をするつもりだ?」
「彼らの目的は、戦力の拡充であるそうです」
「スカウトか? いや、フランを狙ってきたことを考えると、奴隷にする? もしくは、アンデッドにするとかか?」
俺の呟きに、アッバーブが驚いたように目を見開いた。
「色々とご存知なようで。そうですよ。有力な冒険者を攫ってきて、秘術によってアンデッド化して支配する。ひひひひ! 興味深いですよねぇ!」
「……もう犠牲者は出ているのか?」
「ええ、ええ! 武闘大会の出場者の中から、すでに20名ほどはアンデッドになっておりますよ?」
大会に負けた人間が町を去ることはおかしくないし、人の出入りも激しい。冒険者が数人姿を消したところで、騒ぎにはならないだろう。
また、仲間が探そうとしたところで、今の時期のウルムットでは人手が足りていない。大規模な捜索隊が組まれることはほぼあり得なかった。
武闘大会期間のウルムットは、誘拐を計画するにはうってつけの場所であるのだろう。
例年であればもう少し警備もしっかりしているが、今年は色々と立て込んでしまっているしな。
アンデッド発生に、シャルス王国の馬鹿貴族ども。町でチンピラが諍いを起こすような小さい事件も例年より多いと聞いている。
「うん? もしかして、町の外のアンデッド騒ぎは……」
「黒骸兵団の仕掛けたものですねぇ。町中の警備を少しでも緩めることが目的ですよ!」
「他には何をした?」
「そうですねぇ――」
アッバーブが自分たちの計画を語るにつれ、俺は溜息を抑さえられなくなっていた。
「はぁぁ……。つまりチンピラを雇っているのも、有力選手に暗殺者を送ったのも、全部レイドスの計画っていうわけか」
「一つ一つは稚拙でも、多方向で騒ぎが起きれば、人手は嫌でも割かれますからねぇ」
これだけの準備を行い、警備を手薄にしてまで狙っていることはなんなのか? 有望な冒険者の誘拐をするだけにしては、大掛かり過ぎる気がするが。
「ひひひ。有力者の身柄確保。それが目的ですよぉ」
「有力者……?」
今こいつは冒険者とは言わず、有力者と言った。つまり――。
「この町の要人を狙っているってことか!」
「そうです。戦力と政治力を兼ね備えた、進化した獣人オーレル。そして、最強の冒険者の一角、デミトリス。この2人がメインターゲットです」
それは意外な言葉だった。だって、この2人はメチャクチャ強いんだぞ? 自前の護衛もいるし、多少警備が緩くなったからと言って、誘拐など可能か?
特にデミトリス。奇襲をしようが暗殺を狙おうが、どうこうできる存在であるとは思えない。それこそフラン級の存在が複数人いて、ようやく戦いにはなるというレベルだ。
「すでに、町中だけではなく、町の外でも複数の騒ぎが起きているはずです。多くの警備兵や、冒険者がそちらの解決に出動しているでしょう。必然、閉会式の警備は薄くなる」
「わざわざ閉会式の最中を狙ったのか?」
「イベントが終了してしまえば、余所者は目立つようになりますからねぇ。それに、各国の使者や貴族の前で有力者を攫われてしまえば、クランゼル王国の看板に泥が塗られるようなもの。それも狙いの1つなのでしょう」
「なるほどな。だが、穴があるぞ。警備兵なんか、そもそも意味がない。だって、相手はデミトリスだ」
「ひひひ。警備兵の数を減らすのは、あくまでも侵入と逃走、潜伏をしやすくするため。デミトリスとオーレルを確保する方法は別に用意してあります。そちらは、どうとでもなるでしょう」
アッバーブの自信満々の表情から見ても、本気でデミトリスとオーレルを捕縛することが可能であると思っているようだ。
「それは、どんな方法だ?」
「デミトリスにも、オーレルにも、可愛い孫娘がいるでしょう? ひひひひ!」
「人質か!」
デミトリスの孫、ニルフェ。オーレルの孫、ケイトリー。確かに、彼女たちを人質に取るのは有効であると思われた。彼女たちにも護衛はいるが、祖父たちを直接狙うよりは遥かに簡単だ。
ウルシを使いに走らせるか? フランが目覚めない以上、俺がここを離れることは絶対にできないし……。
「……ケイトリーたち、危ない?」
「フラン! 目が覚めたか!」
「師匠」
俺が悩んでいると、フランが微かに目を開けた。治癒魔術をかけ続けたことで、意識が覚醒したらしい。
しかし、体を起こすことにも一苦労している状態だ。
「助けに、いく」
「馬鹿を言うな! まだ無理だ!」
「だめ。いく」
「……っ」
フランにそんな縋るような目をされたら、却下できん!
「ケイトリーたちは今どうなっている?」
「確保するまでは手伝いましたが、その後の監禁場所は分かりかねますねぇ」
「ウルシ、場所は分かるか?」
「オフ」
さすがに、ここからでは分からんか。
「とりあえずこいつらのアジトに行ってみよう。場所はどこだ?」
アッバーブから、アジトの場所を聞き出す。闘技場にほど近い、民家を使っているようだ。フランはウルシの背に乗ってもらって、移動するしかないかな?
他にも色々と聞き出したいことはあるが、今はそんな場合ではないだろう。ギルドにでも引き渡して、身柄を確保しておけばいい。
アッバーブを縛り上げつつ出発の準備をしていると、再び部屋に飛び込んでくる人影があった。
「フラン! 大丈夫か!」
「コルベルト?」
「なんか、変な奴らが急に暴れ出してな。フランは大丈夫かと――おおぉぉぉ? ええ? カ、カレー師匠ぉぉぉぉ!」