740 医務室にて
解説の勝利宣言の直後、フランはその場に倒れ込み、医務室へと運ばれていた。
3人の治癒魔術師たちによる懸命の措置が行われるが、その回復速度は非常に遅い。
「くっ! グレーター・ヒールも全然効かない!」
「生命魔術もです!」
「なんなのだこれは! ともかく、マナポーションを飲みながら、回復し続けるしかない! 全く癒せていないわけではないのだ!」
「「はい!」」
経験豊かそうなリーダー格の老人であっても、神属性によるダメージに出会ったことはないらしい。
毒や呪いも想定して様々な術を掛けてくれたが、フランの傷の治りは遅々としたものであった。
それでも、一流の魔術師3人が全力で癒してくれている。少なくとも命の危機はないだろう。それだけは救いだ。
『ウルシ、大丈夫か?』
(クゥン……)
フランのことは一時的に治療班に任せることにして、俺はウルシの回復に専念することにした。ウルシもボロボロになるまで頑張ってくれたのだ。
影の中にいるウルシに、治癒魔術をかけていく。
『最後、本当に助かったぞ。よくやったな』
(オン……オゥ)
『まだはしゃぐなって! 全身ボロボロなのに変わりはないんだ!』
(オフ……)
『あとで美味いもの食わせてやるからな』
(オン!)
そんな時、医務室の扉が開いた。医務室に見覚えのある人物がやってくる。
「フランちゃんの容態はどうかしら?」
「エルザさん。ダメです、目を覚ます気配はありません」
「そう……。あれだけの激戦だったし仕方がないわね。今年の閉会式は優勝者なしか」
優勝者が瀕死ということも多いこの大会では、何年かに一度は起こり得る事態であるらしい。決勝戦ともなれば激戦だし、仕方がないのだろう。
閉会式の開始を延ばすことも難しい。なぜなら、多くの招待客を拘束できないし、彼らが帰った後に授賞式を行うというのも、相手を馬鹿にしていると思われかねないからだ。
代理がいない場合は、領主か冒険者ギルドの代表が賞金などを保管しておいてくれるらしい。まあ、この大会、賞金は非常に安く、名誉重視だけどね。
「もし目を覚まして、授賞式に出れるようなら連れてきてくれる?」
「わかりました」
エルザはそう言って去っていくが、目覚めても授賞式に出るのは難しいだろう。数日は戦闘はおろか、まともに動くのも大変なはずなのだ。
そこに、新たな訪問者がやってきた。驚いたのは、全く気配を感じなかったことだ。
「デ、デミトリス様?」
治癒魔術師が思わずその名を呼ぶ。そう、扉を開けたのは、ランクS冒険者のデミトリスだったのだ。
彼はゆっくりと近づいてくる。一瞬、報復という言葉が頭をよぎったが、デミトリスから剣呑な気配は一切感じられない。
「やはり回復が追い付いておらんか……。儂にも手伝わせてくれんか?」
「え? で、ですが……」
「龍気によって傷つくと、しばらくはまともに回復せん」
「龍気?」
「以前戦った魔龍が纏っていた故にそう名付けただけだが……。我が流派の奥義の1つだ」
それって、神属性のことか? デミトリス流では龍気と呼んでいるらしい。だから奥義も龍という名前なんだろう。
「あ、あなたならどうにかできるのですか?」
「完全には程遠いが、多少はな」
デミトリスの言葉に嘘はなかった。本当にフランを助けるために来てくれただけであるらしい。悪意や敵意も感じない。それどころか、フランに向ける目には慈しみのようなものさえ感じられた。
「で、ですが、この少女はあなたの後継者様と……」
「一戦の勝ち負けなど、些細なことよ。これほどの才能、ここで潰すには惜しい」
「さ、さすがですな……。よろしくお願いいたします」
「うむ」
俺は、デミトリスを見守ることにした。どう見てもフランを害する意思はなさそうだ。
「ふぅぅ……はぁぁぁ……」
デミトリスが深く呼吸を行う。そして、フランの腹部と頭部に手をかざした。デミトリスの両手から、ゆっくりと気が放出され、フランの体に染み渡っていくのが分かる。
それだけではない。
『これは、神属性?』
なんと、デミトリスの放つ気には、僅かに神属性が含まれていた。ただ、攻撃的な気配はなく、むしろフランの険しい表情が和らいでいく。
そして数分後。デミトリスの施術が終了した。ランクS冒険者が、疲労しているのが分かる。それほど、神属性を維持するのは難しいんだろう。
「回復してみろ」
「は、はい」
驚くことに、その後に回復魔術をフランにかけると、明らかに効き目が上がっていた。無論、普段に比べれば低いのだが、神属性の影響でほとんど回復しなかったことを考えると、これでも十分マシだった。
これなら、皆で回復し続ければ、すぐに傷は癒えるだろう。
神属性による後遺症やダメージを、神属性で癒した? まだまだ俺たちの知らない活用法があるらしい。
「閉会式に戻る。後は任せたぞ」
「は、はい! ありがとうございました!」
「うむ」
数分後。
ウルシの状態も大分回復し、俺もこっそりとフランの回復に加わる。回復魔術の効きがさらに良くなってきたと思われたらしく、治癒魔術師たちの喜び様に少し申し訳なくなったりしたのだ。
そんな時だった。医務室に再び誰かが入ってくる。
「ほう? 本当に動けないようですねぇ」
「ど、どちら様ですか?」
「なに、名乗る程の者ではありませんよ。ひひひ」
部屋にズカズカと踏み込んできた男が、厭らしい笑いを浮かべる。
なんでこいつがここにいるんだ? それは、準々決勝でディアスに敗れたランクB冒険者。エイワースの弟子でもある、アッバーブであった。
蛇のような気持ちの悪い目で、フランを見て笑っている。
「ひひひひひ!」
どう見ても、好意的な態度ではなかった。
 




