736 決勝当日
今日は、いよいよ決勝戦だ。
フランがウキウキとした様子で、舞台に続く通路を進んでいく。
『フラン。体の調子はどうだ?』
(ん。ばっちり。だるさもない)
『そうか。ウルシはどうだ?』
(オンオン!)
激戦による消耗は、ほぼ回復したらしい。俺の状態も万全だし、ウルシもいつも通りだ。決勝戦は全力を出し切れるだろう。
『しかし、3位決定戦がなくなるとはな……』
(ん。残念)
なんと、ディアス、ナイトハルトともに棄権したことで、3位決定戦がなくなってしまったのだ。
精神的消耗が激しいというのが、理由であった。
肉体は回復するとは言え、精神面はそうもいかない。老齢のディアスと、激戦の末に衝撃的な死に方をしたナイトハルト。消耗が残っていてもおかしくはなかった。
ただ、どうも納得いかない。どっちも、その程度で棄権するようなタマか? 無理してでも戦いの場に出ると思うんだが……。
とは言え、すでに決定してしまったことだ。今さらどうしようもないだろう。
『作戦の最終確認だ。潜在能力解放、スキルテイカーは使わない。初手は転移。それでいいな?』
(ん。ヒルトは強い。最初から倒すつもりで行く)
『ウルシも、今回は最初から頼む』
(グル!)
今までの試合を見て推察するに、ヒルトは様子見をしてくるだろう。ヒルトは戦闘狂ではないが、デミトリス流の後継者として、先手を譲るような傾向がある。
強者としての自負と、最強の看板を継ぐ者としての誇りがそうさせるのだろう。そこを突くのだ。
『さあさあ! 皆さま! 遂に決勝に挑む猛者がその姿を現しました! 最強のランクB冒険者! 最強の少女! 最強の黒猫族! 黒雷姫フラン! 今年も我々に大きな驚きを与えてくれましたが、決勝ではどうでしょう!』
今か今かと待ちわびていた観客たちが大歓声を上げる中、フランは舞台に上がった。その視線は、ちょうど反対側の通路から姿を現したヒルトに注がれている。
『おおっと! これで役者が揃いました! デミトリス流の後継者にして、自身もランクA冒険者! 今大会最大の優勝候補、穿拳のヒルトーリアが登場だぁぁ!』
観客からの歓声は同じくらいかな? 元々有名人のヒルトに対し、フランは去年今年とファンを増やしている。
どちらにも熱心なファンがいるのだろう。
「……今日は、勝たせてもらうわ」
「こっちこそ」
ヒルトの全身から、闘志が溢れ出している。自分の未来が懸かっているのだから、当たり前だ。
デミトリス流の当主の座――はあまり気にしていないかな?
やはり、コルベルトのことだろう。どう考えても、コルベルトに恋をしているし、当主になれば彼を自分の婚約者として指名できる権利が手に入るのだ。
個人的には応援してやりたいが、そうも言っていられない。何せ優勝が懸かっているのだ。
『フラン、ヒルトは本調子じゃない』
(ほんと?)
『ああ、ステータスが僅かに下がっている。多分、ナイトハルト戦の消耗が、回復しきってないんだと思う』
(そう……)
ディアス戦のフランと同じである。大量の血を流し、反動の大きい技を使ったことによる消耗が、2日では回復しきらなかったのだ。
(そう……)
本来ならチャンスのはずなんだが、フランにとってはそうではない。心底残念そうだった。これは、戦いの前にモチベーションが下がってしまったか?
『だからって、相手は格上なんだ。強敵であることに変わりはないぞ?』
(ん!)
よかった、すぐにやる気を取り戻したらしい。
『若き虎の牙が、最強の後継を噛み砕くのか! はたまた、美しき武の化身の拳が、最強の挑戦者を穿ち貫くのか! いよいよ、頂点が決まります!』
すでに覚醒しているフランが、俺を大上段に構えた。ヒルトも構えを取る。
「閃華迅雷」
「……迦楼羅」
そして、2人が同時に呟いた。迦楼羅? 多分、デミトリス流の武技なのだろう。ここで使うからには、攻撃よりも補助に向いた技に違いない。
『それではぁぁぁぁ! 決勝戦、はじめぇ!』
その開始の合図とともに、俺はショート・ジャンプを使用した。
転移と同時に天断。それが俺たちの狙いであったが、転移直後にはすでにヒルトの姿はそこになかった。
一瞬の後、背後から気配を感じ、フランが横に飛ぶ。
ボギュン!
フランの体を掠めるように、魔力の塊が空気を裂いて飛んでいった。
ほぼ同時に、ヒルトが凄まじい速度で接近してくる。想定以上の速さだ。先日のナイトハルト戦で見せた最高速に近いだろう。
足の裏から魔力を放出し、急加速を行なっているのが分かる。これが迦楼羅という技の効果であるようだった。
未だにフランはヒルトに背を向けたままである。しかし、俺たちに焦りはない。
「はぁっ!」
「黒雷転動」
ヒルトの攻撃に合わせて、フランが黒雷転動を発動する。雷の速度でヒルトの真後ろに回り込んだフランが、お返しとばかりに空気抜刀術を繰り出した。
だが、それは見えざる手によって弾かれる。ヒルトの魔力腕だ。彼女の狙いは防御だけではなく、攻撃を往なしてフランのバランスを崩すことだろう。
普通ならヒルトに力の流れをコントロールされ、体勢を崩して隙を晒していたはずだ。しかし、俺たちはそれを予測していた。
俺の念動でフランの体を支えることで、堪えてみせたのだ。ヒルトは即座に反撃を諦め、その場から飛び退いた。
「ガル!?」
ウルシの奇襲も失敗だ。ほとんど動きを止めずに高速で動き回るヒルトに対し、ウルシの影からの奇襲も上手くいかないようだ。
多分、これまでの試合を分析し、転移からの奇襲を封じ込めるためにはどうすればいいか考えた結果なのだろう。
確かに、あの速度で移動され続けると、転移のラグのせいで逃げられてしまう。それどころか、その隙を狙ってさえいるかもしれない。
「ウルシ。奇襲は止め。魔術に切り替える」
「ガル!」
(師匠は魔術で牽制と、見えない攻撃の察知をお願い)
『了解』
まだ序盤ではあるが、主導権争いは互角ってところかな。




